9 困惑する王子
「やぁ、精がでるね」
顔をあげると、ウンブラはあいかわらず裏表のなさそうなまぶしい笑顔で、意表をつかれたアルバートはあいまいに返事をする。
「あ、ど、どうも――」
〈樹海の村〉に入って以来、アルバートとディレンツァはウンブラの住居に仮住まいしているのだが、居間を共有しているだけの別部屋になっているため、帰宅時間がことなる場合アルバートはウンブラと顔を合わせない日もあったりするぐらいで、だからそこまで親しくはなっていなかった。
それは顔をつきあわせたところで、ウンブラがわりと寡黙で詮索もしてこないため、それほど情報交換をしていないところにも起因している。
アルバートにとって、体力自慢で褐色の肌をして白い歯がかがやくような男性がなんとなく苦手なことは否めない。
自分にはない健康的な雰囲気に臆してしまう。アルバートは社交的なほうだがどちらかといえば広く浅くの人見知りだし、自分より男気のある人に対等に接触されることには慣れていない卑屈なところがある。
「王子はさつまいも掘りなんてしたことないだろう?」
ウンブラはアルバートの心中を知ってか知らずか、満面の笑みだった。
「あ、え、そうですね……」
アルバートは両手でもったさつまいものつるをもちあげる。細長いやつ、まるいやつ、くの字に曲がったやつなどがつらなっていた。
「こんなにぽこぽこ生ってるなんて思いませんでした」
「ほんとうはつるをさきに伐るといいんだよ」
ウンブラがほほえむ。
「そうなんですか」
「掘ったあとは一個一個、用紙でつつんで保存するわけ」
ウンブラは何度かうなずく。まるでいやみのない教えかただった。
「紫いもは晩成品種だから収穫がこんな時期になってしまうんだ。でも、甘いから人気がある。とくに女性が好む印象だな」
「へぇ」
「ルイも甘いものは好きかな? それとも踊り娘は余計な糖分は摂らないか」
「だいじょうぶですよ。まえにマルベリーを頬ばってるのをみたことがあるので。王都のパーティなんかでも甘いものは食べていたかな。これまでいっしょに行動してきたなかで、とくに好き嫌いはしてなかったと思います」
「そうかい、そりゃよかった」
ウンブラに問われるまでルイの嗜好についてあまり意識したことがなかったことに気づいた。幽霊なんかでこわがっているとか、そういう苦手なものは憶えているけれど。
ふと、ルイの怒った顔が脳裏にうかぶ。
最近はすれちがいざまに視線を交わすぐらいになってしまっているので、あまり意思疎通できていない。
歯がゆいのだが、毎日が忙しく、夜はすぐに寝てしまう。
隣室のディレンツァともほとんど会話をしていない始末である。
「もうすぐ収穫祭なんですよね」
アルバートは話頭を転じる。
「ああ……」ウンブラの表情が曇った。「すまないね、長老の件に関しては」
「あ、いや――」
アルバートはウンブラを責める意図はないことを示すために手をふる。
このやりとりももう何度目になるかわからない。
「時期が時期だからしかたないですよね」
「王子たちも遊びにきたわけじゃないんだろうから、村議会も少しは空気を読むべきだと思うんだがね」
ウンブラはしかめ面をする。
「でもここが自治区で、それがルールなら従うのが筋でしょう」
アルバートは目をふせる。
アルバートたちは大義をかかげているが、それはこの村には関係ないといえばそれまでだ。
それが〈樹海の村〉にとって災いとなってしまったら、アルバートたちは元〈鹿の角団〉の首謀者たちとなんら変わらないのだろう。
アルバートは正義について考えさせられた。
「それで軟禁されちゃかなわないだろう? あたまのかたい連中だからなァ」
ウンブラはあたまをがりがりかく。
アルバートは半笑いになって訊ねる。
「組会議は組長たち――みんなが住んでる区画の長たちの集まりですよね。村議会の構成員っていうのはどなたになりますか?」
