11 闇夜の特性
「今日はこのくらいにしておくかい――」
教育係の年輩女性が老猫のように目を細めたので、アルバートはふとわれにかえる。
気づけば紅葉がすすんだ樹木のすきまから夕陽が射してきていた。
さつまいもを梱包する作業に没頭して時間が経つのを忘れていた。というより忘我の状態にあった。
「よく働いてくれて助かるよ。もういいから、ゆっくり休んでおくれ」
年輩女性の目のしわが、とてもやさしくみえる。
アルバートはまぶしい太陽をななめにみて、全身のこわばりと疲労を感じた。
遠くから吹いてくる冷たい風も夜気をはらんでいる。
謝意を告げて、両手をはらい、たちあがるとひざの関節がぽきぽき鳴った。
まわりにいるおなじ作業を任されていた女性たちがくすくす笑う。
アルバートもなんとなく照れる。
「身体がかたいもので」
事実を話しただけなのに、「まだ若いのになにいってるんだか」「王子さまはおもしろい人だね」などと場が盛りあがってしまったため、アルバートはそそくさと退場した。
われながら終始滑稽だった。
ルイがいれば無言で蹴られるにちがいない。
しかし、この村は善良な人ばかりでありがたい。
レムレスがいうほど、高年齢層も手厳しくは感じない(もっともそれはアルバートだからかもしれないが)。
作業場をでて林をぬけて、枝分かれしている細道をぬけて中央広場に入った。
まだ大勢の人が広場で仕事をしていた。
そのうち何人かの男性がアルバートに気づいてあいさつしてきた。「おつかれ!」
毎日あちこちで就業するため、それなりに村内の地理にも詳しくなってきた。
三つの集落(独身男性群、独身女性群、家族群)が中央広場のみで接するようになっている構造で、基本的には放射状に建物や家屋がひろがるオーソドックスな集落形成といえた。
村議会関係者の住居は比較的中央広場に近いところに設けられているらしい。
まだだれにもお目にかかったことがないが、建物の外観がどれも似たようなものなので、アルバートにはどこにだれがいるかはわからない。
長老宅は食堂からみえるところにあり、そこだけは最初に教えてもらえたが、訪ねたことはまだない。
入村した頃に、ルイが「面会予約なしでいきなり訪問したっていいんじゃない? だって、王子だって王子なんだからさ」と口をとがらせていたのが、もうだいぶまえのことのように思いだされる。
広場から独身男性専用住居の区域に入ったところで、目前にディレンツァの背中がみえた。
どうやらディレンツァも仕事終わりのようだ。
「おつかれさま!」
追いついたところで、アルバートは陽気に声をかけてみた。
ディレンツァはあいかわらず無言でアルバートを横目でみて、ゆっくりうなずいただけだった。
「今日はさつまいもを掘ったよ」
なんだか子どもが親に報告しているみたいな口調になってしまった。
気恥ずかしくなって、アルバートは、へへと小声で笑う。
しかし、ディレンツァはふたたびうなずいただけだった。
しばらく無言で林道を歩く。
二人の足音よりも枝葉が風にゆれる音のほうがよく聞こえる。
広葉樹はだいぶ淋しげになってきていたが、それでも葉が多く残っているところにさしかかると周囲が一気に暗くなった。
いままでもこのぐらいの時間帯に林道にいることはあったが、今日はみょうに静かで少し落ち着かない。
たまたま、ほかにだれもいないせいもあるだろうか。
ともにいるのが無口なディレンツァでも、独りじゃなくてよかったと思える。
樹々の合間が真っ黒になっている。
少しずつ闇が森を支配してきているのだ。
ごつごつした幹がけわしい老人の顔にみえたりしてきて、アルバートは会話をしたくなった。
「そういえば、最近は規則ただしく暮らしていたから忘れかけていたけど、〈まぼろしの森〉には闇の精霊がいるんだったね――」
思いつくまま話をふってみたが、余計に落ち着かなくなる話題だと気づいた。
「ああ、レムレスが話していたな」
ディレンツァがうなずく。
魔法使いの横顔は平静どおりで、夜をおそれているふうにはみえない。
「うたがうわけじゃないんだけど、あんまり具体的に想像できないよ」
「闇夜にうろつく村人を惨殺する凶暴な精霊――」ディレンツァが目を細める。「そうだな、私にもよくわからない」
ディレンツァに判別できないなら、アルバートが予想できるわけない。
アルバートは沙漠の国が滅亡した夜に遭遇した化物のような巨大トラを思いだした。
肉食獣ならそういう特性のものもいるかもしれない。
「夜行性の動物とかならまだわかるんだけど……」アルバートはつぶやく。「水の国は動物も多様性がきわだっているらしいし。ほら、家のなかにいれば安全っていうのも野生動物ならありえるでしょう」
「そうだな。そのほうが収まりはいい気もする」
ディレンツァはうなずいた。
ディレンツァが肯定してくれただけでアルバートは少しうれしくなる。
「だが、レムレスは殺人説も野獣説も否定していた」
「そうだよねぇ」
アルバートは即座に落胆する。
村人たちが遺体という結果しかみていないため、現象自体があいまいな解釈しかできず、それゆえに精霊といわれているところもあるのかもしれない。
「ぼくの知識がないせいでわからないんだろうけど、精霊ってどういうものをさすのかな?」
アルバートはふと訊ねる。
「そもそも精霊と妖精のちがいも知らないけど……霊っていうくらいだから、妖精の幽霊みたいなこと?」
即答があるかと思ったが、ディレンツァが黙ってしまったのでアルバートは少し緊張した。
なんだかよくない質問をしたようなひけ目を感じる。
そもそもアルバートは妖精も幽霊も明確に理解していなかった。




