52 名まえを失くした宝石
半笑いのままアルバートが放心していると、コパンはゆっくりと手を離す。
「ぼくは初対面だからわかりづらいんだけど、王子はようやくもとの王子にもどったんじゃないかと思う」
アルバートは返事に窮する。
それは自分ではわからないかもしれない。あまり変わった気もしないけれど。
「ああ、まぁ、もとにもどるは語弊かなぁ。正確にはこころの傷をうけとめた王子になったってところかな?」
コパンはムフフと口もとに手をおく。
「目の奥の晴れ晴れとした感じとか、鼻水のぴかぴかした痕とかで判断してるんだけどね。王子は内なる闘志とか、熱意や野望みたいのとは縁遠いだろうから」
アルバートは鼻の下を袖でこする。
忘れたことを思いだしたからというよりは、ひと目をはばからず泣いたおかげであたまがすっきりしただけかもしれないが、それでも自分の立ち位置みたいなものは、はっきりしたような気がした。
「わかっていることだろうけど、王さまはアルバート王子の味方だよ。
ただし、法規にのっとったかたちで、という条件での対応になるから、王子たちが望むような迅速で効率のいい展開にはならないけれどね。
つまり、〈鹿の角団〉への働きかけはしてくれるだろうけど、どうやらだいぶ時間もかかりそうだし、理想的な措置にはなりそうもないというのが現状の認識さ。
枢機院はいまようやく、王子たちへの聴取や〈魔導院〉の長マイニエリ師の現地調査を吟味して、〈鹿の角団〉へのアプローチを練っているところじゃないかな」
アルバートは「はい……」とうなずく。
「だからぼくは、王子たちが〈伝説の宝石〉を集めてまわりたいなら、それもいいんじゃないかと思う。
単純にやられたことをやりかえすという意味ではなく、それが〈鹿の角団〉の賊たちの暴走をとめることにもつながるわけだし、壊滅してしまった都市がそれで復興する奇蹟が起こりうるなら、ぼくだってそれをみてみたいわけ。
もちろん、王子たちの行動は良識あるものとはいいづらいから非難する人も多いかもしれないけど、ほんとうの意味でリスクを冒すのは王子たちだし、直截的に容疑者を追いつめたときにどう対処するかは王子たちでなくても、たとえば諸国連合軍とか〈魔導院〉精鋭部隊だったとしても、そのときにならないとわからないわけだしね――」
コパンは腕組みする。
「なんせ相手は、魔法使いにしてまじない師のハーマンシュタイン卿だから。
そうやすやすと生け捕りなんてできないと思うね。つばさのはえた三毛猫や、火を噴くガチョウのほうがまだまし!」
そして、教師かなにかのようにひとさし指をたてる。
魔法使いにして、まじない師――アルバートはようやく、ディレンツァからも聞いたことのなかった、賊の主犯の特性を知った。
思わず沈思してしまう。
「あれ、リアクションがないとは――わりとおもしろいたとえをしたつもりだったんだけど」
コパンががっかりしたので、アルバートは「あ、いや……考えごとを――」と口ごもる。
「うんうん、いいと思うよ。アルバート王子は当事者なわけだし、悩んで迷って考えて、それから行動するべきなんだよ」
コパンはすぐに陽気になった。
そもそも白塗りだし、化粧もしているので喜怒哀楽がわかりづらい。
最初から表情ひとつ変えていない可能性もあるかもしれない。
「もちろん、いくら王さまたちの援助があったとしても、宝石のかけらをさがしてまわるのも、どこにいるかわからない敵を追いかけるのも困難な問題だから、ここにいて待つっていう選択肢もありだと思う。
いずれ、宝石は集まるだろうし、そのときは賊の居場所もはっきりするんだろうしね、それになんていうか、危険はそとにしかないから」
アルバートは「ありがたい話で恐縮です」と応えてうつむく。
しかし何度か遭遇している〈鹿の角団〉の一味について斟酌すると、どこにいてもそれほど安全という気はしない。
隙があれば城下街だとしても容赦なく襲いかかってくるのではないか――。
「あれ、いやだなぁ、気づいてなかったの?」アルバートの不審顔で心情を察したのか、コパンがおどけるように笑う。「アルバート王子たちは〈王の桟橋〉に漂着したときからずっと護られていたんだよ。王さまの指示によって、有能ないろんな人たちにね」
アルバートは目を大きくする。
「え? ずっと――?」
「あはは、さすがだなぁ、王子。ずっとだよ、ずっと。最初からいままで、そしてこれからも!」
コパンが愉快そうに身体をゆするが、アルバートは硬直してしまう。
「余計なお世話だって思うかもしれないけど、ただのお世話ってわけじゃなくて、そりゃ領内で王子たちになにかあったら王さまの名まえにだって瑕がつくわけでしょう?
