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銀の風ファンタジア ~孤独な炎の生と死の幻想~  作者: 坂本悠
眠れる森の夢みる妖精たち
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7 満足げな魔女

「――おいみろよ、おまえさんの連れがきたぜ!」


 深慮していたザウターの肩を樵夫がポンとたたいてきて、みょうに意識がはっきりする。

 どうやら思っていたよりも集中していたようだ。一瞬なにについて考えていたかわからなくなるほどだった。


 樵夫がうながしてきたほうを見やると、20メートルほど離れた広場の入口のほうでティファナが跳ねながらザウターに手をふっていた。

 猫のようにジャンプしているかと思ったら、なぜか両手をうさぎの耳のようにあたまのうえに添えた。

 意味はわからないが、意図はわかる気がした。


「あいつはこの村が気に入ったらしい」


 ザウターが微笑すると、樵夫が大きくうなずいた。


「そりゃいいことだね。最初にみたときは正直、都会派っぽい雰囲気しかしなかったから、すぐ飽きちゃうんじゃないかと思ってたんだ。ほら、けっこう派手な恰好をしているじゃないか。なんていうか着飾っていないといやとか、土とたわむれるのがいやとか、もっというと手がよごれるといやとかね、主都なんかにはそういう娘も多いって聞くからな」


 ザウターは目を細める。

 ティファナには都会とか田舎とかいう区別はどうでもいいところがある。

 どちらかといえば気に入るかどうかだ。気分上々なら、王都の街路だろうが草原の国の田舎道だろうが楽しそうにする。


 スタイルもよく(外套をのぞけば)露出の多い衣装を着ているため、見た目は都会派にみえるというのはわからないでもないが、じっさい都会においても社交界や花街でもないかぎり、これみよがしに身体のラインをみせて歩くような女性はそれほどいない。


 三角帽子のマジックハットをかぶっているため、いかにも魔法使いだと思う人のほうが多いかもしれない。ティファナの場合は一般的な魔法使いではなく、召喚士だけれど。


 ティファナは古竜の角製だという〈魔女の角笛〉と呼ばれる音のでない(じっさいには人間の可聴範囲ではない音がでる)笛を使用し、幻獣たちを呼びだすことができる。

 ザウターもこれまで状況に応じて巨大なふくろうであったり、うさぎであったり、ホタルやこうもりの群れであったり、はたまたシャチであったりといろいろな幻獣界の生きものたちを召喚してもらっている。

 その全容はザウターには知るよしもないが、ティファナはそれぞれに名まえをつけて管理しているようで、あらゆる局面でじつによいはたらきをする。


 そして、もうひとつ〈銀の鎖〉という太古の遺産を駆使して、猛獣や怪物を意のままにあやつることができる。

 沙漠の国の侵略時には首なし騎士の馬車のたずなをにぎっていたし、肉食獣のたぐいでもあっさりと手なづけることができるのでこちらも重宝される能力だった。


 いずれも、多大な精神力を消耗するため、常人では利用できない。

 ティファナはもともと素質として魔力の受け皿となる肉体をもちあわせているらしい。その潜在能力でもって、ハーマンシュタイン卿は四大精霊の土の獣を自在に操作することができる。


 ふだんのティファナは幼児のように無邪気だが、魔力を蓄積しているときは年齢相応(20代前半)のまるで別人のように感じることさえある。もっとも、堆積しすぎるとその反動からか憔悴しきって失神するようなときもあるけれど――。


 この森に踏みこんでからはティファナも終始、楽しそうにはしゃいでいるのでザウターも内心安堵していた。

 深い森の奥なので油断してはいけないとは思うが、王都までの道程でティファナも無茶をしてきており、精気をうしない蒼白になっていたり、昏倒しているところもみているので、元気そうにしているすがたには溜飲がさがる。


 それでも調子にのりすぎるとよくないので、ザウターは目で威嚇する。

 しかし、ティファナはうふふと口もとに両手を添えてから、そそくさと走り去った。


 ティファナは入村してすぐ場の空気になじんだため、昼間は村娘たちとおなじあかるい色合いのワンピース型の衣装を着ていた。

 もともと好んでずいぶん古典的な魔女の恰好をしていることをかんがみると、古式ゆかしい服装が好きなのかもしれない。そういう意味では柔軟性があるようにみえるのだろう。


 昨日は養蚕所で蚕の世話だったらしいが、今朝はぶどう踏みをするとかで、白地に淡い花柄のワンピースに、皮の編みあげビスチェコルセットをつけていた。

 腰のラインが明瞭で足も長いため、とても似合っており、案の定ザウターはほかの男たちから羨ましがられた。


「快活だし、屈託もないし、なにより色っぽいから気をつけないとな」


 ワンピースのすそをたくしあげて裸足で駆けていくティファナをみながら樵夫が笑った。


「村の男たちはみんな傍惚れしてるぜ」


「そんなものかな」


「ああ、都会ではめずらしくもないのかもしれないが、なんていうか刺激的だな。どいつもこいつも横恋慕したくて必死さ。まァ、おまえさんも男前だし、近寄りがたいクールな感じが村の連中とは一線を画してるから問題ないとは思うがね」


