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銀の風ファンタジア ~孤独な炎の生と死の幻想~  作者: 坂本悠
眠れる森の夢みる妖精たち
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17 精霊王には精霊王を

 〈魔導院〉の最上階の一角に院長マイニエリの自室があった。

 入ってすぐそれほどひろくない応接間があり、奥には水場や物置、寝室があり、そのほかには通称「くつろぎ部屋」と呼ばれる趣味の部屋などがある。


 応接間のソファに沈みこむように坐っているマイニエリは、まるで海に半分沈んでいるビア樽のようにみえた。

 くたびれた外套を着用しており、歴代国王の補佐という肩書きほどの威厳は感じられない。

 目を閉じていると寝ているようにみえるときもある。


 齢100とも150ともいわれるような幻惑的な雰囲気によって、寝ている以前にそこにいないように感じられるときもある。


「とてもいいところね」


 ソファの向かいの籐椅子に坐ったフィオナが脚を組む。

 ふとももの肉づきがよいが長いため、さまになっている。


「そうかな。悪かったね、わざわざご足労いただいて。調子はどうかな?」


 マイニエリは目を閉じたままごにょごにょ話す。


 フィオナの侍女たちは水場でお茶の準備をしている。

 案内役だったシャトレには辞去してもらった。


「調子? お師さまならご存知でしょう?」


「ん? ああ、聞いてるよ」


 マイニエリは右目を開ける。


「フィオナ王女はお祝いの席で飲み食いしすぎて消化不良になった――とな?」


「あら、少しちがうわ」


 フィオナは左目を大きくする。


「正確にはコルセットがきつすぎて消化不良を起こした――よ。私はもともとよく食べるし、よく飲むから、それだけで具合がわるくなることなんてないの」


 マイニエリは両目を開けて少し姿勢を起こす。

 ビア樽が人間になった。


「ふふ、醜聞記者たちがよろこびそうな話だね」


「ここの子どもたちもうわさとして聞いていそうな感じだったわ。こういう話題ってひろまるのが早いのよね」


 フィオナは脚を組みかえる。


「まァ、真相なんかどっちでもいいから、どうせなら面白おかしく語られてほしい」


「ふふふ、おぬしはご母堂やご祖母様と似ている――」


 マイニエリは目を細める。


「血は脈々と受け継がれているね」


「血は争えないともいうわ」


 フィオナも目を細める。


「でも、私はお母さまやお婆さまほど奔放ではなくってよ」


 マイニエリはにっこりする。

 フィオナもそれにならう。


「そういえば〈湖面の蝶〉の件で、水の国に枢機院の使者がいくよ」


 マイニエリは話頭を転じる。


「ご母堂からうかがっているかな」


「私が出発する直前に伝令鳥がきたって聞いたわ。どういう話なのか、私は聞いてないけれど」


 マイニエリはうなずく。


「それならそれでいい」


 水場のほうから侍女二人の話し声が聞こえるが、小声のため、なにを話しているかはわからない。

 それでもお茶の種類に関する話にちがいないとフィオナは思った。

 窓のそとでヒヨドリの鳴き声がした。


「――ところで、私はどうしてお呼ばれしたのかしら?」


 フィオナは本題に入ることにした。


「逢いたかったから……っていったら怒るだろうね」


 マイニエリは目を大きくして下くちびるをかむ。


「私を満足させていただけるなら」


 フィオナは挑発的にほほえむ。

 それをみて、マイニエリは少し前傾姿勢になった。

 そして、目を細める。


「沙漠の国のアルバート王子たちをご存知だと思うのだが――」


「ええ、王子は予行祭でもみたけれど、従者の二人も祝典のときにお逢いしたわ」


 フィオナはあごにひとさし指をそえる。


「いろいろあってたいへんみたいだけど、とても興味深い人たちね。三人だけにしてはバランスのいいチームだわ」


 マイニエリはうなずく。


「私は王子にはあまり面識がないのだが、おなじように思うし、みんなからもそう聞いているよ……」


「――ん、問題が起きたのかしら?」


 フィオナはあごにひとさし指をそえたまま目を細める。


「ああ、正確にいうと起きたかどうかは私にはわからない――」


 マイニエリはふたたびソファに沈みこんだ。


「アルバート王子たちは〈伝説の宝石〉のかけらを収集するために旅をしてきた。祖国を追われた時点で王都に亡命しなかったのは、元〈鹿の角団〉の一味と草原の国で、かけらの争奪戦をしたかららしい」


