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銀の風ファンタジア ~孤独な炎の生と死の幻想~  作者: 坂本悠
名まえを失くしたとわの国
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45 不条理な手品

 ディレンツァの(魔法の)盾のおかげで無傷で済んだのだが、それはルイだけだったようで、うしろにいたフリーダが負傷した。

 複数とんできた刃物の大半はディレンツァの盾がはじきかえしてくれたのだが、間隙をぬったものがあり、それがたまたまフリーダに命中してしまったようだ。


「――フリーダ? フリーダ!?」


 パティの悲痛な声が聞こえて、ルイはいてもたってもいられない気持ちになる。


 まさか盗賊団の罠がしかけられているとは思わなかった。

 例によってルイの独断がまねいた悲劇ともいえるので余計に怒りが募る。


「無法者にはなにをいっても無駄よね。会話しようとしたことが不毛だったんだわ。この世界を旅していちばん驚いていることって、そういうことなのよ。おなじ言語なのに会話できないやつがいかに多いかってこと! 絶対に逃がさないから!」


 ルイが豹のように目を細めても、賊の男は微笑をたたえたまま身じろぎひとつしなかった。

 まるですました肖像画のようなたたずまいである。

 相棒の女をおぶっているにもかかわらず、余裕が口もとに表れている。


「ふん、そもそも態度で挑発できるから会話は不要っていいたいわけね――」


 ルイはナイフを逆手にかまえ、即座に大地を蹴る。

 

 しかし、ほぼ同時に男もまた、きびすをかえした。


 やはり林まで逃げこむ算段らしい。

 それでも火がついてしまったルイは、どこまででも追いかけるつもりだった。

 男がそういくつも罠を用意しているとは思えない。

 ちょっとやちょっとの罠なら勢いをとめる気はないくらいルイは怒っていた。


「待て、ルイ!」


 ディレンツァの声がしたが、もはや抑制がきかないことはディレンツァもわかっているだろう。


(あなたはフリーダを診てあげて――)


 ルイはその意味をこめて、一度だけふりかえったが、ディレンツァは無表情のままだった。

 

 男たちが逃げこもうとしているオークの林は、遠くからだと茫洋とした半透明の膜のようにみえた。

 やはり奥まで入られてしまうと土地勘のないルイには不利だろう。

 むしろ危険かもしれない。

 しかし毎度のことながら、駆けだしたらとまらなかった。


 花が咲いたオークの樹木が近づいてくる。

 男たちはすでに樹々の合間に吸いこまれるように入っていた。

 まるで闇に融けてしまったかのようにもみえたが、ルイも全力で追いかけていたので見失ってはいなかった。


 そして、ルイのほうが足は速い――。

 ルイは舌なめずりをして脚力を増す。

 

 牽制するためにナイフを投げるという選択肢もあった。

 生意気なヒステリー女を背負っているのだから、命中してもしなくても効果的にちがいない。

 しかし追いつけると確信すると、もっと確実に攻撃したくなってきた。

 警備兵たちの支援がくるまでの足どめではなく、いままでの鬱憤を晴らしたくなってきたのである。

 

 暗い林では走りにくいらしく、男の動きが一気ににぶる。

 おそらく足場が不安定で気をとられているのだろう。


 男たちの背中がどんどん近づいてくる――。


 草原の野うさぎを追いつめるタカにでもなった気分で興奮してくる。

 駆けづらい環境だが、昂揚しているせいもあり、ルイは大股で走れた。

 ゆれる視界に、男の後頭部と(背負われて眠っている)女のまぬけな横顔が映る。


 跳び蹴りをみまうのはどうだろう?

 女ごと蹴りたおしてやるのだ。

 もう何度かそういう機会を逸してきた。

 

 地面から絡み合ってせりだしている三本のステップ状のふとい樹の根を踏み台にして、ルイは大きく跳躍する――すると、男が急にふりかえった。


 そして、男の凶悪な笑みが垣間見えたその瞬間、ルイの視界いっぱいに、開かれた口が現れた。


 ――口!?


 それはヘビだった。


 男がふりかえるやいなや、ルイのまえに巨大なヘビが出現したのである。

 体長も極端に長く、厚みは丸太ほどもありそうな大きなヘビだった。


 ヘビは宙に舞っているルイを呑みこまんとするべく、細長い鋭利な歯がならんでいる大口を開けてせまってきたのだった。

 

 ヘビに呑まれる――!?