「ああ」ウンブラは鼻息をもらす。「村議会の構成員はいわゆる村の能力者たちだね」
「能力者?」
「そう、要するに一般住人たちができないことをできる人たちってことさ。あまり大きくはない村だからね、大都市ほど多種多様じゃないけど、たとえば神父、彫刻家、画家や詩人もそうだし、もうひとつの梓人――要するに工匠だな、あと鍛冶屋、医師や薬師、養蚕家、農林業技師、測量士、それから風読みや星見とかね」
「なるほど、専門職の人たちってことですね」
「それを長老が束ねている構図になってるわけだ。まァ、そんな面子だから一同に会するのが難しくて日程がさだまらないっていうのもあると思うよ。王子たちにはあまり関係ない理由だけど」
アルバートは右手をふる。
「いやァ、それは足なみをそろえるのがたいへんですよ。みんなそれぞれ忙しいでしょうし、急用ができることも多いですよね。ぼくの国でもそこまでの会議は年に一度あるかないかだったと思いますよ」
ウンブラは失笑する。
「一国の王子さまに迷惑をかけているからなんともいえないけどね。ところで、王子たちは長老に森を散策する許可をとるつもりなんだろう?」
「ええ、そうですね。無理なら王都に還らせてもらおうかと……」アルバートはつぶやく。「でも、それも許可がいるんですね、きっと」
ウンブラは「村外の人からすると異常だよな」と笑う。
アルバートもつられて笑ってしまった。
「それで、もし長老のゆるしがでたら、森でなにをするんだい? まさか木の実やきのこを採りにきたんじゃないんだろう?」
ウンブラが白い歯をみせてにっこりする。
アルバートは答えなければ失礼だと思いながらもこれまでの経緯をすべて話すわけにもいかないし、そもそも作業中だからどうしたものかと悩んだものの、右手のさつまいものつるをみつめながら微笑する。
「あ、えっと――とりあえず、世界樹の根をさがしていてですね」
「世界樹?」ウンブラは目を大きくする。
「ええ、大きな樹があるはずなんですけど、このあたりに――ぼくも実物はみたことないんで、その、〈魔導院〉で教えてもらっただけなんですけど……」
へどもどしてしまう。
「ああ、精霊たちのつどう樹のことか」
「なるほど、そう呼んでいるんですね。もっとも、たくさんの異称があるんで、ぼくらも混乱しやすいんですよ」
「みたことないっていうけど」ウンブラはうなずく。「オレたちは、それの枝木を加工して祭りの準備をしてるんだよ。舞台もそうだけど、やぐらやかがり火、こまかい彫刻類なんかもぜんぶね」
「え? 枝でやぐらが造れるんですか?」
「ああ、一本一本がそこらへんの樹の幹なみにふとくて大きいからな」
「へぇ……なんだか想像つきませんね」
アルバートはうなる。
ほんとうにわからない。
大元の世界樹の根っこの一部から派生して樹木が生えていると聞いたが、それが枝木だけで一般的な樹木の幹サイズではイメージするほうが難しい。
「伐採して村まで運搬してくるときは命がけだからな」
アルバートは嘆息する。思わず息がもれてしまった。
ウンブラがほほえむ。
「ひまをみつけて見物にきたらいいよ。切断も組み立てもそれこそ祭りの本番なみに大騒ぎだしな。手伝いも多いほうがいいし」
「ぼくなんかは足手まといになるだけのような気もしますが――」
それは本心だった。
ルイがいれば「あら、自分のことがよくわかってるじゃない」とかほくそ笑むに決まっている。
なんだか目前にルイがいる錯覚におちいるぐらいはっきり想像できた。
「王子は馴染んできているしな、村の人たちも役に立つとか立たないとか、そういう基準で人をみるやつばかりでもないさ。村のあれこれを気がかりにばっかり捉えないで、気楽に臨んでくれよ」
ウンブラはまぶしいほど白い歯をみせてにっこりする。
そして、それじゃまた、とやぐら係の仕事にもどっていった。
アルバートは山盛りのさつまいもをまえに、終始どぎまぎしていた。




