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銀の風ファンタジア ~孤独な炎の生と死の幻想~  作者: 坂本悠
眠れる森の夢みる妖精たち
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16 眠れぬ姫と魔法使い

 エントランスを経て、渡り廊下をぬけると、パティ(とモカ)は中庭に入った。

 木屑がしきつめられた小路をへて、群生しているコナラの紅葉をぼんやりとながめつつ、噴水までやってきた。

 カエデとアオダモの葉もほんのりいろづいてきている。


 〈魔導院〉は王都の北西に位置する林をきりひらいて設立されており、そこは草原の国、火の国、沙漠の国にまたがった山嶺郡〈ひざまずく者の山〉の南端に面している。

 落葉樹が多いのもその影響だった。

 もっとも、〈ひざまずく者の山〉は高低差のある山々で成りたっており、落葉樹だけの低山域から、針葉樹さえなくなってくる高山帯もあるので一概にはいえないけれど。


 奥まったところのセンダンの樹にたくさんの小鳥がやってきた。

 キキッ、小ザルがゆびさす。


「ヒヨドリだね、実を食べにきたんだよ。もう秋だねぇ」


 数えでまだ13歳のパティが老成したようにつぶやくと、頚に巻きついていたモカが噴水のへりにぴょんと跳びおりた。

 ヒヨドリにはもう興味をなくしたらしい。


 噴水の水面に浮かんでいる枯葉が、小舟のようにただよっている。

 それを手にとりたいらしく、小ザルは手や脚を交互にのばしてたぐりよせようとする。


 銀のトレイをかかえたままパティもへりに坐って休む。


 噴水の水は地下水を利用したものであり、地下水は〈ひざまずく者の山〉から流れてくる河の支流が地下に流れこんだものだった。


 地下水の噴出栓はとめてあるようだが、水は張られたままだった。

 流出栓もとめてあるらしく、動きがない水は少しだけよどんでみえる。

 透明なのだが澄んではいない。


 ぼんやりと水面や水底をみつめながらパティはあれこれ思いをめぐらせたりしたが、あまり明確な言葉にはならなかった。


 しばらく格闘してモカには枯葉の舟がとれないことを確認すると、パティは「そろそろいくよ、お茶が冷めちゃうからね」とたちあがってうながす。

 小ザルもめずらしいことに聞きわけよく、パティの右肩にもどってきた。

 あまり面倒をかけると、お茶うけに用意したパンを分けてもらえないことを理解しているのかもしれない。


 フィオナ王女がどこまでの意味で話していたのかはわからないが、モカは単にめずらしいテナガザルというだけではない。

 そもそもテナガザルなのかどうかもわからない。


 建国記念祝祭のまえに、パティは枢機院で選抜された「内海における船舶失踪および沈没事件」の調査隊に、マイニエリ師の推薦でもって参加することになり、当然ながら不安と緊張でがちがちになっていたパティに師が遣わしてくれたのがモカだった。


 どこからどうみても愛嬌まるだしのテナガザルの仔だったが、みょうに察しがよく、気まぐれなようでいてしっかりとパティのサポートをしてくれているふしもあり、だから師が召喚した幻獣のたぐいなのかもしれないとも思わなくもない。


 いわゆる使い魔というやつだが、それでも師はなにも説明しなかったし、結局訊ねそびれてしまったし、そのままでこまることがなかったので真相は謎のままだった。

 調査隊のメンバーたちに紹介するとき、「友だちなんです」ととっさに口走ってしまったため、それがそのままモカの肩書になっている。


「まァ、いいんじゃない?」と親友のフリーダは笑った。


「友だちは友だちであって、それ以上でも以下でもないし、理由がわからなきゃ友だちじゃないってわけでもないんだし――」


 適当なようでいて、それでいいような気もしたのでパティもモカのことを友だちだと思うことにした。

 そもそも相手が人間だって、それがどのような性質のもちぬしかなんて明瞭に把握することはできないのだ。


 パティは〈魔導院〉にて、動物との意思疎通を研究対象にしている。

 他者がみればただの動物の世話係にしかみえないだろうが、分類としては精神感応とか思考転移と呼ばれる魔法の一種である。

 言語をともなわず、映像的ではあるものの、具体的な表現による交流ではないため、共鳴と解釈されることもある。


 これについてはパティも、自分のことながら説明できないところがある。


 それは一方的にパティが動物たちの抽象的な意思や記憶のようなものを感じとっている場合がほとんどだが、ときに動物たちから意図してつたえてきているように感じるときもあるからで、かつてパティを院へみちびいた魔法使いがそれを魔力によるものだと断定することがなかったなら、パティはそれを特殊な魔法の一種だと気づくことはなかっただろう。

