5 古木の結界
そこから一週間経ったが、長老に面会する許可はまだ降りていなかった。
満月の日までに村議会の決議があったのかどうかすら聞かされていない。
その後、食堂でアルバートやディレンツァと遭遇したときも、ウンブラがとなりにいたこともあって会話にでなかった。
待つしかないなら、不満をもらしてもしかたがない――三人ともそう考えているにちがいないとルイは思った。
ルイはそのあいだもレムレスにしたがって黙々と滞在者としての仕事にとりくんでいた。
「秋が深まってきたら、男の人たちは収穫祭の準備。やぐらを組んだりとか、いわゆる力仕事ね」
レムレスはひとさし指をたてる。
「それで私たちは衣類やキルトを作成するの。長衣や下衣をしつらえたり、それを装飾するパッチワークをしたり、人によってはもっと派手な衣装や舞台飾りをつくったりする場合もあるわ。ほかにぶどう踏みをしたりするグループもあるけど、基本的に私たちは室内作業」
「キルトって布を縫いあわせたやつ?」ルイは両手で四角形を描く。
「そうよ。布のきれはしを一枚布にしたり、絹をいれてみたり、いろいろね」レムレスはなぜか右手で左手をつかむ。
「知ってるわ。そういう柄の舞台衣装もあったもの。スカートとかでね。すごくおしゃれだったわ」
ルイがほほえむと、レムレスもうれしそうにする。
「ルイは踊り娘だものね。当日にはぜひダンスをみせてほしいわ。私、この村をでたことがないから、そういう芸術性の高いものにふれたことがないの」
ルイは少し照れる。「でも、伝統の踊りとかがあったりするでしょう?」
「みんなで輪になって音頭をとって身ぶり手ぶりをしながら、やぐらのまわりを練り歩くだけだわ。伝統というか、恒例のって感じ」
レムレスが目を細めたので、ルイは思わず噴きだしてしまった。
「それはそれでおもしろいでしょう?」
「うーん、まぁ大人たちはお酒が入ってるからね。子どもたちは笛や太鼓なんかで、大勢でなんやかや騒がしければ楽しめてしまうわけだし。でも、いわゆる新鮮味のある刺激はないわよ」
「あれ?」ルイはふと疑問に思う。「そういえば、収穫祭も日中だけなの? なんていうか、ふつうはその手のお祭りって夕暮れ以降がいちばん盛りあがるものなんだけど」
「ああ、戒律のことね」レムレスはうなずく。「収穫祭とか特別な日にはね、結界をはるのよ」
「結界?」ルイは眉をひそめる。「それは魔法みたいなもの?」
「ええ、この村に魔法使いはいないけれど、〈まぼろしの森〉にある神聖な古木の枝を燃やしてかがり火にすることで結界をはって闇をふせぐの」
闇をふせぐ、という表現もまたとくべつなひびきに思えた。
「炎で闇を照らすってこと?」
ルイの問いに、レムレスはうなずく。
「あかるくなるうえに、火けむりもでるしね。それがまた闇を払うそうよ。ルイたちが村に迷いこんでくるときに、木製の外構があったでしょう」
「ああ、柵ね。わりとしっかりとしたものだったわね。おかげで村があるってわかったからよかったんだけど」
「そこに沿って定間隔にかがり火を置くのよ」レムレスは右手の親指とひとさし指をひろげる。「村の外郭に沿って、かがり火をならべる感じね」
「へぇ……」ルイは想像する。「村の規模を思うと、なかなかの手間ね」
「ええ、もちろん一人でやるわけじゃないけど。警護は大事な係だから担当したらあまり浮かれてはいられないわね。まァ、アルバート王子たちはべつの係になるみたいだからそれはしないと思うわ」
「ところでさっき神聖な古木って話したけれど」ルイはふと、重要なことを思いだした。「それってもしかして――」
「精霊たちのつどう樹のことよ。私たちよりもずっと年寄りの樹。いろんな別名で呼ばれるけれど、ルイたちはなんて呼んでいるの?」
「私たちは世界樹っていうかな」ルイは考える。
複数の名称があることはなんとなく聞いていたが、ルイは童話で「天までとどく木」と表現されていたことぐらいしか憶えていない。別称のいくつかをディレンツァが話していたような気がするが、やはり忘れてしまった。
「へぇ、世界樹。ふしぎな名まえだけど、みょうに説得力があるわね」レムレスはうなずく。「ちからづよい感じがするわ」
「それが一般的だと思ってたんだけど、やっぱり地域性みたいのがあるのかしらね」ルイもうなずく。「――ていうか、呼びかたなんてどうでもいいの。私たちは、そこに用事があって〈まぼろしの森〉に入ったのよ」
「用事?」レムレスが目を大きくする。
「〈まぼろしの森〉には世界樹の一端があるんでしょ?」ルイは訊ねる。
みょうにあたまがはっきりしてきた。
「……私はよく知らないけれど、あの樹が世界じゅうに根を生やしているっていうのは、なんとなく聞いたことがあるわね」
「そう、それよ。根っこの一部だかがこの森まで延びてるってことだと思うんだけど、そのせいで、そのせいっていうと悪いことみたいだけど、そうじゃなくて――」
ルイはあわてる。言葉づかいひとつまちがうだけで、この村では失態になりかねない。
「その影響でっていえばいいのかな、〈まぼろしの森〉には四大精霊がいるみずうみがあるって話で、私たちは風の王っていう精霊に逢わなきゃいけなくて、ここまできたのよ」
ルイが語尾でにっこりすると、レムレスはきょとんとしたまま数秒かたまり、そのあと「ふーむ」と考えこむ。
「なにかまちがってるかしら?」ルイは訊ねる。
現地の住人が腑に落ちていないのはある意味こわい話ではないか。
もっとも、呼びかたや表現がことなる場合、理解のしかたに差異があることもあるのかもしれない。
おなじ事実にもとづいていても、レムレスの認識はルイのそれとはちがう可能性もある。
「レムレスはその、世界樹をみたことないの?」
ルイはつい質問をかぶせてしまう。
よくない癖だと思っているのだが、相手が黙っているとたたみかけてしまうことが多い。
「ええ、私は一度も村から外出したことがないのよ」レムレスは頚をふる。「生まれてからこのかた。でも、そういう人はこの村ではめずらしくないわ。ほら、闇の精霊もいるし、精霊たちのつどう樹の周辺には有毒な胞子をだすきのこも多いっていうしね」
「へぇ……まァ、村っていっても、ここってわりと広くて、しかもいろんな役割が機能してるみたいだし、レムレスはそとにでなくても生活にこまらないものね。きっと、外出は危険だから、ウンブラみたいな屈強な男の人たちが担当してるのかしら――」
思慮しているレムレスをよそに、ルイはぺらぺらまくしたてる。
怒らせてしまったのではないかと危惧してのことだが、レムレスにはそういったそぶりはなく、自分の脳裏にあるパズルを組みたてているような顔で考えごとをしているようだった。
「願いごとがあるってことなのかな……」
レムレスがつぶやいたが、雰囲気がわるくなるのがこわかったので、ルイはあきらめて、キルト作成の手順を教えてもらうために、努めて笑顔でレムレスの背中を押して作業場に入っていった。




