6 手先の器用な剣士
精霊たちのつどう樹の枝木で、かがり火をこしらえる仕事だと聞いて、集められた広場に置かれていた材木群に、ザウターは面食らった。
少なくとも一般的に樹の枝といわれてイメージする枝の数十倍の大きさがあったし、なによりもその量が大神殿でも建築できそうなぐらいの本数だった。
枝一本のふとさは少なくともティファナの腰まわりの五倍はあったし、長さもザウターの身長の三人ぶんぐらいはあった。数も広場の100平方メートルほどの一角の、ゆうに七割は占めている。
「なァに、10日間もあれば終わるさ。休憩もあるし、気長にやろうぜ新入り」
無言でたたずんでいたザウターに、見知った男が笑いかけてきた。
もみあげとあごひげがつながっている壮年の男で、村内の役割は樵夫らしい。
じっさい、背丈もザウターより高く、腕や背中の筋肉は異常にたくましい。
収穫祭にむけて、かがり火づくりをするチームの統率者らしい。
かがり火は夜間の村内を保護する結界に用いられるのだという。
「ずいぶんたくさん用意するものだな」ザウターはうなずきかえす。
「ああ、村の外周に沿って置いて、ひと晩じゅう炎を絶やさないようにしなきゃいけないからな。予備もふくめれば1000本以上はつくらなきゃならない」樵夫は笑顔のまま応える。
結界ねぇ……ザウターは顔にはださずにいぶかる。
炎で照らせば安全という発想がいまいちわからない。
もっとも、夜間の外出に死がつきまとうとか、そういったあたりにも疑問しかない。
ザウターは目を細めて、話頭を転じる。
「しかし、神聖な古木というのはたいした規格だな。枝だけでこんなに大きいし、数がこんなにあるというのも驚きだ」
「ああ、でっかいなんてもんじゃないね。幹なんか10年かけても伐られる気がしない」
樵夫はお手あげのポーズをする。冗談か本気かわからないところだ。
「その樹はだれでもみられるのかな?」ザウターは訊ねる。
「ん、長老のゆるしがあればだれでもいいんじゃないか。ただまァ、村から少し離れたところにあるし、危険なきのこが生えてるところがあったりするし、オレなんかでもこういった需要がないかぎり近寄れないけど……」
樵夫はにんまりする。
「でも、おまえさんはラッキーだよ。古木の枝については、伐採して運んでくるほうがずっと大変だからな。晩冬にやるんだが、寒いうえに体力自慢でもへばっちまうようなキツい作業だ。こっちのほうがだいぶましだよ。もっとも、かがり火づくりだって、慣れてない人は音をあげるけどな」
樵夫はザウターと難題の共有で親睦を深めたいようだったが、ザウターはにこやかに受け流しつつ、「一般的な意味でのただの薪割りを想像していたから意表をつかれたが、規模と対象が大きいだけでおなじといえばおなじだから、それほど難しいとは思わない」と応えた。
かがり火づくりの工程はシンプルだった。
枝木を底面が10センチ四方、高さが1、2メートルほどの直方体に切断し、紙やすりで研磨したのち、10本程度を針金でしばってまとめて、樹液をぬった布地を先端に巻きつけて完成である。
「最初の切断加工にいちばん手間がかかるんだよ。作業時間全体の八割ぐらいはここに費やされる」
樵夫は手にしたのこぎりをくるくる回転させる。
刃を研いできたばかりらしく、まわりながら陽を反射してきらきらした。
ザウターが目を細めてのこぎりの刃をみつめていると、それを尻ごみしていると判断したらしく、樵夫が得意げにほほえむ。
「どうだい、やれそうかい?」
「ああ」
しかし、ザウターはおなじ表情を意識してうなずく。
樵夫は片目を大きくした。
ザウターはそれをみて、鼻をならす。
「刃物の取りあつかいは自分としても得意分野でね」
そしてベルトに携帯していた小型刃物をとりだし、指さきでくるくるまわした。
その小型刃物は王都の宝物庫でかつて(ザウターが在籍していた〈鹿の角団〉の)同輩だったフィリージョーが仇敵にむけて放ったものとおなじものである。
「ほう」樵夫はもう一方の目も大きくする。
ザウターは手近な材木にかがむと、す――っと刃物をあてる。
まるでなにもしなかったかのような動作だったが、つぎの瞬間には材木が1メートルほどきれいに切断された。
「すごいな、まっぷたつだ!」
樵夫が驚きながら材木を手にとり、近場にいた仲間に断面をみせて笑う。
「おまえさん、ただ者じゃないな!」
「手さきが器用なだけさ」
ザウターは目を細める。
「ふぅん……その腕があるなら彫刻のほうでも重宝されるかもしれないぜ」
樵夫はにんまりする。
ザウターはどうってことないという顔で微笑する。
警戒されないように〈樹海の村〉に入ってからは武装(甲冑や大剣)を解いており、それらは住まいに置いてきていた。
大剣があれば切断の作業は輪をかけて造作もないことだったが、あまりめだつのもよくないだろう。