 

 言葉にするとややあっけない感じがするのだが、要するに飼っている動物とわかりあえたような気がすることなど、一般的な飼い主ならよくあることだと思うからだ。


「――まァでも、そういうことを研究して、道筋をたてるのが魔法使いの役割なのだよ」


 院に入った頃、疑問をぶつけたパティにマイニエリ師はそうほほえんだ。


「野山に草が生えたなら、なぜ生えたのか。西から風が吹いたなら、なぜ吹いたのか。山が火を噴いたら、なぜ噴いたのか。海にはどうして水があるのか、波がたつのか」


 師はちょっと口調を変える。


「もっといえば、人はどうして歳をとるのか。腹がへるのか。眠くなるのか。それから、恋をするのか――なんてな」


 そして、頬を赤らめた。齢100歳とも150歳ともいわれる老人なのに。


 そのときパティは面食らって、両目を大きくしただけだった。

 〈魔導院〉の創設目的である「魔力をあるべき方向へみちびく」――それが意味するところは、きっとまだパティにはよくわかっていない。


 パティはふたたび歩きだし、中庭をぬけるとふたたび渡り廊下に入り、本館から別棟に向かう。

 コナラが林立している裏口をはずれ、ふしぎな形状のさまざま色をした石が組み合わされた舗装路を歩いて院生たちの寄宿舎をめざした。


 途中、何人かの同窓や先輩とすれちがったが、みな一様にパティの行動の意図を察してあいさつや微笑だけで通りすぎていった。

 パティもできるだけ意識しないように会釈してやり過ごした。


「……ふぅ」


 最後の先輩が去っていくうしろすがたをみながら、パティは思わずため息をついてしまった。

 すると、モカが、くわぁ、とあくびをする。

 それをみてパティは気をとりなおし、歩みを進める。


 女子院生用の木造の寄宿舎に入り、一階のいちばん奥の部屋に進む。

 廊下は窓とカーテンが閉められているため暗く、少し肌寒いくらいだった。

 

 パティの足音だけが、みしみしとひびいた。

 建物内から話し声も聞こえてこない。


 長期休暇になると女子はほとんどが親許に帰る。

 親のほうで望む場合も、娘のほうで慕う場合もあるだろうが、残っている人はやはり課題に追われているか、少々変わり者が多い。

 なかには男子と交際をはじめたため帰らないというマセた子もいる。

 同世代にいたりすると語り種になったりする。パティは色恋ざたが苦手なのでそういう話題には苦笑してしまうけれど。


 パティは部屋のまえまできて、ドアをノックする。トントントン。


「――いま寝てるよ」


 なじみの声が部屋から聞こえてきたので、パティは咳ばらいしてからドアを開ける。


 ベッドで上体を起こしたフリーダはパティのすがたを確認するやいなや、「なんだ、やっぱりパティか」とわざとらしく口をとがらせた。


「うふふ、残念でした」


 パティは銀のトレイをひっくりかえさないように気をつけながら入る。

 モカが手をのばしてドアを閉めてくれた。


「白馬の王子さまじゃなくて残念でしたぁ」


 パティが棒読みで両目を大きくすると、「パティの言語チョイスってなんか古臭いわよね」とフリーダは苦笑した。


「古式ゆかしい人間なんですぅ」


 パティはすました顔で銀のトレイをテーブルに置く。

 右肩からモカが跳びおりて、すたすた床を歩くと、フリーダのベッドに跳びのった。

 機敏な動きだが、慣れているのでフリーダは驚かない。


「あなたは歓迎するわよ」


 フリーダが小ザルの瞳をのぞきこむ。

 キキッ、とモカは鼻の穴をふくらませた。


「お茶でもどうぞ」


 パティはその様子をみつめながら、カップをならべてケトルをもつ。

 声の調子をふつうのトーンにもどした。

 

 最初にふざけたやりとりをするのは照れかくし半分、気まずさ半分だった。

 パティにとってフリーダはすでに家族のような存在だった。

 家族のような、とはうまがあう同輩ということもあるが、ともに死線をくぐったという意味でもある。


 建国記念祝祭の初日――パティとフリーダは〈魔導院〉関係者の運営側として祝祭に臨んでいたが、自由時間にたまたま「内海における船舶失踪および沈没事件」の当事者である沙漠の国の王族関係者――ルイとディレンツァと邂逅し、意気投合した。


