19 木洩れ陽の采配
パティが退室するにあたって、セルウェイとストックデイルは説教部屋行きのリスクをかかえたままフリーダの部屋に残ってくれることになった。
なんだかんだでフリーダが部屋にとりのこされてしまうことを心配しているのだ。
パティは二人の少年を少しだけ見直した。
フリーダと手をふりあって廊下にでると、部屋から笑い声が聞こえてきた。
少年二人は案外多くの局面でそれなりにパティたちを案じてくれているような気もした。
そういえば、マイニエリ師に「パティは恋をしないのか?」と問われたことがあった。
うす暗い廊下を歩きながらそれについて考えてみたが、やはり少年二人に対する好意は、そういった淡い胸の疼きとはまったくちがうものだった。
「内海における船舶失踪および沈没事件」で遭遇した音楽家たちは恋に落ちていた。
身体が燃えあがるような、強くはげしい恋だった。
そして、それは哀しいものでもあった。嵐がすべてを吹きとばしたあとの平原のような哀しみを心にもっていた――。
パティはぼんやりと回想しながら寄宿舎からしかれた舗装路をあゆみ、紅葉がはじまっているコナラ林をぬけて本館に入った。
そして、渡り廊下をとおり、木屑の小路を進んでいくと――噴水のところに女神がいた。
フィオナ王女だった。
王女は噴水のへりにこしかけて、ロングスカートをたくしあげ、ふともももあらわに脚をのばしており、ミズナラの枝葉をぬける木洩れ陽に照らされていた。
しかも、右手に小鳥がとまっている。
そばにひかえる侍女二人もまた陽光につつまれており、まるで神話のワンシーンのようだった。
「キキッ!」
突然、モカがするどく鳴いたので、フィオナの手にいたシジュウカラが飛びたってしまった。
フィオナはゆっくりパティのほうをみて微笑し、気づけば侍女二人もにこやかな表情をうかべていた。
モカを叱ろうかと思ったのだが、パティは緊張のあまり言葉がでなかった。
「あ、あの――」
「気にしないで。あの小鳥は私が飼いならしていたわけじゃないの」
フィオナは噴水のわきをゆびさす。
「そこのバードフィーダーから勝手にひまわりの種をいただいてしまったわけ。私が野鳥を手なずける能力をもっているとか、野鳥に好かれるほど徳が高いとか、そういうわけではないの」
「あ、はい……」
パティはもじもじする。
モカがクッキッと鳴いた。
フィオナがたちあがり、侍女をともなって近寄ってきた。
三人の周辺だけかがやいてみえるほどの魅力を放っていた。
さきほど院生たちがざわついていた理由がわかる。
「おサルさん、もう再会ね。元気だった?」
フィオナが右手をあげると、「キキキキ」とモカも長い右手をぶらぶらさせた。
「よろしくね、パティ。マイニエリ師のお墨つきさん」
「え、あ――」
パティはあわててこうべをたれる。
「よろしくお願いします!」
マイニエリ師からはなにも聞かされていないが、フィオナがいたということはそのまま王女の命にしたがえということなのだろう。
「ふふ、かわいい」
フィオナはうなずく。
「私にもそんな時期があったかしら」
侍女たちが口もとを手でおさえる。
「あの――」
パティは頬を染める。
「お墨つきというのは、どういう……?」
説明をもとめるのもばからしいのだが、じっさいパティにはわからないのだからしかたがない。
もっとも、これに関してはマイニエリ師に訊ねたところで明確な回答はないのだろう。
前回もそうだったが、具体的になにかをすればいいなら、マイニエリ師はそのように指示をだすと思われる。
中庭においで、といわれたなら、そこからさきはなりゆきに身をまかせるしかない。
おそらく、パティの性格やら能力やらを総合的に判断した結果なのだ。
「ん、そのままの意味よ。あなたは有能だからぜひ連れていけ――って話なの」
フィオナはいじわるそうに目を細める。
「あわわ」
パティの緊張がピークをむかえ、目が点になり、血の気がひき、背筋が凍る。
「かわいい」
フィオナは再度うなずく。
「私にはそんな時期はなかったわ」
侍女たちが手のすきまからくすくす声をもらした。
「あなたがそんなにプレッシャーを感じることはないんだわ。そもそも問題はまだ起きてないんだし、私たちだってそれなりに訓練されているのよ。これからさき危険があるのかどうかもよくわからないわ」
フィオナはにっこりする。
「あなたの任務は私たちについてくること、いい?」
「はぁ……」
パティはうまく返事ができない。
「それにあなただけじゃなくて、枢機院からも兵隊さんがくるみたいよ」
フィオナは樹上を仰ぐ。
「だれの采配か知らないけど至れり尽くせりね。木洩れ陽みたい」
「あの、それで王女はなにをなさるのですか?」
パティはようやく質問を口にできた。
フィオナは紅葉がはじまった枝葉をみながら、鼻息をもらす。
「森の散歩――かしらね」