責任っていうのはそういうことだからさ」
保護されて祭日まで過ごしてきた数週間の日々を、ずっと警護されていたという事実に驚く。
だれかにみられていたなんて夢にも思わなかった。
そもそも今日だって、馬車にのせられて王宮まできて、コパンに出逢うまでもだれの気配も感じなかった。
むしろアルバートはその孤独感に淋しさすら味わっていたのだ。
アルバートは思わず目玉をぎょろつかせて周囲をうかがってしまう。
まるで狙撃の標的になっているかのようなおびえた動きである。
コパンはそんなアルバートをみて、くすくす笑った。
ひとしきり身もだえして、状況を受けいれたアルバートはやがてわれにかえる。
「――ひとつだけ質問してもいいですか?」
「どうぞ、ひとつでもふたつでも」
コパンは両目を見開く。
そこにアルバートの頼りない顔が映っていた。
「〈伝説の宝石〉って結局なんなんでしょう? 伝説もふくめてほんとうなのかどうか……」
アルバートは尻つぼみに言葉につまる。
いまさら感もあり、気おくれしたのだ。
「うーん……」
コパンは腕組みする。
「これは思わせぶりなのではなくて、ぼくにはよくわからないっていうのが本音だね。
王さまなら知ってるのかもしれないけど、ただそれは知識としてということであって、じっさいに宝石の伝説性をまのあたりにしたわけじゃないからね。
だれも真実を経験していない――そういう意味では、古文書の世界のおとぎ話さ」
アルバートはうなずく。
「アルバート王子の意見はわかるよ。王さまでも理解しているかあやしいことが、〈鹿の角団〉の賊が惨禍をもたらしてまで要望する動機になるのかってことだよね」
「ええ、まぁ」
「宝石がある種の魔力を秘めていることは確かだと思う。すべて集めることがその効果の鍵になることもおそらくそうなんだろうね。これは〈魔導院〉の見解でもあるけれど……」
コパンは目を閉じて身体をゆらす。
鼻さきのぽんぽんがぷるんとゆれる。
ディレンツァも似たようなことを話していた気がする。
「そうそう……詩人アルフォンスのおすすめで読んだ旧くさい書物にはね、〈名まえを失くした宝石〉って書いてあったりしたね。これってどういうことなのか解釈がわかれるけど、王子はどう思う?」
「え――」
アルバートは唐突な問いにとまどう。
子どもの頃から指名されるのは苦手だった。
それでも、なんとか返答をしぼりだす。
「名まえ……が忘れられちゃったってことですかね」
「うん、それもいい発想だね。なんていうか、忘れられてしまうってあたりがじつに王子らしい」
コパンはにっこりする。
「さておき、ほら、名まえってさ、いろんなたとえになりそうじゃない? でも、ぼくは『ほんとうの意味がわかりにくい』ってことなのかな? とか、いろいろ考えてみたりもしたんだよ」
「ほんとうの意味……?」
「うん、ほんとうの意味ではない価値があまねくひろまっていて、じっさいの魔力的効果は秘密になっているってこと。
要するにぼくらにとっては、なんのためにあるのか不明なんだね。だからさ、秘められた効果が『夢が叶う』とかいう、あいまいなものなのかもって」
「――なるほど」
「あいまいすぎて、ぜんぶ集めたいと思う人がいないっていうのも要点ではあるけどね。あるいはそれは『集まってはいけない』ってニュアンスにもとれるし。じっさい、なかなかひとつになろうとしないって、まるで意思があるかのように記されたりもしているわけ」
コパンは前進するような脚の動きなのに後退していって、王座に跳びのって坐る。
「あと魔法の一種っていう見地からは、〈魔導院〉のほうで〈太古の遺産〉とのかねあいとか、膨大な魔力のみなもととしての世界樹とのかねあいとか、いろいろ調査されているみたいだね。謎である以上、たとえばほかの謎とも関連性があるかもしれない、みたいな論調もあるみたい。
この世の中は謎だらけだからね!」
アルバートは素直に感服した。
少なくともアルバート自身は王都到着以後、環境に慣れることにせいいっぱいで、それ以上の着手はおろか、旅路の報告や各種公務すらディレンツァ頼みにしていたため、進展などあるわけないのだが、王都の関連機関はそれぞれ独自の方式で、今般の騒動の真相にせまろうとしていたのである。
当然かもしれないが、その当然さをみずからが意識していなかったことが恥ずかしくなってくる。
「だからまぁ、ハーマンシュタインがなぜ宝石集めをはじめたのかって命題は、少なくとも収集癖とか、自己顕示欲とかではないと考えられるわけ。
そもそも、そういうのとは縁遠い人のようだしね。だから、あんまり単純な話でもないんだと思う」
だから、自分がどう決断するかも自由なのだろう……。
アルバートがこれまでの会話を吟味して、ふとみると、王座に深々と腰かけたコパンが、童話の冒頭で水先案内人を務めるふてぶてしい猫のような顔で、歯をみせてにっこり笑っていた。
「太陽は望むところを照らすことはできない。そのひろく、あまねく、もれなき光ゆえにね。
暗がりでこそこそする一匹のねずみのことに集中するのはやっぱり難しいのさ――」
両手をひろげておどける道化は、とてもまじめな顔をしているようにもみえた。