 

 なぜなのか、どうするべきかを思慮している猶予もなく、ルイが恐怖で目を閉じると「ナイフをつきだせ!」というディレンツァの声がした。


 ルイはわらにもすがる思いでナイフをもつ両手をかかげる。

 

 直後に強い風圧を背中に感じた。

 背後からつむじ風がやってきたのである。まるで羽毛にでもなったような気持ちになるぐらい身体が浮きあがる感覚を味わう。


 結果あたまがさがり下半身が浮きあがって、そのままバンザイをしているようなポーズで、ルイはヘビの口内にとびこんだ――。


 ルイはわけがわからず、ずっと目を閉じていたが、無駄にあばれなかったことが功を奏したらしく、両手をかざしていたことで、ナイフはヘビののどの奥を豪快に切り裂くことになった。


 やがてルイはもんどりうったヘビの体内から吐きだされるようにして地面にころがりでる……。

 

 ルイはしりもちをついた状態で息を吐く。

 手をひろげるとゆびとゆびのあいだに粘液がのびる。

 顔にも独特の湿りけを感じた。

 全身がヘビの体液にまみれているようだったが、もはや気にしている場合ではない。

 

 ナイフはなくなっていた。

 ヘビの体内に置いてきてしまったのかもしれない。

 しかし、目前でころがっているヘビはこと切れているようにみえる。


 体長は5メートルほどもあるだろうか。

 横たわっているさまは異様でぶきみだった。

 

 ディレンツァが駆け寄ってくる。「けがはないか?」


「ええ――なんだかショックだけど」ルイは腕で顔をぬぐおうとしたが、腕もべとべとしていた。「なにが起きたの? ていうか、なんなの、この化物?」


「ニシキヘビだな」ディレンツァが目を細める。「賊の男が放ったようにみえた」


「あのばか女がそういう魔法使いだったわよね。あいつのせいかしら……ねぇ、港町の地下にいた大きいまむしを思いだしちゃったわ」ルイは眉間にしわをよせて苦笑する。「ヘビ柄の財布とかほしくないんだけど?」


 ディレンツァは冗談には反応しなかった。


 しかしそれどころではなく、ルイはようやく気づいた。「む、あいつらには逃げられちゃったのかしら――」


「そうだな……」ディレンツァが林の奥をみつめる。「だが、池沼からとんできた刃物は、われわれを殺傷しようというよりは、足どめを目的としていたように思える。どっちみち逃走することだけが目的ならば、つかまえるのは至難のわざだったかもしれない」


 ルイは大きくため息をついた。「でも、毎度ながら助かったわ。ありがとう。ふふ、毎度ながらなにが起きたのかよくわからなかったけれど……。まるで手品だわ、あの男がふりむいたら、いきなりヘビが跳びだしてきたの」


 ディレンツァが手ぬぐいを手渡してくれた。「フリーダの応急処置をパティに指南してきたので、少し出遅れてしまった。だから、賊がなにをしたのかは私にもよくわからない」


「ああ、ごめんなさい」ルイは二の腕や顔をぬぐう。「フリーダは無事かしら?」


「わりと出血していた。止血のしかたを教えて、騎士たちを呼ぶようにつたえた。命に別状はないはずだ――」ディレンツァは目を細める。


「そう、なんだか悪いことをしてしまったわ、あの二人には」ルイはうつむく。「単純に100年祭を満喫するために外出したら、こんな騒動になっちゃうし、けがもしちゃうし……」


「後遺症や心的ストレスが残らなければいいな」ディレンツァは無表情になる。


 ルイはため息をついてから、顔を拭く。

「無邪気というか、やさしそうな娘たちだったものね」

 少しもきれいになった気がしない。


 ディレンツァが右手をだしてきたので、「ありがとう」と感謝して手ぬぐいをかえす。


 すると、左手もだしてきたので起きろという意味だと解釈して、ルイは「どうも」と返事をしてその手をとる。


 ディレンツァはわりと強いちからでたちあがらせてくれた。

 足場は木の根やぬかるみもあれば、とがった石が散乱していたりもして思いのほか不安定だった。


「ただ、魔力原理にたずさわる者としては重要な経験かもしれない」ディレンツァがふいにつぶやいた。「〈魔導院〉に所属し、研鑽を積み、なにかしらの結実をもって魔法を生業としていく以上、規模の大小こそあれ、こういった問題はつきまとうだろう。魔法使いのありかたというのは不条理なものだ」