 そこでのちに「〈デヴィッド機巧工房〉製かんしゃく玉等遺失事件」と呼ばれる案件がらみで王都宝物庫より〈伝説の宝石〉のかけら――〈光芒〉が盗難される過程にたちあい、結果〈鹿の角団〉の一味の放擲した刃物によってフリーダが重傷を負ってしまったのである。


 パティが(ディレンツァに教わり)すぐに応急処置をし、(モカが呼んでくれた)救援隊の到着も早かったため重篤化は避けられたが、右わき腹の刺創が治癒するまでフリーダは長い期間ベッドに拘束されることになった。


 ベッドのうえで手をふりまわしながら「もうすぐ歩けるわよ」とフリーダが気丈に笑ってからもう一週間が経過している。

 建国記念祝祭のすべての催しが終わってから、ひと月が経とうとしていた。


 フリーダは少し痩せてみえる。

 あるいは、やつれているのかもしれない。

 目のしたのくまも濃い。


「なに深刻な顔してるの、私に毒でも盛るつもり?」


 フリーダは、パティが自分のせいでフリーダを傷つける結果になってしまったことを悔いていることを知っている。

 だから、なぜ真剣な顔つきをしているかはわかっている。

 そして、パティはフリーダがそれを気づかって冗談めかしていることもわかっている。


 療養生活がはじまってから「重々しいのはやめてよね」とフリーダが念を押したためにこうなっているのだが、仲のよさゆえにぎこちなくなってしまうのが難しいところだった。


「シャトレさんがね、マジョラムのお茶のつくりかたを教えてくれたの」


 パティはケトルをかたむけてお茶をそそぐ。

 適温よりだいぶ冷めてしまっただろうか。


 フリーダはカップから魂のしぼりかすのような湯気がたつさまをじっとみる。

 そして、「そうか、毒殺じゃないのに永眠ってことね」と微笑した。


「眠り姫なんてすてきじゃない。それこそ白馬の王子さま待ちだわ」


 パティもほほえむ。

 

 フリーダは食物や料理についての魔法を専攻しているので、マジョラムに安眠効果があることを知っていたようだ。

 要するに、パティがフリーダの不眠を心配していることを察してしまったのだろう。濃いくまをつくっていれば、だれでもみればわかることだけれど。


「でも眠れないのってさ、将来的な不安や現時点での痛みもないわけじゃないけど、日中なかなか動けないし、窓のそとをみていても風景が変わるわけじゃないから、つかれないってだけなのよ」


 フリーダはカバのように鼻の穴を大きくしてカップの香りをかぐ。


「勉強してても本を読んでても飽きちゃうしさ。じっとしてるのが苦手っていう。私って、どっちかっていうとフィールドワーカーだから」


「なにそれ、食べ歩き専門?」


 パティが笑いながら問うと、フリーダは「まァ、それでもいいわよ。美味しいものを手でとって足でさがす派っていうの? とにかく、部屋にこもりっきりは性に合わないの」


「買い食い専門ね」


「まァ、それでもいいわよ」


 二人はひとしきり笑ったあと、カップに口をつける。

 苦めのお湯という印象だが、いかにもハーブという香りがする。


 フリーダのベッドサイドにこしかけておとなしくしていたモカが「キキキ!」と鳴いた。

 みると、銀のトレイをゆびさしている。


「あら、まだなにかあるの?」


 フリーダが目を大きくすると、パティは「へへへ」と少し照れながら「じゃーん」とナプキンをめくる。

 そこには大きさのふぞろいな三つのロールパンがあった。

 親子のいも虫みたいなパンだ。


「えー、パティがつくったの、驚いたわ!」


 フリーダは両目を大きくする。


「わ、すごい。なんでわかったの?」


 パティは頬を赤らめる。


「シャトレさんかもしれないじゃない……」


「そりゃ、そんだけ不格好なパンなら作者がだれかなんてさ――」


 フリーダがそこで噴きだしたので、二人でげらげら笑ってしまった。


 二人が大笑しているすきにモカがいちばん大きなパンを長い手をのばしてとった。


「あ、こら――」とパティが叱責しようとするとフリーダが鼻梁にしわをよせながら「いいわよ、毒味してもらわなきゃ」と悪い顔をし、また二人で笑いころげた。

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