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銀の風ファンタジア ~孤独な炎の生と死の幻想~  作者: 坂本悠
名まえを失くしたとわの国
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53 窓辺のゆううつ

 夜が更けて、開け放たれた窓の枠に両ひじをついて、ルイはぼんやり城下街のほうをながめていた――。


 そこは宿舎二階の客間で、沙漠の国の関係者はルイとディレンツァしかいないため、二人の使用人にあたる女性をのぞけば建物内にはだれもおらず、ディレンツァも使用人も基本的に無口なため、やがてルイもしゃべらなくなり、骨董品のような古時計の音だけが室内にこだましていた。


 祝祭初日とはいえ、さわがしいのは城下街のほうだけで、近隣は静まりかえっている。

 虫の音やふくろうの声のほうがずっとよく聞こえてくるぐらいだった。


 宝物庫における騒動ののち、けがをしたフリーダのつきそいでパティとともに〈魔導院〉をおとずれ、フリーダを薬師のシャトレや駆けつけた医師にひきわたし、そのあとディレンツァが院の関係者たちといくらか接触をもっただけで、ルイとディレンツァは早々にひきあげて宿舎にもどった。


 さりぎわに小ザルとともに手をふるパティが、気丈に笑みをつくっていたのが印象的だった――。


 フリーダは右わき腹に重傷を負い、はでに出血したものの、パティの応急処置も功を奏し、重篤化は避けられた。

 傷口が治癒し、院での生活にもどるまでには一か月以上をベッドで過ごすことになったが、命に別状はなく、それはルイにとっても救いだった。


 しかしながら、神経の一部を損傷したことで、のちに跛行の後遺症があらわれ、傍からは注意深く観察しなければわからないぐらいだったが、フリーダは右足を少しかばうようにひきずって歩くこととなった。


 また、思いがくすぶるというところでは、〈魔導院〉が管理していたかんしゃく玉をはじめとする煙火が盗難された件については真相がふせられてしまった。


 ディレンツァがいうには、未来ある院生の不祥事として公表する意義がないというところも大きかったが、100年祭の運営に瑕疵があってはいけないという配慮もそこにあるのだという。

 また、相手がハーマンシュタインではふせぎようがなかったという消極的な見解も一要因としてはあったらしい。

 

 しかも、連続して打ちあげられたたくさんの花火については「運営による演出」と発表された。

 一般参加者たちには評判も上々だったらしく、それが都合のいい結論なのだとしても、ルイにはやりきれない気持ちしか残らなかった。


 後日の行事のための不足分は緊急買いつけをおこなって補ったのだという。

 ルイにはその対応が不誠実に思えて不服だったのだが、その顔色で心情を察したのか「ルイのように感じている人も多いだろう」とディレンツァも目を細めた。


 当然、宝物庫の防護壁が崩壊したことや、宝石のかけら〈光芒〉を紛失したことも公表はされなかった。

 紛失と表現されるのは奪取されるところをだれもみていないからである。

 負傷した騎士や警備兵たちの状況を思えば致しかたない気もするのだが、ルイにとってはそれも納得いかないところだった。


「――遅いわね、王子。粗相があって、おおごとになっていたりして」


 ルイはふとディレンツァをふりかえってみたが、ディレンツァは読書をしており顔さえあげなかった。


 しかし、しばらくすると、「王子がうまくたちまわるよう配慮されているはずだ。国王陛下も王子のことはよくご存知だからな」と夜風のようにつぶやいた。


「ふぅん……よくわかっているのにわざわざ呼びだすのね」ルイが嫌味のつもりで鼻をならしたが、「ああ、よくわかっているから呼びだした」といなされた。


 ふたたび古時計の音がこつこつひびく。


 使用人が微笑をたたえ「ブルーベリーのお茶が入りました」と入室してきたので、ルイは「どうも」とティーカップをうけとる。

 ルイはしばらく湯気をみつめたのち、窓枠にそれを置いた。


 ディレンツァがカップに口をつけたのち、「暇なら街をみてきてもいいと思うが……」と話しかけてきた。


 目線は本から離れてはいない。


「近場でも夜通しでおこなわれている音楽や演劇の催しものもある。新設劇場もそれほど遠くはない」


「うーん、なんかでも、あんまりそんな気分にもならないわよね」


 ルイは窓枠に右ひじをつき、自分の腕にもたれかかるように身体をかたむける。


 ずいぶん長い一日だった。

 そして、血の気がひいたフリーダや責任の重みに耐えているパティの目つきなどを思いだすと、少しも祝祭を謳歌する気にはならなかった。

 

 それにくわえて、なかなかもどらないアルバートへの苛立ちや、〈鹿の角団〉に対する憎しみ、〈伝説の宝石〉という厄介な代物に対する不満などが、あたまのなかでごちゃまぜになり、ティーカップからたちのぼる湯気のように、もやもやした白いかたまりとなって、ルイを意気消沈させた。


 真夏の夜はとても長く、遠くの街あかりをながめながら、ルイはまるで夢をみているようにあいまいな心地のまま、窓辺でいつまでも、もの思いにふけっていた――。

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