14 魔法による研究
しばらく二人とも無言で食事をした。
あらかた食べ終わる頃、アルバートがなにか話題をふろうと考え、あれこれ思い悩んでいると、ディレンツァがふと顔をあげる。
「――昼すぎ、村議会の構成員でもある風読みの男性が声をかけてきた」
「風読み?」
「ああ、事業の責任者みたいだな」
アルバートはなんとか理解した。
「んん、そうか、稲作には天候がつきものだからか――」
稲作にかぎらず農業全般に関係しているだろう。
「で、なんの話だったの? ぼくみたいに褒められたとか」
アルバートは冗談めかしてへらへらしてみたが、ディレンツァは真顔で「ああ」とうなずいた。
「へぇ」
アルバートはまぬけな声をだす。
「筋がいいといわれたな」
「ディレンツァの場合はなにをしても高く評価されそうだけどね」
アルバートは頚のうしろで手を組む。
「この村には魔法使いがいないんだという」
「――そうなんだ」
「魔法使いの種類にもよるだろうが、出身者が魔法使いだとか、〈魔導院〉からなんらかの要因で派遣されたりしないかぎりいないとは思うがね。それに集落運営の大部分は自然を利用する知識や経験があれば充分だろう」
アルバートはうなずく。
「そうだね」
「だから断ったのだが、この村にとどまって研究してみるのはどうかと打診された」
ディレンツァの言葉がすんなり入ってこなかったため、アルバートはしばらくかたまっていたが、ゆるゆると理解が追いついてくると「えぇえ?」と頓狂な声をだしてしまった。
「――研究?」
そして、なにから訊いたらいいのかわからなかったので、とりあえず単語をだしてみる。
「ああ、風読みも、もともと王都の出身者らしい。あそこには大がかりな観測所もあるし、それに根ざした研究所もあるからな。多くの風読み、星見、はては星読みを輩出している」
「そこにいた人なんだ」
「らしいな。しかし、王都の観測所なんかにいれば軋轢があるのだろう。同僚や上層部とうまがあわないこともあれば、不本意な境遇に身をおくことも多い。純粋な熱意というものは発露しにくい環境ではあるわけだ」
「だから、辺境まできたの?」
「そうみたいだな。まァ、そういう経験はどこにいても少なからずあるものだがね。精神力や順応性というのは人それぞれだから、なんともいえないが――」
アルバートは「ふぅむ」とうなる。
気力や忍耐について自分がとやかく意見できる立場ではないことはまちがいないが、それで〈樹海の村〉を新天地にえらぶというのは異色といわざるをえないだろう。
「病んでいるわけではなさそうだったがね」
アルバートの思考を察してか、ディレンツァが目を伏せながらいう。
「村には星見を担当している同輩がいて――その星見は火の国の出身者らしいが――風読みはここで、その星見と連携して星読みの研究をしたいと」
「星読みって最近できた新しい分野なんだよね? ぼくはあんまりその分類を理解していないんだけど」
「ああ、風読みは文字どおり自然観測をしたり記録を解析したりして予想を公表する係だ。星見は統計や文献にもとづく一定の法則にしたがって風土の特色などを分析する係になる――」
ディレンツァはひと呼吸おく。
「そして、星読みはそれら観測分析予想や結果を大局的にみて新しい知見を得る係――という名目だな」
「占い師みたいだよね」
「統計を重視する、という部分においてのみ、だがな」
「すごいね、なんていうか先進的」
「賛否はあるようだがね。さておき、そこに魔法使いの視座がほしいというのが風読み氏の要望だな」
「なるほど……」
アルバートは思わず鼻息をもらす。
王都で感じたような、自分のあずかりしらないところで世の中が動いているような気おくれと焦りをおぼえる。
アルバートはこまったときのくせで半笑いになる。
「研究か……ぼくには想像できない領域だなぁ」
アルバートのぼやきが消えると、部屋が静まりかえった。
自分が勝手に孤独感を募らせただけなのだが、周囲がずいぶん暗くなったように思える。
弁当の煮豆が荒涼とした大地にみえた。
「私は星読みには魔法使いの関与などいらないと思う。星読みはあるがままを熟視するべきだし、魔法使いの魔力の認識についてもいまだに明瞭な公式見解はない。火や水、土や風を意図的に利用することは自然に反しているといえなくもないしな」
沈んでいるアルバートを配慮してか、ディレンツァがナイフとフォークをおいて手をくむ。
アルバートは返事をするべきだと思ったが、うまい言葉がでてこず、ふぅむとうなずく。
「星読みと魔法使いは正反対ともいえるってことかな」
