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銀の風ファンタジア ~孤独な炎の生と死の幻想~  作者: 坂本悠
眠れる森の夢みる妖精たち
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3 迷いの森

「変わってるし、みょうに古風な雰囲気だけど、危険なところじゃないなら、どうせ迷子みたいなものなんだし、ちょっとくらい滞在するのはかまわないけれど……」


 ルイは腕をくむ。

 じっさい、ルイたちは〈樹海の村〉にたどりつくまえに、森で遭難したようなものだった。


 一週間まえに水の国の国境をすぎ、棍棒をもった大鬼を草かげに身をひそめてやりすごしたり、服をきた二足歩行の黒猫に騙されて沼地にはまったりしながら、二日かけて草原をぬけて林道に踏みこみ、落葉を蹴りながら〈まぼろしの森〉に向かって進んでいて、気がついたら右も左もわからなくなり、どこをみてもおなじような樹木がたちならぶ状況に憔悴し、一昼夜、足が棒になるまで歩きつづけ、なんとか木製の柵に覆われた〈樹海の村〉をみつけたのである。


 門番の警備兵をみたときは安堵でへたりこんでしまった。

 ルイは途中、沙漠の逃避行や奇妙な難破船を思いだしたりして辟易し、この旅はさまよってばかりだわ、と愚痴ったりした。


「目的地がわかってるのにたどりつかないのは歯がゆいわよね」


「……人生ってそんなものかもしれないね」


 アルバートのみょうに達観したつぶやきに、ルイはすねを蹴ってやったりした――。


 すると、食堂に男たちが集まってきた。

 そのなかに左肩で五段ぐらいある鶏卵のケースをかついだウンブラがいて、アルバートたちに気づいてかるく右手をあげる。

 ルイと目が合うと、瞠目したのち微笑した。

 浅黒い肌と白い歯の対比が印象的である。黒い瞳はとても深みがあり、あたたかい表情だった。

 ルイもほほえみと会釈をかえす。


 〈樹海の村〉の住人たちはアルバート王子一行の出現に驚いたものの、歓待してくれた。

 そのとき、すすんでみずからの住まいに案内して飲食を提供してくれたのがレムレスであり、三人の到着を村の方々に伝達してくれたのがウンブラだった。


 ウンブラはレムレスの幼なじみだという男性で、褐色で大柄の筋骨たくましい青年だった。

 深い森で過ごしてきたせいか野性味があり、それが人口の多い都市ばかりを点々としてきたルイには魅力的にみえた。

 半袖のルイが肌寒く思える気候だが、ウンブラはデニムのハーフパンツに大きめのコットンシャツ一枚でなんともない様子である。

 むしろ、鶏卵のケースをかかえてもりあがる上腕や、ハーフパンツの継ぎ目からのぞくがっしりしたふとももは生命の熱を感じさせた。ルイはなんとなく気恥ずかしくなる。


「どうしたの、赤い顔をして」


 こんなときだけアルバートがめざとく察知して指摘してきた。

 悪意はなさそうだが圧倒的に間が悪く、それもいつものことだがルイは無性にいらだたしくなる。


「うるさいわね、王子のくせに」


 ルイの発言にウンブラは破顔する。


「あいかわらずおもしろいね、ルイたちは」


 その笑顔にほだされ、ルイはむぅとうなる。


「そういえば――」


 ウンブラが一瞬、真顔になり、ルイたちはウンブラをみる。


「長老への面会の件だけど、昨日の組会議は通ったからつぎの村議会の承認があれば日程が決まるよ」


「ああ、助かる」


 ディレンツァが無表情で応える。

 いつもの顔つきなのだが、こういうとき無表情だとほんとうに感謝しているようにもみえるし、そうではないようにもみえるから利便性がある。


 ウンブラは微笑して、「すまないね、面倒が多くて。村の運営は戒律に沿って合議制で決定されるからしかたがないんだ」とうすく息を吐いた。

 ディレンツァの謝意を非難とうけとめたようだが、そちらのほうが賢い判断だとルイは思う。


 アルバートがお愛想を顔にうかべる。


「自治領なら当然でしょう。でも時期ぐらいはわかるとありがたいんですけど……」


 以前聞いた話では、長老への上申は組内で合議したのち、村落の重鎮で構成される議会の承認を通してからじゃないとできないそうだ。

 組会議も、村議会もそれぞれ開催日程がかぎられており、緊急事態でもなければ例外はないのだという。 

 ルイたちが迷いこんできたことは緊急には該当しないらしい。

 緊急とは村落の安否をゆるがすような状況をさすのだそうで、よってルイたちは危険人物あつかいではないことになり、そこだけは救いともいえた。

 おそらく、アルバートの出自によるところが大きい。


 ウンブラは上空に目をむけて考えこむ。脳裏で計算しているようだ。


「つぎの満月までには、なんとかなるんじゃないかな」


(それって、いつなのだろう?)とルイが疑問に思っていると、「あと一週間ほどだな」とディレンツァが察して答えてくれた。


 意外と待つことになるというのがルイたちの総意で、なんとなくアルバートやディレンツァと目線をかわしてしまう。


 しかし、ウンブラが気に病んでもこまるので、「ほら、戒律で夜は外出できないじゃない? むしろ寝なきゃならないから夜空もみられないし、私なんかは最近、月どころか星さえ満足にみてないから、よくわからなかったのよ」とルイはあまり気にしていないそぶりをみせる。


 それでも、その発言もまた、ある意味でウンブラを刺激してしまうものだと話したあとに気づいた。

 夜間外出できないというのもまた戒律だからである。


「なんていうか、すまないと思っているよ」


「ああ、ごめんなさい、嫌味じゃないのよ、ほんとに」ルイが目を大きくすると、「いや、嫌味でもかまわないさ」とウンブラもおなじ顔をしておどけてきた。

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