 ルイはうなずく。「私にはわからないけど、あなたがそういうならそうなんでしょうね」


「魔力という不条理なちからをあつかう専業者だからな。すべてにおいて無理は生じてくる」

 ディレンツァはうつむいた。


 ルイはスカートのよごれを気にする。

 泥だらけになっていて、少しうんざりした。

 

 上空ではまだ花火が断続的にあがっている。

 枝葉のすきまからときどき稲妻のように光が射し、自分の泥だらけの手が蒼白くうかびあがり、まるで自分の手じゃないような錯覚がした。


「そういえば、王子は無事かしらね」


「……ああ、問題ないだろう」


 ディレンツァが答えると、宝物庫のほうから声がした。


 騎士たちの複数の声がかさなって聞こえてくる。

 詳細は聞きとれないが、安否確認、あるいはフリーダの救助に関するものだろう。


「また、賊の連中に出しぬかれちゃったわね……」ルイのぼやきに、ディレンツァが「王都の騎士団が護れなかったのだからしかたがないだろう」と返した。


「うーん」ルイはうなる。「それだと負けを認めているみたいで、なんだかいやだわ」


「――だが、まだ終わってはいない」ディレンツァは二度うなずく。


 ルイはため息をつく。

 まったく――そこまでして、どうしてそんな宝石を集めたいのだろう?


 そして、むしゃくしゃしてきた。

 どうせ悪党の思考など理解不能なのだろうが、おおよそ理性が働いているとは思えない。

 ただ単純にコレクションとして収集したいだけという理由さえありえる気がしてくる。


「ひとつでもいいから押さえておきたいわね。えっと、残りは火の国の〈火の鳥〉と、雪の国の〈結晶〉よね」ルイは指折り数える。ちょうどピースサインになってしまった。「王さまに進言してなんとかならないかしら?」


「まず――〈火の鳥〉の帰属がどこにあるのかは難しい問題だな。ふつうなら副王だが、教団の象徴でもあるし、精霊王のお気に入りでもある。国王陛下でも留保をもとめることができるかどうか……。もっとも所在がわかるわけだから、入手ができるなら交渉の余地はあるかもしれない」


「交渉ねぇ……王子にできるかしら? 口下手であがり症で気がちいさいからなぁ」ルイは口をへの字にする。


「〈結晶〉は雪の国のどこかに眠っているという話だが……」ディレンツァは目を伏せる。


「眠っている? ああ、そういえば、まえに聞いたかしら。行方しれずなんだっけ――」


 ディレンツァが黙ったので、ルイはいまだみたことのない雪原や雪渓を想像した。

 まっしろで広大な大地のどこかに落ちている宝石のかけら――重くたれこめた灰色の空からはときにはげしい、ときに静かな降雪があり、ちいさな宝石はどんどん埋もれていく。

 何年も何十年も何百年もつづく雪はやがて、幾重にもかさなる男女の声のように地表でうずまき、すべてを覆いかくして眠らせてしまう……。


「いずれ――」


 ディレンツァの声がして、ルイははっとわれにかえる。


「いずれ難題はハーマンシュタインが四大精霊の土の獣を思いのままに使役していることだろう。沙漠の国の城郭や宝物庫の防護壁を陥落させたこともそうだが、火山においてはおなじ四大精霊――火の鳥にも明白な影響をあたえることはできるだろうし、そもそもその驚異的なちからゆえ私たちには太刀打ちできない……」


 ディレンツァの横顔をみて、その視線を追いかけると、宝物庫のほうから騎士たちが駆けつけてくるのがみえた。

 各々がたいまつをもっているため、ぼんやりと浮かびあがった複数の灯りが、まるで荒涼とした大地で行き場をうしなった魂のようにゆれている。


 ルイはその光景に、沙漠の国の夜を思いだした――。

 けむりが目に沁みる廃都を、死に物狂いで王子、ディレンツァと脱出して、砂上の惨禍をかえりみたとき、ルイはまるで死者たちの魂のようにぼやけてゆれる戦火をみた。

 突然の奇禍にみまわれた死者の魂たちは居場所をうしない、どこに向かうこともできず、夜の闇のなかにとりのこされていたにちがいない。

 そのときルイたちは言葉をなくし、ただ立ち尽くしてその光をみつめていた――。

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