ザウターとティファナは沙漠の国の王子たちを慎重に尾行することで、この森に踏みこんだのである。
あるじであるハーマンシュタイン卿の指令によって、沙漠の国の王子たちと〈伝説の宝石〉片の争奪戦をはじめてから、ザウターたちは制勝しつづけている。
沙漠の国の〈沙漠の花〉はいわずもがな、草原の国の〈荒城の月〉、水の国の〈湖面の蝶〉もザウターとティファナで手中におさめた。
〈荒城の月〉は卿による助言がものをいったし、〈湖面の蝶〉はギャングの少年たちの手からころがりこんできただけだったが、天運もまた実力の範囲だろう。
王都の宝物庫では卿みずからが動いたので〈光芒〉を奪取するところはみていないが、同輩だったフィリージョーは成功したと証言していた。
卿の万能さを思えば容易だったにちがいない。
他愛ない。
結果だけをみれば、ハーマンシュタイン卿の計画に落ち度はない。
偶然に頼っているところがあったとしても、ある程度の予測のもとに成りたっているようだし、おそらくザウターはあずかりしらないだけなのだろう。
それでも、卿もまた沙漠の国の生き残りたちに注視しているところがあるらしい。
卿は王都でみずから手をくだして以降、しばらくその身をかくすことにしたようだが、おなじく王都を無事に逃れたザウターとティファナには「沙漠の国の残党たちの動向に留意せよ」と伝達がきた。
動向に留意せよ、というのは「尾行をしろ」という意味だと解釈できた。
沙漠の国の王子たちが移動する場合は、影のようについていけということだ。
それについて、ザウターはふたつの理由を考えた。
ひとつはやはり、ザウターとティファナの身を案じてのことにちがいない。
ハーマンシュタイン卿は沙漠の国の侵略にさきがけ〈鹿の角団〉から退団する意向を表明をしているが、じっさいそれが受理されるまえに行動を起こしている。
そして、ザウターとティファナは頭目という役職をもちながら、卿に追従するかっこうで離脱してしまった。
三人の処遇については団内部でも懸案事項になっており、決定が保留されているらしい。
フィリージョーは上層部から「捕縛してもよい」との指示があったと話していたが、それがどの程度の意味をもっているのかは計りかねる。
ただ、卿を捕縛するというのは現実的ではないため、その意図はザウターとティファナに向けられていると思われる。
上層部からすると、ザウターとティファナを捕まえて首謀戦犯として王都にひきわたすことで事態の収束をはかるというようなこともありえることだし、そもそも単純に謀反者として引導をわたされる可能性もなくはないだろう。
いずれにせよ、ザウターとティファナは任務をもって行動していたほうが安全だという卿の思慮なのだ。
とくにティファナは奇矯な気質もあいまって悪めだちがすぎるところがある。
そして、もうひとつは前述のとおり、ハーマンシュタイン卿もまた沙漠の国の生き残りたちに警戒しているのだろう。
王都で卿は、連中の存在は不確定要素だがそれにより計画が按排しているところもあるので泳がせておけばいいと語っていたものの、やはりどこか憂慮すべきところがあると判断したのではないか。
少なくとも動きを把握しておきたいという気持ちはザウターも理解できる。
ザウターも当初、沙漠の国で遭遇したさいにはそれほど気がかりにはならなかった。
むしろ、とるにたらない存在だと軽視できた。
しかし、〈月の城〉の尖塔で突如出現したあたりから、まるで粘りけのある手が足首をつかんでくるようなじれったさが感じられてきていた。
かるくあしらっておけばいいものが、みょうな存在感をだしてきたのである。
じっさい、時間が経つにつれてそれが顕著になっている。
内海渡航前後は、ザウターたち以上に幸運にめぐまれているようにもみえた。
王都に合流して以降、連中の味方が増えていることも注意点のひとつといえる。
沙漠の国の王子だけあって、その仲間もまた火の国の王子や水の国の王女だったり、〈魔導院〉の関係者だったりと要人ばかりなのも問題である。
そもそも国王がうしろだてになっていることも懸念すべきことだろう。
つまるところ、ザウターとティファナは王都を離れたならそのままのほうが安全だし、それならば敵一味を偵察していたほうがあとあと功を奏するにちがいない、という一石二鳥の采配だろう。
沙漠の国の連中が〈まぼろしの森〉でなにをするつもりなのかは知らないが、ハーマンシュタイン卿の計画にとって悪影響をあたえかねないことは想像に易い。
沙漠の国の連中は、ザウターとティファナが追尾していることにまったく気づいていない。
この村にきてからも、住まいが離れたところにあるようだし、戒律とやらのおかげでうっかり接触する機会もなさそうなので充分に用心することができる。
それはザウターたちにとって、とても有利な状況といえた。




