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銀の風ファンタジア ~孤独な炎の生と死の幻想~  作者: 坂本悠
眠れる森の夢みる妖精たち
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13 意外な刺繍

 ドアを開けるやいなや、室内にあかりが灯った。

 アルバートは「ひええ!」と悲鳴をあげてしまい、いつもは動じないウンブラがめずらしく愕眸した。


「あ、す、すみません――」


 へこへこ謝罪すると、ウンブラは「驚いたのはこっちのほうだよ」とランタンを定位置にもどしながら笑う。


「あ、晩ごはん、急いで準備します――なにもやってなくて」アルバートが姿勢を落としたまま炊事場に向かおうとすると、「今夜は支度しなくていいよ」とウンブラが笑って正方形の小箱をふたつとりだす。


「オレ、さっきまでやぐら造りに関する会議だったんだけど、そこで弁当がでたからさ。二人のぶんももらってきた」


 そして雑多に散らかったテーブルのものをわきにのけて、ならべて置いた。


「わ、すみません、なんだか――」


 アルバートは悪さでもしたかのようにあたふたする。


「気にしないでくれよ、オレが用意したわけじゃないし。王子たちは評判もいいしさ、みんなもっていけっていうんだよ」


「それはそれは……」


 アルバートは全身が熱くなるような感謝を味わう。


「オレは食べてきたから、もう部屋にひきあげさせてもらうよ。明日も早いんだ」


 ウンブラは大きく伸びをする。

 弛緩したポーズなのだが筋骨隆々なので、著名な彫刻家の石膏像のようにみえた。


「それじゃ、おやすみ」とウンブラはあくびを噛みころしながら居間をでていく。


「明朝のぶんは、ぼくが用意しておきますね」


 アルバートが背中に声をかけると「助かるよ――」と手をふってドアを閉めた。


 ウンブラが自室にもどりその足音がとだえると、居間が静まりかえった。

 ランタンの灯がゆらりとゆれて、ふりかえるとディレンツァも二重にみえる気がした。

 野外も徐々に暗くなってきているようだ。アルバートは窓辺によってカーテンを閉める。


「さて、われわれも夕飯にしますか」


 そして陽気に声をかけたが、ディレンツァがテーブルをみつめていることに気づいた。


「ん、どうしたの?」


 テーブルには工具や筆記具、布巾や食器などが散乱していたが、ディレンツァは一点を凝視しており、それが朝はなかったものだとわかった。


「あ、それね――たぶん、ルイがつくったキルトだよ」


「……ほう」


 反応はうすいが、眉が少し動いたのをアルバートは見逃さなかった。

 ディレンツァにも予想できないことだったらしい。


「日中にレムレスさんが訪ねてきて、そういえば自宅に置いておいたって話していたよ」


 ディレンツァは無表情でキルトをみつめている。


「収穫祭のときの衣装につける装飾らしいんだけど――あのルイがだよ、驚きだよね」


 アルバートは両手をもみあわせる。


「おおざっぱで、こまかな作業なんてできそうもないルイがさ、すごいよね、こつこつ刺繍をするだなんて!」


 感嘆を表現したつもりだったが、いやみに聞こえることに気づき、アルバートは手で口をふさいだが、当のルイがいないため胸をなでおろす。


 ディレンツァは二枚あるうち、「おそらくこっちが私のものだな」とマフラーをしたゆきだるまの絵柄をとった。


「いかにもルイっぽいね――ゆきだるまが無表情だし」


 アルバートが微笑する。


 ディレンツァもうなずく。


「王子は小鳥だな。ノジコか」


「そうだね。色合いとか上手に再現されてるねぇ。鳴き声もおもしろいんだよ。ルイも興味をもっているのかな――」


 アルバートは素直に感心する。


「当日、みんな専用の衣装を着るらしいんだけど、それにつけておけばいいらしいよ」


「なるほど――よくできているな」


 戒律ほど厳格でなくとも慣習と呼べるような細やかな規律も村には多いらしい。

 しかし、それらはどれも村を村たらしめるものとしては有効な雰囲気づくりに思える。

 少なくともアルバートにとっては苦痛ではなく、むしろ魅力をおぼえ、感銘をうけるものが多かった。


 それから夕飯をとった。

 ディレンツァと二人きりで向かい合って食事をするのはめずらしいことで直前は少し緊張していたが、あかりがとぼしく静かな居間にあっては、まるで自分の影と対峙しているような奇妙な感覚になったりした。

