10 困惑しつづける王子
昼食休憩をはさみ、収穫後のさつまいもを一個ずつ用紙につつむ工程はアルバートの性格に合っているのか、教育係の年輩女性に説明されたとおりに手際よくこなすことができ、時間が経つのも忘れて集中できた。
手さきは不器用なほうだと思っていたが、坐って作業できるだけで落ち着いて取り組めた。
どうやら統率者がアルバートは肉体労働に不向きだという判断をしてくれたようで、午後は年輩女性たちのグループで作業することになったのだ。
当初はルイたちのことや王都のこと、これまでの旅路やこれからの展望、〈樹海の村〉についてなど、あれこれ思い悩んでいたりしたが、しばらくつづけていると雑念が消えて、人里はなれた湖畔でたたずんでいるような、みょうにおだやかな心地になってきた。
村をかこんでいる森林の葉ずれの音や、枝上をとびかう小鳥たちのさえずりのひとつひとつが明瞭に聞こえてくるような感覚に、これまでにないほどの平穏を感じたりした。
「――お邪魔かしら?」
ふと、アルバートが顔をあげると、レムレスがほほえんでいた。
銀色の長髪に陽射しがあたってまるで教会の女神像のような雰囲気だった。
アルバートはしばらく呆然としたのち、「あ、すみません」と謝る。
「ふふ、なんで謝るのかしら」
「あの……う、すみません」
アルバートは手にしていたさつまいもを落としてしまった。
レムレスはそのいもを手にとり、となりに坐っていいかしら、と目で質してきたので、アルバートはこくりとうなずく。
レムレスがこしかけると、ふわりとかすかな香りがしてアルバートはどきどきする。
「あれ、なんだかいい匂いですね」
「そう? とか、とぼけてみつつ、じつは香水をふっているのでした」
微笑するレムレスの頬がほんのり染まっており、距離が近くてアルバートは少し緊張する。
「花の香りですか?」
「そう、正解。アマリリスの香水なんだけど」
レムレスが長い髪に手櫛をする。
「アマリリス? ああ、水の国の国花ですね」
「そうそう、さすが王子さま、よくご存知ね」
「いや、当然のことですよ……」
アルバートは首筋に汗をかいてくる。
「水の国の先代女王が有名にした恋人たちの銀の水差しなんかは語りぐさになってますし」
水の国には昔から想い人にアマリリスを活けた銀の水差しを贈るという風習があった。
その昔には婚約の証として贈られることもあったのだという。
それを先代女王が、恋人同士がそれぞれの部屋に水差しをかざり、恋わずらいの夜にアマリリスのラッパ状の花に耳をかたむけると、花弁から恋人の愛のささやきが聞こえてくるという創作にして流行させたことは有名だった。
先代女王がただ単純にロマンティックな人かどうかは、孫娘であるフィオナ王女をみてもわからないところがあるが、ルイなんかはそのエピソードを聞くと「なんだかくすぐったいわ」とベーと舌をだすだろう。
フィオナ王女といえば、アルバートは出発まえに王女に声をかけそびれてしまった。
侍女たちから王女が体調をくずしていると聞いたからだったが、やはり水の国の領内に向かう以上、じかに逢って報告すべきだったような気もする。
〈樹海の村〉のような自治村があるならなおさらである。
アルバートたちがかれこれひと月近く逗留していることは知っているのだろうか――。
「――でも、やっぱり王子さまね」
レムレスがほほえむ。
「おしゃれに好意をもってもらえてうれしいわ。この村の人は、たとえばウンブラなんかは私が香水をふったりしていても、なんかへんな匂いしねぇ? とかいうのがオチ。年輩層にいたっては渋い顔をするんじゃないかしらね」
アルバートは「いや、ぼくなんかはむしろ、そういうことには鈍感なほうで……」とうろたえる。
女性の化粧や髪型の変化などは見落としがちだし、場合によっては衣類のちがいにだって気づけないことがある。
ルイがいたら「鈍感というより無神経だわ。もしくは無感覚? とにかく粗忽なのよ」と目を細めるに決まっている。
だから、そんなことで褒められるとかえってうしろめたいような気になるので、アルバートは流れをそらす。
「でも、香水とか入ってくるんですね、あ、べつに悪口じゃなくて、物流とかのことで……」
すると、レムレスがきょとんとする。
村は完全に独立しているわけではなさそうなので通商係がいるのだと思うが、アルバートがみたかぎり村内に小売の販売店のようなものはなかった。
だから単純な疑問だったのだが、レムレスは意図を理解したのか目を大きくする。
「え、買ったんじゃないわよ。自分でね、こそこそっと」
「お手製ですか、すごい!」アルバートは両手をあわせる。