 フィオナは口もとをほころばせる。


「ふふ、あの元気そうな女の子の発案かしらね。おもしろいわ」


「ああ、あれは変わった娘だったな――そこから内海を渡ってきた経緯はフィオナ王女も聞いているだろう」


「ええ、強力な魔力結界を越えてきたとか。もっとも、ジェラルド王子やお師さまや詩人アルフォンスも助力していたとか聞いたような気もするけど。それでも渡航禁止期間が長かったみたいだし、そもそも挑戦することが驚きね。無謀。ばか。感心しちゃったわ」


 マイニエリはうなずく。


「まァ、私は間接的にだけど。そういう意味では天運にもとづいた三人組なんだが、今般フィオナ王女をお呼びだてしたのは、その三人組が水の国に向かったからでね」


 フィオナは頚をかしげる。


「それこそ、さっき使者がどうのって話だったけど、〈湖面の蝶〉はもう水の国にはないでしょう?」


「ああ、はなれ島のアルス卿から元〈鹿の角団〉ハーマンシュタインが人を介して買いあげて、内海経由で運搬しているさなか商船が難破して――あわや海のもくずだったわけだが、草原の国の湾岸で発見され、結果ハーマンシュタインのもとに収まった――ということらしい。それもまた天運めいてるね」


「水の国にくるっていう使者は、その購入の経緯の聞きとりなのかしら?」


 フィオナは眉をひそめる。


「そうだね。そこはまァ、おいおいで――」


 マイニエリはもみあげをいじる。


「沙漠の国の三人組が水の国に赴いたのは渦中のハーマンシュタインに関することでね」


 フィオナはうなずく。


「私はその人を知らないわ」


 そして、両手をひろげる。


「もともと、ここにいたって情報は聞いたけど」


「ああ、若い頃は〈魔導院〉にいたし、私は若干面識があるのだがね。魔法使いとしても一流だが、なによりまじない師でな。修了後、枢機院の特殊なところに所属したが、なんやかやで〈鹿の角団〉の幹部になってしまった」


 マイニエリも降参したかのように両手をひろげる。


「それはそれで興味深い経緯のもちぬしね」


 フィオナは両手をくんだ脚におく。


「要するに遠目にながめているならって話だけど」


 マイニエリはにっこりする。


「そういうことだな。〈伝説の宝石〉を介して、ハーマンシュタインと関わらなくてはならなくなってしまったことで、三人組は対策を講じなくてはならなくなった」


 フィオナは鼻息をもらす。


「こまったものね」


「ああ、容易なことではない。当初、アルバート王子たちは枢機院の対応を待っていたようだが、ハーマンシュタインの嫌疑や処遇など一両日中に決裁できるものではない」


「証拠もあまりないんでしょうし、そもそも指名手配されたところで、そうかんたんに捕まえられないだろうし……」


 フィオナは目を閉じる。


「なるほど、そこで三人組は自分たちでハーマンシュタインをやっつけたいと考えたわけね?」


「まァ、ひらたくいえば、そういうことだね」


 マイニエリはほほえむ。

 やっつけたいという表現が愉快だった。


「もともとアルバート王子たちはハーマンシュタインを捕縛して容疑をかため裁判にかけることを第一の目的にしてきたのではなく、〈伝説の宝石〉をひとつにまとめて夢を叶える――これは沙漠の国を壊滅する以前のすがたにもどすということらしいが――それをめざしているわけで、つまるところハーマンシュタインを凌駕して宝石のかけらを回収できればいいというわけなんだな」


「ふふ、やられたらやりかえす――ね、私は好きだわ」


 フィオナは楽しそうに笑う。


「ジェラルド王子もそんなことを話していたらしいが――若い世代はこまったものだね」


 マイニエリは下くちびるをかむ。


「そうやって自分たちの世代は真っ当だったみたいな顔はいただけないわ」


 フィオナが目を細めると、マイニエリは「おや、なんのことかな」と鼻の下をのばした。


「――とにかく、そんなわけでね、ハーマンシュタインと対峙するとき、ほぼすべてにおいて厄介な要素があるわけだが、現状なによりも問題なのはハーマンシュタインが四大精霊の土の獣を使役していることなんだ」


「精霊王を使役? そんなことできるの?」


 フィオナはまばたきをする。


「〈鹿の角団〉が所蔵していた〈太古の遺産〉に〈支配の冠〉という変わったものがあってね。もともと代償が大きいというか、有力な魔法使いしか利用できないようなものなんで、あんまり話題にされなかったところがある――要するに封印した上位精霊や幻獣なんかを、みずからをよりどころにして恣意的に解放する装置なんだが」


