12 言葉にしない暗示
二人でしばらく林道を歩いたのち、ディレンツァが横目でアルバートをみる。
「厳密にいえばちがわない。あるいは、私たちには区別がつかないからおなじという印象だな」
「おなじ?」
「もちろん、学術上の定義はある。でもそれはかつて権威ある魔法使いが骨格をつくった体系を、〈魔導院〉が追認するかたちでさだめられただけで、それは正否で語るべきものじゃない気もする。根拠がないからな。ただ公然とできた規範ではあるし、ある程度の説得力はあるのかもしれないが……」
「なるほど、〈魔導院〉としての見解ってことなんだね」
「魔力に根源があるとして、それを構成する最も微小な元素を精と呼んでいるわけだな。それが人格――というか、人間からみて把握しやすい性質があるものを妖精という」
「人格……」
たしかに妖精とは意志の疎通がはかれるような気もする。
「城郭都で遭った風の妖精とかみたいに――あ、〈月の城〉では本の妖精が現れたっけ」
ディレンツァはうなずいた。
「〈月の城〉の場合は、なんらかの条件をもってみずから出現してきたと考えられる」
「条件?」
「フロアでいきづまった侵入者がいる場合に手助けするよう城主に使役されているとかな」
「そうか、そういえば親切な妖精だったね。やたらよくしゃべったし。本の妖精だからよく話すのかと思ってたよ」
「そういうこともあるかもしれない。属性が特徴として認識されるわけだな」
ディレンツァがまばたきしてつづける。
「あとは城郭都の例のように、甚大な魔力が解放されて境界があいまいになっている箇所では、魔法使いでなくともかれらを感知することができる場合がある。王都の宝物庫もそうだったし、それ以外では火の国の火山なんかは顕著らしいが――」
「ふぅん……」
アルバートはあごにひとさし指をおく。
「とにかく便宜上、人格が肝なんだね。でもたしかに羽根があったりするぐらいで、基本的に人間っぽい容姿をしているか。性格もありそうな感じだったし。本の妖精なんて生意気なぐらいだったよ。まるでルイみたいに」
アルバートは目線を泳がせる。そばにルイがいるはずもないのだが、つい。
「人格のあるものを重要視する見地のために、妖精のほうが精霊より体系的には上位と捉えがちだが、それは存在意義うんぬんよりも動物と人間の区別のようなものだな。世界の構成要素という意味で四大精霊という概念もあるし、そうなると精霊でもすべての上位にあるようにもみえる……」
ディレンツァは二度うなずく。
「妖精なんかがそもそも人型をしていたり人語を話したりするのは、私たちがそう認識したいと思っているからにすぎないともいわれているわけだ」
「ふぅむ、ぜんぶ気のせいかもしれないんだ……」
アルバートは考える。
「って、なんだかどっかで聞いたような――ああ、それってまじない師のそれに似ているね」
ディレンツァはもう一度うなずく。
「ああ、そうだな。まじない師のそれは、まじない師本人がそう意図しているという意味で多少異なるように思えるが、昔からそういう議論はある。魔力もまじないも同根という説だな」
「へぇ、難しいね」
アルバートは納得しながらも少し混乱してくる。
「だからそう、言葉が通じそうもない非人間性を暗に示して、この村では闇の精霊と呼んでいるのかもしれないな」
ディレンツァが目を閉じる。
「そこまで意識して命名したのかはわからないが」
アルバートは噛みくだいて考える。
論旨はわかるように思えるのだが、なぜだか余計にわかりづらくなった気がする。
対人間においてのみ攻撃性があるなら、それはそれで非人間的であるかどうかあやしいところだ。
当初は巨大な野獣のようなすがたを想像していたが、容姿に関していえば皆目検討がつかなくなってしまった。
「そういう精霊ってよくいるのかな……――うわぁ!?」
そう訊ねたところで、すぐわきの密集した立ち木が大きくゆれ、アルバートは狼狽した。
「ああ、驚かせたね、すまない――」
すると、右手に鎌をもった男が現れ、左手で樹の幹をおさえながら両目を大きくした。
どこかでみた気がする男だった。
どきどき高鳴る胸をおさえながらアルバートは「こ、こんにちは――あ、もうこんばんは、かな?」とまぬけな返事をする。
「日没まえだから、こんにちはでいい」めずらしくディレンツァも流れに入ってきた。
「ああ、王子さまたちか」
男は微笑する。
「正直、驚きました。ヒグマでもでてきたかと思って……」
アルバートはあたまをかく。
「すまなかったね、ちょっと通り道の手入れをしていたんだ。ひまだったものでね」
男は鎌をゆらゆらゆらす。
そうはいうものの、樵夫や管理人のたぐいにはみえない。
どちらかといえば哨戒兵のようないでたちをしている。
「もうそろそろ日が暮れるから、寄り道しないでいきなよ。ヒグマどころじゃすまないぜ。気をつけてな――」
男は破顔すると、広場のほうにむけて歩いていった。
アルバートは「お気づかい、ありがとうございます」と男の背中にむけておじぎをする。
男はかえりみず、鎌をゆらゆらゆらしてきた。
男を見送ってからふりかえると、ディレンツァがもう歩きはじめていたのであわてて追いかける。
となりにならんでみると、ディレンツァはややいぶかしげな目つきをしていた。
もともとそんな表情をしているが、つきあいの長いアルバートだからわかる、かすかな変化である。
「どうしたの?」
ディレンツァは返事をしない。
「さっきの人、どこかで逢ったような気がするんだけど……」
アルバートは気にせずつづける。
「ああ、最初に遭った人だな」
ディレンツァがつぶやいた。
アルバートは魔法使いの横顔をみる。最初?
ディレンツァはアルバートの疑問を察したらしく、「われわれがこの村に到着したとき門扉にいた人――」とうなずいた。
「要するに、警備員だな」
「そうか、なるほど」
アルバートは手をうつ。
森に入ってしばらく遭難してからようやく村落にたどりついたこともあり、アルバートは安堵感や疲労で足腰も重く、関節も痛んでいたし、目もかすんでいるような状態だったため、門兵のことはあいまいにしか憶えていなかった。
「すっかり忘れていたよ……さすがディレンツァ、記憶力がいいね」
アルバートが感心したものの、ディレンツァは無言のまま少しうつむく。
それでもあゆみはとめないので、しばらく進むと仮住まいしているウンブラの住居がみえてきた。窓からあかりはみえないので、ウンブラはまだもどっていないようだ。
「今日はぼくが夕飯の担当だったっけ。急がないとね」
アルバートが駆け足になろうとすると、ディレンツァがつぶやいた。
「あの警備員はずっと私たちをみていたように思うが――」
「え?」
アルバートは右足をまえにだしたかっこうのまま動きをとめて頚だけふりかえる。
「ずっとみていた――?」
「ああ、少なくとも私が広場から林道に入って以降、一定の距離をたもってずっとついてきていた。そして、王子と接触してから近づいてきたように思う。気づいていてほしくなさそうだったので指摘しなかったが」
「ぼくはぜんぜんわからなかったよ……」
アルバートは右頬をぽりぽりかく。
むしろ視界に入らなかったせいで、林道付近にはだれもいないと思いこんでいた。
しかし、それがほんとうなのだとしたら、なぜかくれてついてきたのだろう。
「でも、たしかに警備員の人が草刈りをするのはちょっとおかしいね、それも日暮れ直前に」
アルバートは微笑してみたが、ディレンツァは無表情のままだった。
「どこまでの意図なのかわからないな――」
そして住居に入るとき、ドアに手をかけながら小声でもらした。