 陽が落ちるにともなって室内も暗さが深くなっていき、そうなればなるほど細かいことは気にならなくなった。


 ディレンツァにうながされたわけではないが、話題をださなければ会話がまったくないので、アルバートは日中のレムレスとの会話やさつまいも掘りやその管理の仕方などを話した。

 ディレンツァはときどき相槌をうつものの、あいかわらず関心があるのかないのかわからないほどの落ち着きだった。


 当然といえばそうなのかもしれないが、アルバートは一日の公務の報告書を書くことはあっても、父母(国王や王妃)に直接話して聞かせたことなどほぼなかったし、ましてや宰相を務めていた頃のディレンツァとはそれほど親密ではなかったので、とてもふしぎな気持ちになった。


 ここにきてアルバートはディレンツァの来歴はもちろん、趣味嗜好すらわからないことに気づく。


 いままでほんとうに忘れかけていたが、そもそもさつまいも掘りの首尾など面白おかしく話している場合ではなく、〈樹海の村〉での思わぬ足どめの解消法などを提案すべきなのだろうが、ディレンツァは眉ひとつ動かさず、アルバートの日中の仕事について聞いていた。


 ルイだったら、「それはそれでわかったけど、王子はそんな楽しそうに農夫をしてていいわけ?」とか眉間にしわをよせるにちがいない。

 もっとも、ルイはルイでキルトに熱中しているようだからそこまで罵倒はされないだろうか――。


「――私は稲刈りの仕上げをしてきた」


 ふいにディレンツァがしゃべったので、アルバートはどきっとした。

 驚いたら失礼なのだろうが、ディレンツァが日中の仕事内容を話してくるとは思わなかった。


「へぇ、田んぼがあるんだね、知らなかったよ」


「ああ、私もだ」


 ディレンツァの声はちいさかったがよく通った。


「稲田は点在していたが、その範囲はせまくない。それにけっこう歩いた。延べ一時間ぐらいか。おそらくここから北東の方角だと思われるが、境界の柵に出くわさなかったから、それでもまだ村内だと思われる」


「そんなにひろいんだねぇ」


 アルバートはつぶやくものの、なんだかまぬけな感想だと思ってしまった。


「そうだな、きのこ採りなんかもわりと遠くまで散策した気がしたが柵を越えることはなかったし、そもそも柵が視界に入ることさえなかった。村落の領域がどういう区切りになっているのかわからないが、この村は思っているよりも広大なことはまちがいない――」


 草原の国で滞在した〈星のふる丘の街〉もずいぶん地積がひろくてアルバートはへとへとになったものだったが、〈樹海の村〉の場合は大森林のなかということもあり感じかたがちがう。

 視界が開けていないだけで、感覚が狂ってしまうところがあるのかもしれない。

 王都の城下街ほどではないはずだが、複雑さはおなじかそれ以上である。


 あるいは戒律のような(ある意味で堅苦しい)約束事があるせいで、勝手にせまい村だと思いこんでいたようなところもあるかもしれない。

 人口の少なさで恣意的に判断してしまっているところもあるだろうか。

 しかし、そもそもさほど知名度がないのに広範囲というのも奇異な印象をうける。

 アルバートは少し混乱してきた。


「――だから、世界樹の根やみずうみがどこにあるのか皆目わからない。強攻策をとっても無事にたどりつけるか難しいところだ。そもそも案内なしで森から脱出できるかもあやしい」


 ディレンツァは稲刈りの首尾ではなく、仕事にたずさわっていても本来の目的を意識しているようだ。

 作業効率ばかりを考えていたアルバートは気恥ずかしくなる。

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