 ザウターは微笑する。

 仮に村人が強引にティファナにせまったところで、ゆび一本ふれることはできないだろう。

 ましてやザウターを勝手に恋敵にして嫌がらせをしかけても、痛い目に遭うのがオチだ。


「もっとも、やり手の色男をまえにしたら村の女どもも、やきもきするだろうけどな!」


 返事がないことをとまどいだと解釈したらしく、樵夫はがははと笑った。


 どちらにしても、村人を傷つけたりするとザウターたちが〈樹海の村〉を追いだされかねないので気をつけねばならない。


 入村したとき、ザウターの機転で二人は夫婦だと設定しておいたのは好都合だった。

 色恋沙汰が生じにくいようにできたし、なにより〈戒律〉とやらで、独身男女はべつべつの区域に住まわされ、接触の頻度が低いらしい。

 謎が多い森の奥の村落で、好き勝手してしまうティファナと別待機になってしまうことほどおそろしいことはないだろう。


 もっとも潜伏しているわけではないので、危険がないかぎりはそれほど不安視しすぎることもないはずだ。

 いずれにせよ村人として暮らすことが目的ではない。

 沙漠の国の連中の行動の真意がわかればそれでもいいし、それを妨害できるなら村を追放されてもかまわないのだ――。


 夕方、住居にもどってランプに灯をともすと、すでにティファナも帰宅していた。


 ランプのあかりでティファナの白い背中が照らされ、ザウターは一瞬驚いたものの、表情は変えない。

 ぶどう踏みの影響でワンピースどころか全身がよごれたのだろう。

 下着だけの恰好になって身体を拭いていた。かたちのよい肩甲骨が影をつくっている。


「早かったな」


 ザウターのかけた声に「襲うなら、いまがチャンス!」とティファナがほほえみかえす。

 よくみると上半身は裸で、タオルのすきまからゆたかな乳房がのぞいていた。


「ずいぶん、はしゃいでるな」


 ザウターはソファにこしかけて、窓のほうをみる。

 昼すぎから曇ってきたため、空は真っ黒だった。そろそろ外出できない時間になる。


「ぶどう踏みっておもしろいんだよ。たくさんのくらげを踏んづけているみたいで! ぐにゃぐにゃ、ぷちゅって!」


 ティファナが床を踏みならす音が家じゅうにひびいた。

 横目でみると、両手をにぎりこぶしにして幼児が地団駄を踏んでいるかのように跳ねていた。

 それでも半裸なので子どもっぽさはあまりなく、ゆれる胸が卑猥ですらある。


「楽しそうでなによりだ。だが、とりあえず服を着ろ――」


 ザウターはたちあがって暖炉に火を入れることにした。

 日が沈むにしたがって、室温もさがってきている。

 農村によくあるタイプの古めかしい暖炉だったが、ザウターたちに充てがわれた住宅はさほどひろくない居間に炊事場とテーブル、ソファがあり、せまい隣室にベッドがふたつあるだけの間取りだったので火を入れると暑いぐらいになる。


 ザウターは薪をしばってある縄をほどく。


「風邪をひかれてもこまる」


「あ!」


 ティファナが急に大声をだし、ザウターが薪を片手にふりむくと「それそれ!」とうなずいた。


 あいかわらず、ザウターにはなんのことかわからない。

 ティファナはタオルをソファに投げると、椅子にかけてあったロング丈の長袖インナーをすっぽり着た。

 綿の感触が気に入っているらしく、みずからの腰まわりをすりすりこすっている。


「風邪でもひいたのか?」


 ザウターはファイヤードッグにバスケットをつけ、枯葉を敷き、細い枯れ枝をかさねて、薪をならべ、マッチで点火した。

 不便なようでいて設備がととのっているので、あっというまに暖炉に火が入った。


 ティファナは暖炉のまえまで、うさぎのまねをして跳ねてきた。

 そして、うさぎの耳を模していた両手を、暖炉にかざす。


「炎ってすてき!」


 会話が成立していないのだが、焦る必要もないのでザウターはゆっくりと居間のソファに移動した。

 暖炉にかがんで炎をみつめているティファナのうしろすがたは思いのほか華奢にみえた。

 じんわりと暖気が部屋に充ちて、時間の流れもゆるやかになり、視界がぼんやりして、ティファナの輪郭がぼやけたような気がした。


「ここの村の人たちは親切なんだよ、とっても」


 ふと、ティファナがつぶやいた。


 ザウターはうたた寝から醒めたかのようにはっとする。

 ティファナが会話を再開したこともそうだが、その声のトーンが落ち着いたものだったからだ。


「朝からずっとそとにいてさ、ぶどう踏みをしていたから脚がぬれてるじゃない?」


「……ああ」


 ザウターはティファナの背中にうなずく。

 ティファナの場合は脚だけではなく、放ってあるワンピースをみるかぎり、少なくとも下半身は水浸しだったと思われる。


「だから、風邪ひいちゃいけないから、早く帰りなさいって」


「ほう」


「でも、それってみんなおなじじゃない? なのに、みんな気づかってくれてさ……」


 ティファナはかがんで暖炉に手をむけた姿勢のまま動かない。

 火が爆ぜる音がした。


 たしかにぬれ具合でいえばティファナがいちばんだったのかもしれないが、全員が裸足でぶどう踏みをしていたならおなじ状態といえるだろう。

 ティファナが新参者だから配慮してくれたという面もあるにちがいない。


「いい人たちだよね」


 ティファナの声が少し遠くに聞こえた。


「ちょっとふざけても怒らないどころか、あかるい娘だねって笑ってくれるし。ザウターもむっつりしてるから、いつもはかんちがいされてばっかだけど、ここの人たちはみんな、根はやさしそうね、とかいうんだよ、ふふふ」


 ザウターは苦笑する。

 好意的に思われているほうが都合はいいが、善意的に解釈されすぎるのは逆効果かもしれない。

 しかし、ティファナはそんなことおかまいなしのようで、ほんとうにうれしそうに笑っている。


「平和なところだな」


 ザウターはソファにもたれて目を閉じる。

 時の流れかたも王都なんかとはちがっている気がする。窓のそとは暗くなって、夜を告げる柱時計が鳴った。

 ここにきてからずっとそうだが、静かな夜だった。


「ふふ、こんなところで暮らすのもわるくないよね……」

 ティファナがつぶやいた。

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