なんとなく相槌をうったのだが、ディレンツァは大きくうなずいた。
「そう思うな。とくに私のような魔法使いはな」
アルバートは内容うんぬんではなく、ディレンツァと満足に対話している事実に少しうれしくなった。
煮豆をまとめて口に放りこむ。
「――そういえばディレンツァは雪の国の出身なんだよね」
もごもご咀嚼しながら、アルバートは訊ねる。
「さっきの話だと沙漠の国へきたのはとくべつな事情があったの? 出身者ではないから、つまり〈魔導院〉から派遣されたってことかな」
「ああ……話せば長いのだが」
ディレンツァはうなずき、一瞬だけ窓のそとをみるように視線をそらす。
「私の場合は自主的に就任依頼したところが大きい。沙漠の国のほうも派遣要請はしていたようなので、需要と供給が合致したわけだな。マイニエリ師の手引きもあったのだろうが、私には報されていない」
「ディレンツァが沙漠の国をあえて選んだってこと?」
「そうだな」
「へぇ……」
雪の国が寒いから帰りたくなかったとか、と冗談めかそうかと思ったが、アルバートは言いよどむ。
しかし、ディレンツァは察したらしく、「もともと雪の国にもどるという案もあった。記念祭で王子もみただろうが、現副王のワイクリフ侯爵には私も面識がある」と目を細めた。
「ああ、建国記念祝祭のときの――」
アルバートは緊張でがちがちになっていたため記憶があいまいだが、そういえば雪の国だけ副王当人が出席していた。
あとから聞いた話では、ワイクリフ四世には娘がいるが病気がちなのだという。
そうでなくても通年でほぼ雪でおおわれた大地では苦労も多いだろう。
アルバートが雪の国を想像していると、ディレンツァがつづけた。
「私は沙漠の国で当初、治水事業にたずさわっていた。それが専門だったわけではないが、あそこの土壌が枯渇しているのは自然要因だけでなく魔力の影響も大きかったからな。レヴァス公の期待にも応えることができたと思う」
「そうなんだ――砂漠の特性についてはなんとなく読んだことがあるような気がするけど、ごめん、そこにディレンツァが関与していたことはぜんぜん知らなかったよ」
アルバートは下くちびるをなめる。
「地下水や河川は貴重だったものね」
「水資源が生命線なのは沙漠の国にかぎったことではないが、それでもきわめて難のある環境だったからな――」
ディレンツァは回想するようにまぶたを閉じる。
「伯爵都が築かれた頃より潤沢な水への憧憬のようなものが沙漠の国にはある。目抜き通りを〈かがやきの水廊〉と呼ぶようになったのもその一環だろう」
「そうか……そうなんだろうね」
アルバートは白大理石と縞めのうの舗装路を思いだし、少しだけ感傷的になる。
しばらくして、ディレンツァは顔をあげる。
「砂漠の地表は軽石や砂土でおおわれている。一般の砂漠では数百メートルは堆積しているものだが、沙漠の国の場合は深くて数十メートルにとどまっている」
アルバートはうなずく。
「そこから下は火山灰土層なんだよね?」
「ああ、そのとおりだ。そこで地熱が発生しており、それが地球の内部物質がもたらすものだけでなく、精霊力――すなわち、魔力の影響によるものだとわかってきたわけだな」
「掘って確かめたわけじゃないからわからないんだよね」
「そうだな。まァ、掘ってもわかるかどうかはあやしいが。だが、そこでいくつか魔法を利用した結界をはり、土壌の地質調査をして経過をみたところ、保水性や透水性に大きく変化が現れたわけだ」
アルバートはふんふんとうなずく。
「結果的にみんなが助かったわけだね」
「私はそれらの結界を人為的に維持できるような装置を、〈デヴィッド機巧工房〉の技術者たちとともに共同開発した」
「そうなんだ」
〈デヴィッド機巧工房〉は火の国の島嶼海域の発明家ジョセフ・デヴィッドとその弟子たちで構成された組織であり、特許も多くもつ技術者集団なのだという。
「それらの水利機構を重宝してもらったこともあり、セラ王妃の推薦もあって私は最終的には宰相の地位を任せてもらえることになったわけだ――」
ディレンツァから両親の名まえがでてくると、ふしぎな感じがした。
ディレンツァの来歴だっていま初めて聞いたようなもので、それほど親しいというわけでもないのに、どこか気恥ずかしさもある。
なぜだか身体の奥のほうがじんわり熱くなるような感覚もあり、うすぐらい住居にいても視界がみょうにはっきりしてきて、アルバートはカーテンのすきまの暗い夜をみつめた。
そして、森に踏みこんでからずいぶん経過してしまったことについて思いをめぐらせた――。




