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銀の風ファンタジア ~孤独な炎の生と死の幻想~  作者: 坂本悠
眠れる森の夢みる妖精たち
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4 無慈悲な闇の精霊

 王都の立法傘下にない自治領、自治区は大陸全土にいくつも存在しているが、〈樹海の村〉はきわめてめずらしい部類といえた。

 少なくともルイはあまり聞いたことがないパターンである。

 反応からするとディレンツァでさえ初めて聞き及んだという感じだった。


 そもそも自治が認められるケースというのは歴史的な禍根や因縁、あるいは特産物や特定資源の利権などがからんでいる場合が多く、〈樹海の村〉にはこれといった主たる要因が見受けられなかった。


 管轄する水の国と政治的軋轢があるわけでもなく、遺恨もなさそうだし、これといった利権がらみの資源や品物もないように思える。


 畑にも変わったものは栽培されていないし、近隣で採れる山菜等にも特殊なものはない。鉱脈などもないようだし、あったとしても自然派な村民たちが必要以上に手をつけることはなさそうだった。


 それでもルイは最近になって、もしかしたら村の戒律が関係しているかもしれないと思うようになってきた。


 〈樹海の村〉の戒律は明文化されていないようなので、そのつど教えてもらうしかないのだが、まず驚いたものには、未婚の男女はかならず別々の区域で暮らさねばならないというものがあった。

 

 村落はそれぞれ独身男性、独身女性、家族世帯別に住み分けがなされている。

 独身男女が交流をもてる機会はだいぶかぎられており、自由恋愛はなかなか難しいようだ(若い人たちはかくれてがんばっているようだけれど)。


「時代錯誤っていうか、やりすぎじゃない? 違和感をおぼえるのは私だけじゃないわよね?」というルイの問いに、「監獄じゃあるまいしねぇ。自由がうばわれている感じはするね」とアルバートが眉を八の字にしたものの、「集団を統率するうえで、いちばん起こりうる問題を回避しやすいという意味では、機能性はあるだろうな」とディレンツァがつぶやいた。


「まァ、たしかに男女関係がいちばん厄介だろうけどね……」


 ルイはため息をつく。

 色恋沙汰が理屈ではないのは言説するまでもなく、歴史をかえりみればそれが一国をゆるがす火種になることもありえる。

 ルイが職業柄たずさわってきた舞踏においても、あるいは詩作でも演劇でも、ほとんどすべてがそういった恋愛を主題としてあつかっているといっても過言ではない。


 そういった運営側としての意図はわからないでもないが、ルイにはやはり納得しづらいものがある。

 なんだか自分まで束縛されているような息苦しさをおぼえるのである。

 翅のやぶれた蝶々をみているような気持ちだった。


 ただそれらは村落内の絶対的なルールなので、ルイがどれだけ不服でも致しかたないところだった。

 村民がそれでいいなら、ルイがどうこういう立場でもないだろう。


 長老との面会を経て、〈樹海の村〉を基点として〈まぼろしの森〉を自由に探索する許可をもらえるなら、ルイたちとしてはそれ以上を望む必要もないのである。


 ただ、その住み分けの戒律によるいちばんの問題点は、ルイもまたアルバート、ディレンツァと分かれて滞在しなければならなくなったことだった。

 それぞれに割りふられた仕事の休憩時間や、食事などのごくかぎられた接触でしか顔を合わせて会話することができなくなってしまったのである。


 三人同時に会合することはきわめて難しかった。

 レムレスやウンブラのような若者たちは、ルイたちが声高に面談していても見過ごしてくれることが多かったが、戒律に厳格な年輩層は「やはりよそ者は……」と眉をひそめたり、まるで男女同衾をまのあたりにしたかのような露骨な渋面をうかべるのだった。


 現に恋愛に関するこの会話も数日に一回の、昼食において三人が唯一かみあうタイミングでなされたものである。


 そして、制限という意味ではもうひとつ――夜間外出禁止もまたルイには信じられないものだった。

 未成年だけではなく、原則として大人たちも厳守なのだという。


 夜間は日没から日の出までをさし、よって季節によってだいぶ差があるようなのだが、要するに暗くなってからは建物のそとにでてはいけないということらしい。


 所用でも戸外に踏みだすことがゆるされないのだ。

 生活するうえで不便ではないかといぶかってしまうレベルである。


「要するに、これも異性交遊を禁じる一環ってこと?」


 ルイが驚きをかくせないでいると、アルバートも「夜間のほうが厳しくしたいってことかなぁ」と頸をひねる。


 すると、レムレスは少し困惑したような顔で、「いえ、外出禁止に関してはべつの理由なの……」とつぶやいた。

 あまり口にしたくないというニュアンスがふくまれているのが感じとれた。


「夜は森のちからがとても大きくなるといわれているの」


「森のちから?」ルイはついおうむがえしする。


「ええ、なんていうか……」レムレスがいいよどむ。


「この〈まぼろしの森〉がもつ魔力がとても強まるということではないか?」めずらしくディレンツァが合いの手をいれた。「一定の条件が土壌になにかしらの作用をもたらすことはよくある。太陽熱が植物に影響をおよぼすことも似たようなものだな」


「紅葉とかってことだね」アルバートがうなずく。


 レムレスはディレンツァとアルバートをみたのち、吐息してつづける。


「闇が深くなる――と長老たちは表現するわ」


 アルバートは思わずうなる。


「闇が深くなる……?」


「そう、闇が深くなるとね、森には闇の精霊が現れるの」レムレスが伏し目がちにいう。


「闇の精霊?」ルイとアルバートが同時に訊ねる。


「そう、太古から森にひそみ棲んでいるという、とても大きくて無慈悲な精霊なのよ」レムレスは目を閉じた。「ルイたちにはおとぎ話みたいに聞こえるかもしれないけれど……」