「いえいえ、花びらをこまかくちぎって、熱湯をかけて蒸らして抽出しただけ。年頃の娘はみんなつくってるわ。もちろん、年輩層にかくれてだけど」
「かくしても、香りじゃばれちゃいますね」
アルバートはにんまりする。
「そうそう」
レムレスもおなじ顔をして笑う。
「こっそりつくっても結局みつかるんだけどね。それでも最近は大目にみてくれる大人も増えてきた感じね。ひと昔まえだと風紀がみだれるとかうるさかったみたいだけど」
やっぱり戒律は鉄則であり、その最たる目的は治安維持なのだろう。
「でも、村民を護るためにできた考えかただから、やむをえないんですかね」
アルバートはレムレスをみる。
「そういうふうに窮屈なほうが、成果がでたとき独特の解放感があるんじゃないかな」
「王子の視点は基本やさしいのね」
レムレスはにっこりする。
瞳いっぱいに動揺している自分が映り、アルバートは少し照れる。
そして、秋も深まっているのに汗がとまらない。
だから、ふたたび話をそらすことにした。
「あ、あの、そういえば、なにか用事が?」
「えー、用事がなくちゃ話しかけてもだめなの?」
レムレスはいじけるように左右のひとさし指を交差させる。
アルバートがびっくりすると、「なんてね、こまらせてみただけでした」と両手をひらいた。
アルバートは反応できず、機械じかけの玩具のような奇妙な動きをしたのち、最終的に嘆息した。
ルイとはちがう意味で手ごわい。
アルバートの頬をつたう発汗を楽しむかのようにレムレスは目を細める。
「収穫祭のときに、衣装につけてみたらいいんじゃないかという装飾をルイといっしょにつくったので、もしよかったら使ってね」
そして、満足げな猫のようにほほえむ。
「それをつたえにきたのでした」
「へぇ、ルイといっしょに? 飾りを?」
アルバートは率直に驚いた。
ルイが室内作業に従事して不満がないだなんて。
「キルトよ。ルイなんかとっても上手だわ。センスがいいのよ」
レムレスが右のひとさし指をたてる。
「あれは良妻になるわ」
アルバートは「へぇ」とうなる。
「あ、王妃のまちがいかしらね?」
レムレスが左のひとさし指もたてる。
「え? なんですか、いきなり」
アルバートは目を点にする。
「いきなりもなにも。いきなり現れたのは王子たちじゃない」
レムレスは指をたてたまま目を細める。
「私の意図はわかってると思うけど、ルイとはそうなんでしょう?」
「うーん、なんていうか……」
アルバートはさつまいもを両手でもてあそぶ。
「ルイには迷惑をかけているし、お世話になっているけれど……そういうふうにみえますかね?」
「ふぅむ……」
レムレスはアルバートから目をそらす。
「おたがいに似たような反応するあたりもそれっぽいんだけど」
「はい?」
「主従関係にしては距離が近くみえるというか……」
「あァ……それはぼくに威厳がないのと、ルイに壁がないのが原因というか」
「ふぅむ」
「なんていうか、ずっと三人で行動していて、ディレンツァが寡黙だから自然とそうなってしまうというか――」
アルバートはなんだか気まずくなる。
入村以来、そんなことが多いような気もする。
しかし、王都の建国記念式典でも周囲からルイと親密にみられていたきらいがある。終盤、アルバートは卒倒していたのであまり憶えていないけれど。
レムレスは目を細めたり、視線をそらしてあごにひとさし指をそえたり、それでいてアルバートの瞳をのぞきこむようにしてみたりしたのち、「ふぅむ、まァいいか」とつぶやいた。
「とりあえず、二人に確認しておなじ見解みたいだから、それを正式に採用するわ。私にもチャンスがあるってことでいいのね」
レムレスはにっこりする。
アルバートはたじろぐ。
ふたたび首筋に汗をかいてきた。
レムレスの目線にうっすらと恋慕があることはわかった。
それと同時になんだかうしろめたいような気持ちになる。
アルバートは手もとのさつまいもに視線を落とす。ふぞろい、かつ、不格好な実がなにかを暗示しているようで歯がゆい。
「ふふ。さて、それじゃ私も仕事にもどろうかな」
レムレスはふわりとアマリリスの香りをただよわせながらたちあがる。
「キルトはウンブラの家のテーブルに置いておいたので、よかったらみてみてね」
アルバートはレムレスの風にゆれる銀髪に見入ってしまい、返事が遅れる。
「――あ、了解しました。お気づかい、ありがとうございます」
「じゃ、またね、用事がなくても逢いにくるわよ」
レムレスはほほえみながら去っていった。
アルバートはレムレスの背中をみつめながら、さつまいもの尖ったさきであたまをかく。