「ふぅん、マジックアイテムには便利なものがあるものね」


 フィオナはまぶたをぎゅっと閉じる。


「昔よく研究されたから似たようなものがいくつかあるんだがね。ハーマンシュタインみたいな者にとっては利便性があるかもしれない。精霊王など使役したら並みの魔法使いでは即死するようなレベルの魔力を要する」


 マイニエリはうなずく。


「ハーマンシュタインも自分では使用していないかもしれない。そのような目撃情報もある」


「でも、〈鹿の角団〉にあったんじゃ、ハーマンシュタインなら借しだし自由ってところかしら」


 フィオナはまつげをなでるようにさわる。


「そういうことだね。土の獣はもう何度か召喚されて、大地振動を起こしている。防護壁や城郭のような建造物をくずすにはちょうどいいのだな」


「つまり、そうやって土の獣を掌握しているから、うかつに手をだすと痛い目にあうってアピールしてるわけね」


 フィオナは手についた長いまつげをふっと吹く。


「そういう意味もあるかもしれないし、ちがう意図もあるかもしれない」


 マイニエリはもみあげをいじって一本毛をぬいた。


「そもそも、そこまで保険をかけなくともハーマンシュタインが何者かわかっていれば、そうそう手だしなどしないからね」


「――沙漠の国の三人組を除いて」


 フィオナはうなずく。


「そうだね」


 マイニエリはぬいた毛をふっと吹いた。


「それで、お師さまは、三人組にどういうアドバイスをしたの?」


 フィオナはふわふわとんでいくマイニエリのぬけ毛をみながら訊ねる。


「ああ、話が早いね。私が、というより、院には〈幻の司〉という妖精・精霊担当の導師でね、メディアというやつがいるのだけど、そやつの口添えとしては――」


 マイニエリはふたたびもみあげをいじる。


「目には目を」


「ふふ」


 フィオナは口もとに手をそえる。


「みんなおなじことをいうじゃない」


「ああ、こまったものだな」


 マイニエリはまた一本、毛をぬく。


「でも、その話を聞いたとき、私はわりとよい提案じゃないかと思ってしまった――そしてじっさい、ディレンツァ宰相は即座に〈魔導院〉に保管された〈狩り人の弓〉という〈太古の遺産〉の借用申請をだし、もっていってしまった」


「〈狩り人の弓〉? なんだか私に似合いそうな名まえね」


「ああ、名まえだけだけどね、でも効能は〈支配の冠〉とそっくりなんだよ」


「ん、精霊王には精霊王てこと?」


 フィオナは一瞬考えこみ、うーんとうなると、組んでいた脚をといてたちあがる。


「それで私が呼ばれたっていうことは――三人組は〈まぼろしの森〉に向かったわけね」


「話が早くて助かる」


 マイニエリはふたたび毛をとばす。


「ねぇ、それは……どうかしらねぇ……」


 フィオナはふたたび想像するように目を閉じる。

 そして、悪夢をみたあとのように瞠目する。


「とにかく、私も水の国に還ったほうがよさそうね」


「ああ、そうしてくれるとありがたい。三人組のすがたがみえなくなってから、もう一週間経っている。だれにも迷惑をかけたくないという理由なんだろうが、私にさえ報告なく出立してしまったようだ」


 マイニエリは鼻息をもらす。


「殊勝な心がけだけども、王都まできてだれも頼らないのは逆効果かもしれないわね」


 フィオナはくびれのある腰に手をそえる。

 マイニエリはうなずく。


「警護もかねて途中まで枢機院の使者も同行するよ。〈魔導院〉からも従者をつけるようにするので連れていってほしい。水の国の出身者だし、きっと役にたつ――」


 すると、水場からフィオナの侍女たちがポットとカップをたずさえてもどってきた。


 フィオナがたちあがっていたので、侍女たちの目が少しだけ大きくなったが、「急用ができたからお暇します」とフィオナが合図すると、侍女たちはうやうやしくこうべをたれた。


 退室の準備をしながらフィオナがマイニエリをみる。


「昔からあるものっていうのは、えてして抽象的よね――」


「ん?」


「〈伝説の宝石〉とやらもマジックアイテムの一種なんでしょうけど、なんでそんなへんな名まえなのかしら。ハーマンシュタインはそれでなにがしたいの?」


「そうだな――」


 マイニエリはななめうえをみる。


「名まえについてはあだ名みたいなものかな。理由なんてさほどない。ハーマンシュタインがなにをしたいのかは私にも明言しかねるが、私にわかるのは――私たちにはおそらく意味がないってことだろうね」

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