 ルイはレムレスの想像しているものを想像しようとした。

 闇の精霊と呼ばれる巨大で残酷な存在――。


 影のような真っ黒な胴体をして、冷酷な眼つきをした野獣のようなものが脳裏にうかんだ。

 獲物を捕えるとき、その眼は異常な光をはなち、牙にはよだれがしたたる。毛深いごつごつとした手は大きく、つかんだ獲物の身体にはするどい爪が容赦なく喰いこむ。

 そんな陰惨で非道きわまりない所業を平然とやってのける怪物だ。


 ふとみると、アルバートやディレンツァも沈思している。

 ルイとおなじような空想をしているのだろう。


 あまり現実的ではない妄想に近いものなのだが、レムレスの真顔の独白を踏まえ、鬱蒼とした森にかこまれている現状では、あながちありえないことではないような気がしてくる。

 みたことがない恐怖は、なまじ実体験よりも生々しい。


「レムレスさんは闇の精霊をみたことがありますか?」


 するとアルバートが口火を切った。ひと一倍こわがりなくせに。


「いえ……」


 レムレスは目を見開いてから、アルバートにうすくほほえむ。


「私はないわ。というよりも、いまこの村にいる人で、そのすがたを目撃したことがある人はいないんじゃないかしら」


「え?」またルイとアルバートの声がかぶってしまった。


「それは精霊だからか?」


 ディレンツァが急に低い声で訊ねたので、ルイはさらに驚く。


「いえ、なんていうか……」


 レムレスは慎重に言葉を選ぼうとしているようにみえた。

 まるでこの会話を聞かれてしまったら闇の精霊に憑りつかれてしまうとおびえているかのように。


「闇の精霊に遭遇したと思われる人はすべて亡くなっているからです――」


 すると、食堂の窓にかけられたレースのカーテンが突然ふわりと舞いあがって、いちばん窓ぎわのアルバートの右頬をかすり、アルバートが「ひぃ」とちいさく悲鳴をあげた。

 しかし、それさえ臆病とは思えないほどルイも内心おだやかではなかった。


「すべて亡くなっているって……」


 ルイがつぶやくと、レムレスは目を細める。


「ええ、要するにみんな行方不明になってしまい、発見されても亡くなっているんです」


「全員……?」


 アルバートの問いに、「……はい」とレムレスはうなずく。


 ルイはつぶさに状況を想像することがだんだんできなくなってきたが、闇の精霊うんぬんはさておき、夜間に外出した者たちが遺体となって発見されているというのは由々しき事態だろう。


 〈まぼろしの森〉が特殊な土地であることはいうまでもないのだろうが、少なくともルイはそんな危険なところだとは夢にも思わなかった。

 ルイは書物をにらんだり、高尚な人たちがいるところにいったり、物々しい会議に参加したりするのは苦手なので、王都出発まえの〈まぼろしの森〉の調査はディレンツァに一任してしまったため、なおさらである。


 ふとみると、アルバートの顔からは血の気がひいてきている。

 当然、知らなかったのだろう。

 見聞していれば、たとえ〈魔導院〉の助言があったとしても、三人だけで出発することは避けようとしたにちがいない。


 となりに目をむける――ディレンツァはそもそも〈樹海の村〉の実態を把握していたのだろうか。


「夜間に外出した村人たちの死が――」


 すると、ディレンツァが訊ねた。


「闇の精霊のしわざだと断定される根拠はあったのだろうか?」


「ええ……」


 レムレスは若干とまどったものの、それは質問内容にではなくディレンツァが無表情のせいだろう。


「発見された遺体は例外なく惨殺されたものでした。私はそのうち一人しかみたことはありませんが、それはむごたらしいもので……」

 

 レムレスは回想したのか口もとをゆがめる。


「それでも、村医や猟師たちが検死をした結果、それらには人為的沙汰の形跡も、野の獣たちの襲撃の痕跡も見受けられないとのことでした」


「人でも動物の手によるものでもないって、要するにとても不自然だったってことかな」アルバートがつぶやく。「自然とか不自然って表現がふさわしくない気もするけど」


 あまりにも不可解すぎて、ルイはうなる。


「なにか圧倒的な魔力とかで瞬殺されてしまった感じなのかしらね……」


 むごいと表現されても、ルイにはまったく想像できない。

 さっき想像したものも獣の域はでていないので、的はずれなのだろうか。

 ルイはなんだか気持ち悪くなってきた。

 そんなものがうろうろしている森なんだと聞くと、腰のあたりがうずくような不快感がわいてくる。


 〈魔導院〉のような組織がのりだし、牧師マイニエリといった賢人が介入すれば、多少なりとも真実が浮き彫りになってくるのかもしれないが、〈魔導院〉を動かすには、まず水の国の女王宮に申請し、その決済をもって王都の枢機院に陳情をださなければならない。


 閉鎖的で独自の戒律をもつ村議会がそれを選択することはなさそうな気がする。

 そもそも村議会を通過させるのが難儀にちがいない。

 ルイがそう考えていると、ディレンツァが「そうだな」と肯定するような目を向けてきた。


 とにかく、村内において(部外者にはあまりにも不条理と感じられるような)戒律がいくつも存在していることが、王都をして、そして水の国をして〈樹海の村〉に自治権を付与させている要因になっているのかもしれない――ルイはそう気づいたのである。


 そう思ってディレンツァをみてみたが、ディレンツァは無言でレムレスをみつめていた。

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