8 実は照れ屋な踊り娘
さらに一週間が経ち、気づけばルイはキルト製作をはじめとする収穫祭の準備にばかり時間をとられ、それ以外のことを考えている時間がほとんどなくなっていた。
それは忙しいばかりではなく、アルバートやディレンツァに遭遇する頻度が低いせいもあったが、アルバートたちもまたそれぞれの仕事で忙殺されているらしく、村落に世話になっている以上は致しかたないことだった。
アルバートやディレンツァに偶然すれちがっても、アイコンタクトぐらいしかできないことも多かった。
独身組に割り当てられているルイたちは、大半の時間を同性たちと過ごしているため、そこから離脱してわざわざ話しかけるのは気がひけた。
老人たちを除けば、村民たちはいやな顔をしないのだが、なんとなく郷にいれば郷にしたがってしまうのである。
村の戒律によって日々、それも朝から日暮れまで役割をあたえられているため、なかなか自由な時間もないのだった。
最後に遭ったとき、掘ったばかりのさつまいもを手にしたアルバートは目で「あいかわらずだよ」とつたえてきたし、稲架を組んでいるディレンツァは無表情のままみつめてくるだけだった。
異常はないものの、進展もないのだろう。
仕事を終えて住居に落ち着いたあと、外出しないことにもなんとなく慣れてきてしまった。
ルイはそのままレムレスの住宅に仮住まいしているのだが、ルイが窮屈に感じていることをレムレスが案じてしまうと迷惑になると思い、ささいな行動――たとえばカーテンのすきまから夜空をみるといったことすらしなくなってきていた。
日によっては仕事づかれで、そういったことさえ無頓着に寝てしまうことさえある。
係分担がしっかりしているため、物資が不足するなどの理由で外出の必要にせまられないことも大きい。
「夜のあいだに病気とかけがをしたらどうするの?」
キルトの伝統的な配色について聞きながら作業しているとき、ルイがふと訊ねると、レムレスはまばたきをくりかえした。
「重い症状のときはあくる日から診療所に泊まることになるわ。深夜の急病とか大けがの場合は朝までがまんするしかないの」
「えぇ、必要なときほどこまるのね」
「でも、そういうものなのよ」
レムレスは目をふせる。長いまつげもうつむく。
また村の悪口を言ってしまった気になり、ルイは内心焦る。
「まぁ、なるべく病気にならないように健康をこころがけて、けがしないように早く寝るってことね」
ルイがまくしたてると、レムレスはうすくほほえんだ。
あなたの主張はわかっているのよ、という哀しげな笑みだったので、ルイは手作業にもどった。
しかし、細かい作業(とくに手芸)は苦手かと思っていたがキルト製作は意外と楽しかった。
身体を動かすほうが得意だと自己評価していたが、キルトブロックなどつくりだすと時間が経つのを忘れてしまうほど没頭できた。
伝統一色ではなく、自由に創造していいところもよかった。
ルイは新参者だったので伝統衣装(長衣や下衣)、タペストリーなどは担当せず、衣服を飾るものでいいとのことだったので、なおさら好きに試行できた。
なじみの色合い(黄土色や焦茶色、群青色など)のほうが秋らしい雰囲気がでるのだが、自分らしさを意識して赤や碧も混ぜこんだりした。
クラシックな柄としては家畜や神話のモチーフが多いようだったが、ルイは動植物なんかも取り入れたりして、それがまた褒められたりするので余計熱中してしまうのだった。
「ルイの感性と合ってるみたいね」
レムレスが目をぱちくりするので、ルイは「たまたまよ。基本的に不器用だし、じっと坐っているのは向いていないの」と謙遜しながらも、工房で気がつけば夕方になっていることもあり、「できないって思いこんでただけじゃない?」とレムレスは目を大きくした。
ダンス・ステップを踏みならすならまだしも、刺繍でわれを忘れることがあるなどルイは夢にも思わなかった。
一週間で衣服のアクセントになるようなアップリケのキルトをいくつか仕上げた。
自分用には「鉢植えのチューリップ」、レムレスに「眠っている月」、ウンブラに「笑っている太陽」、ディレンツァに「マフラーをしたゆきだるま」、あとしかたなくアルバートに「枝にとまったカワセミ」をモチーフにした。
「え、私にくれるの? へぇ、上手! 三日月の横顔も魅力的だけれど、まわりの夜空の淡い色合いも抜群だわ。やっぱり王都からきた人はちがうのね。そういうセンスが羨ましいわ――」
レムレスにみせると、とてもよろこんでくれた。
感心するどころではなく、あまりに賛美してくれるのでルイのほうが赤くなってしまった。
「あんまりおだてないでよ。歌や踊り以外で褒められたことなんてないから、なんだか熱くなってきちゃった……」
ルイは手で顔をあおる。
「踊り娘なんだから衣装なんかも自分で製作してみたらいいんじゃない?」
レムレスはひたすらかついでくる。それでも嫌味がないので好感がもてる。
