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銀の風ファンタジア ~孤独な炎の生と死の幻想~  作者: 坂本悠
眠れる森の夢みる妖精たち
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18 突然の旅立ち

「――ほんと、ぶきっちょなパティが私のためにパンを焼いてくれるなんて……うれしくて涙がでるわ、あらでない」


 フリーダが泣きまねをして目をこすり、すぐ両目をぱっちり開ける。


「あはは、ひどーい」とパティがけらけら笑って応えていると、いちばん大きいロールパンをもしゃもしゃ食べていたモカが「キキッ」とちいさく鳴いて部屋のドアをみた。


「ん、どうしたの?」


 パティとフリーダはつられてそちらをみる。


 すると、廊下のほうから「おーい、パティ、いるんだろ?」と張った声がした。

 あきらかにセルウェイだった。


「おい、いきなり叫ぶなよ!」という鋭利な声もする。

 あきらかにストックデイルだった。


 その後、二人の口げんかが聞こえてくる。

 パティとフリーダは思わず目をあわせる。


「ねぇ、入ってもいいから、そこで口論するのはやめてよ」


 フリーダが大きな声をだし、パティがため息をつきながらドアを開けると、そこにはつかみあいをしているセルウェイとストックデイルがいた。


「こいつがわるいんだよ」「いや、こいつだって――」と二人が順ぐりに釈明する。

 どっちが正しくてもまちがっていてもかまわない不毛さである。


「そもそもここって女子寮なんだけど、なんで男二人で登場するわけ。私が寮長に報告すれば、よほどの理由がないかぎり、説教部屋行きでしぼられるわよ?」


 フリーダが疑惑の目をむけると、少年二人はやましいことがあるわけでもないだろうに、「え?」「それは……」と、ややうろたえたうえ、「いや、不可抗力だよ」「うそつくなよ、おまえが名乗りでたんだろ?」「なんだよ、おまえだって便乗してきたくせに」「おまえだけじゃ信用できないだろ――」とさらに揉めはじめた。


 パティとフリーダは顔を見合わせて、ふぅと嘆息する。

 二人の少年の仲のよさは年々きわまってきている。


「ねぇ、ところで用事は? さっき、パティを呼んでたけど」


 業を煮やしたフリーダが訊ねる。

 そこでようやく二人のとっくみあいが終わり、セルウェイが「ああ、そうだった!」と目を大きくする。


「お師さまからの伝言でね――そうぼくが頼まれたんだけど」


「おまえがってわけじゃないだろ、だれかパティの居場所がわかる人はつたえてほしいって、そういう依頼がうえから降りてきただけじゃないか――」


 ふたたびストックデイルが話の腰をおりそうになったので、パティはあわてて片手をあげる。


「師が、私に?」


「ああ、パティに、って話だよ」


「てか、あなたたちはパティが私の部屋にいるってよくわかったわね」


 フリーダが目を大きくする。


「それはもちろん、シャトレさんから事前に聞いていたから。今日の午前中、パティはシャトレさんとお茶の準備をしてフリーダの部屋にいる――ってね」


 セルウェイは得意げに笑う。


「なんだかうす気味悪いな、つきまといかよ」


 ストックデイルが皮肉っぽく笑う。


「偶然、世間話として聞いただけだよ、うるさいな」「偶然でも気持ちわるいものは気持ちわるいだろ」と二人の少年がやりあう。


「それでそれで、師はなんて?」


 パティはふたたび手をあげる。


「――ああ、師はパティに、用事が済んだらでかまわないから中庭にきてほしい、と伝言してくれって」


 セルウェイはストックデイルをはらいのけ、胸をはって腰に手をそえる。


「中庭に……なにかしら?」


 パティは一気に不安になる。

 キキ、小ザルがかじりかけのパンを片手にパティの右肩にのってきた。


「ふん、まずまちがいなく代行だな」


 ストックデイルも腰に手をおく。

 二人の少年は二人して似たようなポーズになっていることに気づいていない。


 パティは代行と聞いて、マイニエリ師にさきの「内海における船舶失踪および沈没事件」の調査隊の一員に任命されたことを思いだす。

 師は陳情された依頼の多くを代行任務として院生にふるのである。

 人魚や音楽家たち、精霊王の水の蛇に超越者〈いにしえの幻獣〉……それぞれが重層的に連環したまぼろしの海でのふしぎな体験。正義や運命、不条理に愛――パティは多くのことを考えさせられた。


「――だいじょうぶ」


 フリーダがふと、やさしい声でいう。


 パティはわれにかえり、「う、うん」とうなずく。

 右肩にいる小ザルがうねうねと動いて首筋をくすぐってくる。


「神経質なパティさんはその神経質さゆえに物事をうまくこなせるのよ」


 フリーダが微笑する。

 みればセルウェイやストックデイルもまた、ほほえんでいた。


「いってらっしゃい。なんだかパティのほうがよっぽどフィールドワーカーね」


 フリーダが右のひとさし指をたてる。


「帰ってきたら、水瓶いっぱいのチョコレートで乾杯しようよ」


 右肩でその名まえの由来になったモカがキキキと歯をむきだし、パティはそれを横目にみてから、一度深呼吸をして、「ありがとう、楽しみにしてる」とほほえんだ。

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