49 天高き炎上
中庭が見渡せるところまでくると、動物の頭骨を模した仮面をかぶった蛮族たちが集まっており、ルイたちをみて奇声をあげた。
何人かが棍棒やたいまつをもっており、それをふりまわしながら雄叫びをあげる。
あきらかに常軌を逸している。戦時下独特の情調に背徳感もあいまって、たががはずれているのだろう。
背後のディレンツァをちらりとみたが、光の魔法で銀色オオカミを牽制しており余裕がなさそうで、ルイは舌打ちする。
どうしよう――!?
しかし、ルイが思いあぐねた瞬間――とても大きなヘラジカが現れ、こちらに向かおうとしていた仮面の蛮族三人をはじきとばした。
「きゃははは! ごめ~ん!?」戦場に似合わない黄色い声がひびく。
声は若い女のもので、女はヘラジカの背にまたがって乗っていた。
ヘラジカの首には鎖がかかっており、それが銀色にかがやいている。
「この仔に乗るのは初めてだから、操縦に慣れてないんだよ!」女は満面の笑みであり、どこか幼稚な印象をうけるものの、よくみれば冷笑している貴婦人のようでもあり、ぶきみのひとことだった。「でも、敵をあざむくにはまず味方からだね!」
ルイは驚きのあまり反応できなかったが、よくみると仮面の蛮族たちは奇怪な女の登場にたじろいでおり、それがチャンスだと思えたので、「王子、いまよ」と、返事をまたずに手をひいて走りだした――。
アルバートはうぅうぅと二の句がつげられない様子だったが、それでも脚は動かした。
宮殿をぬける頃にはディレンツァが追いついてきた。「いいぞ、その調子だ――」
大通り〈かがやきの水廊〉には多くの兵士、市民の遺体があり、ところどころ血だまりがひろがっていて、周囲の燃えあがる建造物の炎によって照らされ、池の飛び石のように黒く浮かびあがっていた。
煤煙が充ちていることもあってか野獣や魔獣、〈鹿の角団〉の戦闘兵たち、異形のものたちはほとんどみえなかった。
ディレンツァが四方をみて、大きく息を吸う。「通りが安全にみえるが、まっすぐはいかない。最初の路地を折れて東門をめざすぞ」
「東? そっちは砂漠じゃないの?」ルイが訊ねる。
城郭都自体が砂漠にかこまれているのだから一見愚問なのだが、ルイが意図しているのは東に向かっても陸つづきの都市はなく、脱出するなら南の王都か、西の火の国を選ぶのが妥当ではないかということだった。
しかしディレンツァは察しているらしい。
「敵の裏をかかなければ逃げられない。われわれが王都への亡命を優先することは予想しているだろうから南門は危険だ。相手にどれほどの戦力があるかはわからないが、いままでをかんがみるとかなりのものだろう」
「じゃあ西は?」
「西側には崖があり、高台がある。城郭都を一望できる場所だから、敵の本拠地はそこにあると推測される。えてして征服者や煽動者は高いところから見おろしたがるものだ。くわえて、城郭もそちらから破壊されている」
「そうか……」ルイは納得するしかない。
短いあいだによく分析している。
でも、広大な砂漠に逃げて生き残っても、落ち着くところがないのであれば、そのあとは熱射による枯渇や衰弱が待っているのではないか――。
「徒歩では二、三日以上かかる距離だが砂漠の民の集落もある。そこにはレヴァス国王の融和政策に理解をしめす首長がいるから匿ってもらえるだろう。ただ――」ディレンツァは一瞬だけ目をふせる。「砂漠の民は時期や境遇にあわせて移動をくりかえす。現時点でかならず私が認識している箇所に滞在しているかはわからない」
ルイの疑問も当然察していたらしい。
すると背後で爆発が起きた。宮殿内の居館のわきの尖塔が二棟倒壊したらしい。
もう思い悩んでいる猶予はなかった。
ルイはアルバートの手をとり、とても強くにぎる。
アルバートの身体がびくっとした。
「いいわ、どうせ賭けみたいな人生なんだから、こわがってる場合じゃないわ!」
そして、ルイは駆けだす。
ディレンツァは無言でつづいた。
〈かがやきの水廊〉は傾斜に沿って昇ってくる黒煙でどっちみち進めそうになかった。
最初の路地を折れ、ディレンツァの指示でなるべく細く、それでいて妨害者等がなさそうな路地をえらび、走りつづけた。
途中、くずれた住居で通行不可能になっているところがあったり、口のまわりを獲物の鮮血でそめた巨大トラに遭遇してやり過ごしたり、水路から凶暴なワニがでてきて襲いかかってきたり、大使館の屋根から小鬼の群れに石つぶてを投げられたり、性悪な乙女の妖精の誘惑の魔法にかかった敵の傭兵たちが殺し合いをしているところに出くわしたりとトラブルは絶えなかったが、なんとか領内を駆けぬけ、東門から砂漠に踏みだすことに成功した――。
三人はそのまましばらく進んで、城郭都の全貌が見渡せる高台まで走りぬけた。
そして、珪化木群の影にかくれて息をととのえることにした。
「おつかれ――」
ルイがふりかえってアルバートをのぞきこんできた。
たちどまったので自然と手が離れ、このときようやくアルバートもわれにかえる。
どこか少し離れた高いところをただよっていた意識が身体にもどってきたのである。
ルイの顔は上気しており、汗にまみれたこめかみにおくれ毛がはりつき、その瞳は泣いているみたいに潤んでいた。
そして、アルバートの鼓動も高鳴っていた。
あ、う……返事をしたいと思ったが、口内が渇き、のどが詰まり、めまぐるしい変化に混乱していたこともあり言葉がでてこない。
ディレンツァが「追跡者もなさそうだ――」とつぶやいたので顔を向けると、ディレンツァは目を細めて城郭都をみつめていた。
それにならってふりかえると、夜の闇のなかで城郭都が炎上していた。
遠くからだと、すべてが一本のろうそくの火のように、まとまった楕円形の炎として燃えあがっているようにみえた。
周囲を黄色い霧のように浮かびあがらせる炎柱はやがて、天に向かってつきすすんでいく大きな鳥が羽根をひろげるかのように膨張し、はじけてひろがった――。