「――あれ、ほかにもあるのね?」
レムレスがルイの作業台をのぞきこんでくる。
ルイは反射的に両手でそれらをかくしそうになるが、そうしたところで意味がないので思いとどまる。
「ほら、私って割り当ての仕事がなかったから、とりあえずみんなのぶんのアップリケをつくってみたのよ」
ルイはなんだか照れる。
「へぇへぇ! どれがどれなの?」
レムレスの喰いつきにとまどう。
「わあ、このチューリップと太陽は元気な感じ! ゆきだるまと小鳥はかわいいわね!」
「え、ええ――チューリップは私。単純に好きな花なのよ。ゆきだるまはディレンツァね。雪の国の出身らしいの。王子が鳥なのは、野鳥の観察が好きらしいから。私はそういう抑えた感じの趣味が苦手なんだけど――」
「へぇ、そうなの」
「あと、太陽はウンブラさんね。よく日焼けしてるから」
ルイはこめかみをかく。
「え、ウンブラの?」
レムレスが驚いたので、そういえば配慮がなかったことに気づく。
「あ、ウンブラさんの勝手につくっちゃまずかったかな。あんまり気にしなくて、ごめんなさい。でも、かならずしもウンブラさん用じゃないの。だれかにあげてもいいやつなので――」
ルイがあたふたすると、レムレスは瞠目して鼻のしたをのばす。
「ちがうわよ、ルイも誤解してるわ。もしくはかんちがいしてる。ウンブラはよろこぶと思うわよ? 気にしないでね、ほんとに」
「そうなの?」ルイはてっきりレムレスとウンブラは恋人同士なのかと思っていたが、そうでもないのだろうか。「仲よさそうにみえたから」
「そりゃ幼なじみだからね、ずっと村で過ごしてきたし生まれた日も近いし。でも、それだけよ。私はああいうのはタイプじゃないの」
「ウンブラさん、ムキムキでかっこいいじゃない」
「私はもっと繊細な人のほうが好きだからね。恋愛感情なんてないのよ、ほんとに。強制的な腐れ縁っていうの?」
レムレスのたとえがなんだかひどいのでルイは噴きだしてしまった。
ウンブラのことを少しくらい意識しているからむきになって否定するのかもしれないと一瞬考えたが、レムレスがルイしかいないところでそこまで本音をかくす必要もない気がするので、わりと正直な気持ちなのかもしれない。
「お似合いのような気もするけどなぁ……」
ルイがこぼすと、レムレスは顔をよせてきて、ルイの瞳をのぞきこんでくる。
「え、なに?」
「それはこっちのせりふなんだけど――」
レムレスの瞳はみずうみのような深い色だった。
「ルイこそ、アルバート王子とはどうなの?」
予想外の問いだった。
レムレスからすれば反撃のつもりなのかもしれないが、それこそ誤解というものだ。
「ちょっとまって。私はただの従者よ。沙漠の国で縁があってそこからいっしょに行動してるけど、私はおもに王子のお尻を蹴る役で、それ以上でも以下でもないわ」
「そうやってまくしたてるのが、またあやしいのよね」レムレスは目を細める。
「うーん、水かけ論みたいになってるわ」ルイはうなる。「それこそ私は王子みたいな気弱で、ぼんやりで、線も細い感じは好みじゃないのよ」
「ふぅむ」レムレスが奇妙な声をだす。「アルバート王子よりウンブラのほうがましってこと?」
「そ、その二者択一しかないのもどうかと思うけど、それしかないならそうね、そうかもしれない……」
ルイはおどおどする。
どうも恋話みたいなものは苦手だった。
だれかとだれかを比べなくてはならないという部分もどこか根本的にまちがっているような気がしてくる。
しかし、ルイはそれをうまく言葉にできなかった。
ふとみると、レムレスは銀色の長い髪をいじりながら考えごとをしていた。
ルイはなんとなく気まずくなって窓のそとをみる。
紅葉したトウハゼの葉がまるでハートのようにみえた。
「人数ぶんつくったのはいいけど、渡すタイミングが難しいわね。わざわざ呼びだしたり、ごはんのときにつかまえて渡すのもこれみよがしだし、お祭りの日じゃ遅いんだろうし」
ルイはつぶやく。
気まずいのでしゃべってみただけで、返事がなくても問題なかったのだが、「ん?」とレムレスはルイのほうをみる。
「そうか、ルイは独立した仕事がないから男性陣にはほとんど接触がないのね」
村の住人ではないルイは、ほかの住人たちとの交流が極端に少なかった。それは戒律の厳しい村ではしかたないことなのだろうけれど。
ルイは微笑する。
「まァ、どうしてもってわけでもないんだけど。みんな忙しいんでしょうし――」
それにかならずしも自作キルトを身につけてほしいわけでもない。
しかし、その本心はつたわらなかったらしく、レムレスはにっこりした。
「私のもあることだし、私が用事がてらとどけておいてあげるわよ」
レムレスはおそらく、ルイが可能なかぎりみんなに着用してほしいと望んでいると解釈したにちがいない。
ルイはどう反応していいかこまったものの、拒否するとまたややこしいので「ありがとう」と素直に礼をのべた。




