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銀の風ファンタジア ~孤独な炎の生と死の幻想~  作者: 坂本悠
眠れる森の夢みる妖精たち
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1 旅人と森の時間

 いろづいた落ち葉を踏みながら深い森を逍遥している冒険者たちは、ふと――背後にべつの足音を聞く。

 気のせいかとうたがう。

 そして、女性がたちどまる。

 すると、くすくすとちいさな笑い声がした気がして思わずふりかえる。

 ――しかし、そこにはだれもいない。

 男性は少しだけ眉をしかめて、吹きぬける風にゆられ、ふわりふわりと舞い落ちる枯れ葉をながめる。

 若き男女はしばし目線を交わすものの、やがて気をとりなおして歩きだす。

 悩んでもしかたがない。それが絶え間ない落ち葉のもたらす錯覚だとしても、妖精たちのいたずらだったとしても、答えはおなじだから。

 わからないことは、進めば進むほど増えていくのだろう。

 そうして、冒険者たちはゆく。

 葉ずれさやけき旅路をこえて――。

 えりあしをくすぐる風はもう涼しいというよりは冷たく、ルイは目を細める。

 羊毛の上着を着るほどではないが、もう半袖の服では肌寒い。


 早朝の水汲み作業をしているところだったが、ルイは両手に桶をかかえたまま、ふと南方遠くのぎざぎざした山脈をみつめた。

 中腹から山頂までみごとに紅葉しており、その圧倒的な色彩に言葉もでない。


 そもそも近隣の森をみればイロハモミジ、イチョウ、メタセコイヤといった樹木が赤、黄、褐色と目にもあざやかに染まっている。

 秋は少しずつ深まってきていた。


 森の枝葉をゆらす、ゆるゆるとした風に吹かれながら、ルイはしばらくぼんやりした。

 あまりにもゆったりと時間が流れている感覚に、いままでのことも、これからのことも、まったく考えない茫洋とした気持ちになった。


 あ――。


 油断したと思ったときには、もう水桶を足もとに落としてしまっていた。


 ころがった桶から大陸地図のようなかたちで黒々と地面にしみていく水をみて、みょうに意識がはっきりしてきたものの、焦ったところでしかたがないので、ルイは鼻息をもらすにとどめようとしたが、そこでスカートに水をこぼしており、しかもだいぶぬれていることに気づいて、腰に手をついて大きく「あぁあ」と深いため息をついてしまう。


 それでもかんしゃくを起こさないだけ、以前よりは感情の起伏がなくなっている。

 アルバート王子が少しのへまをするだけで苛だっていたのが大昔のことのように思える。


 夜に、ベッドに仰向けになって毛布をかぶったときなど、なにか大事なことを忘れているような気になったりするが、王都を出発してこの森にきて以来、終始ささくれだっていた神経が癒え、自分でも温厚になっていると感じるぐらいなのでよしとするべきだろうか――。


「ふふ、だいじょうぶ?」


 落ち着いたトーンで、レムレスが話しかけてくる。

 こういうときは茶化してもらったほうがありがたい。


 ひとつに結われたレムレスの長い髪は銀色で、白髪といえばそうなのかもしれないが、光沢があり、初見のときルイは月光のようだと感じた。

 なぜかはよくわからない。そもそも肌も白く、色素もうすい。生まれつき、そういう体質なのかもしれない。


 それでもよく笑うし、ユーモアもあり、細身だが快活で魅力的な女性だった。

 ルイはこの村に入って以来、ずっとレムレスに面倒をみてもらっていた。


「ちょっぴり油断しちゃった」


 ルイがスカートの(失禁のような)しみがよくみえるようにすそをひろげると、レムレスは「うわぁ、宝の地図みたい。冒険のはじまりね」とひとしきり笑ったあと、「そばに王子さまがいなくてよかったわねぇ」とにんまりする。


「え、ちょっとかんちがいしてない? ……アルバート王子ってそういう感じの人じゃないわよ?」ルイは両手をふりながら否定する。「そんな上品なところもないし、小股に水をこぼしたくらいじゃ、こっちからいわなきゃ気づかないくらいだわ」


 そんなルイをみて、レムレスは目を細める。

 艶っぽい疑惑のまなざしだ。

 ルイがちょっぴり苦手とする、恋話やら猥談につきものの目つきである。


 拒否感が顔にでたのか、レムレスは「まァ、あんまりいじめないでいてあげるわ。ルイは根がまじめなのね」と鼻の下をのばした。「もちろん、ほめ言葉よ。ところで、着替える?」


「あ、うーん……風も吹いてるし、いい天気だし、ほっとけば乾くからいいかな」


 ルイはスカートをぱたぱたする。


「この村なら、さぼど心配ないでしょ?」


「そうね。ルイが恥ずかしくなければいいかな。年輩層はうるさいかもしれないけど」


 レムレスは右手のひとさし指をたてる。


 ふいにつむじ風がふいて、遠くの長老宅の裏手に植わっているけやきの巨木から、色づいた大きな葉が舞ってきた。

 水分がぬけきった落葉をまじまじとみると、浮きでた葉脈がみょうな質感をもっており、まるで老婆の手の甲のような印象をもった。

 そして、その瞬間だけやけに意識がはっきりした――。


「――ねぇ、葉っぱって樹が養分をつくるためのものなんでしょ?」


 一週間まえに水の国の領内に入って、果てしなくつづくような林道をあゆんでいたとき、ルイは落葉をリズミカルに踏みながら、ディレンツァに訊ねた。


「それなのに、落ちちゃっていいの?」


 するとアルバートが噴きだした。


「ふふ、なんだかルイらしい質問だね」


 ルイはばかにされたような気がして頬をふくらませる。


「王子には訊いてないんだけど?」


 それでもディレンツァはいつもどおりのすまし顔で、「葉には根から吸収しすぎた水分を蒸発させる働きもある。冬場は水分の吸収が困難になるから、その働きを抑制するために葉を落とすんだそうだ」と淡々と説明した。


 わかったようでよくわからない話だった。

 それでも、じっさいに起きている現象なのだから、ルイは深く気にしないことにして、ふたたび落葉を蹴って歩いた――。


「――ルイ、そろそろごはんの支度をしなきゃ。いきましょう」


 レムレスのやさしい声がして、みるとレムレスが両手で水がなみなみそそがれた重そうな水桶をもって立っていた。

 朝陽が照らすレムレスの銀髪がまぶしい。


 ルイはレムレスとともに共同食堂の炊事当番の一員だったので、ふたりでひとつの桶をもち、悪ふざけで桶をかたむけたり、それで水をうっかりこぼしたりしながら食堂に併設された厨房へとむかった。


 〈樹海の村〉と呼ばれるこの村落には(ルイからすればいまどきめずらしい)戒律がいくつもあり、それにならって滞在していることで、一日はあっというまにすぎるのだった。

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