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銀の風ファンタジア ~孤独な炎の生と死の幻想~  作者: 坂本悠
名まえを失くしたとわの国
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41 交差する運命

 夜襲のときとおなじ圧倒的な破壊力をもって防護壁を落とし、土の獣は幻獣の世界へともどっていったびりびりとしびれる静電気のような魔力の解放の残滓を残して――。


 ハーマンシュタイン卿は横臥しているティファナから〈支配の冠〉をはずして仕舞った。

ザウターはただその動きを見守って、卿が離れるとティファナのわきにかがみ、背中に手を入れて起こした。

 

 召喚魔法によって衰弱したティファナは意識をうしなっている。

 呼吸によってかすかに胸が上下しているだけだ。

 透きとおるようなデコルテの血管が蒼くうかびあがっている。

 

 崩落で起こったもくもくとした土煙が去ると、宝物庫がすがたを現した。

 王都上空から照らされる花火の明滅によって垣間見えるそれは、ただの建築物なのに異形の怪物のような雰囲気をただよわせていた。

 

 ハーマンシュタイン卿の視線を感じ、ザウターは目線をもどす。

 ザウターと目が合うと、卿はゆっくりとうなずいた。

 

 そして、気づくと数メートルさきをあゆむ卿の背中が目に入った。

 それからザウターがまばたきをする瞬間ごとに、卿は遠く離れていってしまう。まるで時間の概念を超越した存在であるかのように――。


 卿は残像のように移動し、宝物庫の正面へとまわりこんでいった。

 すがたがみえなくなったとたん、時間の流れがもとにもどり、周辺の湿度があがった気がする。


 念のためティファナをかかえて茂みに移動し、しばらくのあいだ息を殺して様子をみた。

 

 やがて、街道のほうから人の声がした。

 王都の警備兵たちが異常事態に気づいたようだ。

 そもそも入口周辺には哨戒している兵士たちがいた。

 何人か、あるいはその全員が壁の崩壊に巻き込まれたにちがいない。


 宝物庫の入口は正面にしかなく防護壁が全面を覆っていたため、ザウターたちが厳戒態勢の防護壁の裏手にひそんでいたとは夢にも思わなかったのだろう。

 

 ザウターの今後の行動はうちあわせ済みだった。

 失神しているティファナをつれて王都を脱出するだけだった。

 沙漠の国のときは国宝奪取のための追撃が予定されていたこともあり、水の国産深層水の秘薬を飲ませてティファナを回復させたのだが、秘薬はもうないため、ザウターがかついでいくことになる。

 

 幸い、ティファナはそれほど重くない。くわえて意識がないので、あばれたり抱きついてきたりと、空気をよまず邪魔してくることがないので、それほど難しい任務ではないだろう。


 警備兵たちも防護壁崩落直後に宝物庫の裏手から逃走をはかる二人組がいるとは思うまい。

 警備兵たちからすれば、ザウターとティファナがいることすら把握できていないのではないか――。

 

 抱きかかえていくか迷ったが、万が一の事態にそなえて両手を開けておくためにティファナを背負うことにした。

 まるで狩ったうさぎの耳をもつようにティファナの両手頚をつかみ、ぶらさげるようにもちあげた。


 ティファナは両手をしばらされてつるされているようなかっこうになったが、熟睡しているようで、ちいさくうなっただけだった。

 かたちのよい胸がつきだされ、無防備にみえる。

 ザウターは吊りあげたティファナに背中をむけ、ゆっくりと背負った。


 そして、ティファナの両腕を頚のまえで組むようにする。

 背負った体勢で二、三度ゆすってみたが、ティファナも不快ではなさそうだった。

 

 ティファナが見晴台にて召喚したこうもりたち(ティファナはこうもり殿下たちと呼んでいた)は依然、かんしゃく玉や花火をかかえて夜空を舞い、頃合をみて爆発させる行為をつづけていた。

 

 ザウターからすると、こうもりたちの自爆にしかみえないのだが、じっさいはそうでもないらしい。


「たまにそうなっちゃうドジな子もいるかもしれないけど、だいたいみんなぎりぎりのタイミングでおうちに帰ってるんだよ」とティファナは笑っていた。おうちとは幻獣の世界のことだろう。「そのスリルを楽しんでるってわけ!」


 ザウターには結局よくわからないが、花火のおかげでときどき足もとが照らされるため、こうもりたちが消えてしまわないうちに脱走してしまうほうがいいと判断した。


 防護壁にまきこまれた兵士たちの救助がひと段落するまで一時間ほど待ち、周辺に人の気配が少なくなったときを見計らって、ザウターは暗がりにいるオオカミのようにいったん視線をめぐらせると、少し離れた林のほうに向けて駆けだした。

 とにかく、宝物庫から距離をとって身をかくしてしまえば逃走できたも同然なのだ――。

 

 しかし、走りだして間もなく、朝霧にひびく鶴のような声で呼びかけられた。


「ちょっと! 待ちなさいよ!?」


 声質に既聴感があり、任務遂行を思えばたちどまる必要はないのだが、思わず脚をとめてしまった。

 急にとまったせいで、ティファナのあたまが大きくゆれてザウターの肩に口がぶつかったが、ティファナはめざめなかった。


 声のほうをみると、確かに見知った女がいて、ザウターはいささか驚いた。

 

 沙漠の国の王子のつれの小柄の女だったからだ。

 ティファナが正気にもどっていたら、天敵の出現に大騒ぎだったにちがいない。

 

 まさか王都に到着後も沙漠の国の残党たちに遭遇するとは思わなかった。

 「縁」という単語が脳裏をかすめるが、それがどのような意味をもつのかがまだわからない。

 しかし、そんなことを考えている場合でもなかった。

 ちびの女のうしろには切れ長の目をした魔法使いもいたからだ。

 

 ティファナの加勢がないことをふまえると、非常に危険な状況である。

 じっさい魔法使いは、すでになんらかの魔法をとなえようとしている(ようにみえる)。


「素直に〈光芒〉をもどせば、命ぐらいは助けてもらえるんじゃないの?」女がナイフをとりだす。「私としては〈沙漠の花〉や、ついでに、ばかな少年たちから騙しとった〈湖面の蝶〉なんかも返していただきたいところだわ。どうせあなたたちがもってるんでしょう?」


「――ふ」ザウターは口角をあげる。


 女が少しひるんだ。「なによ、能天気女は寝てるみたいだし、あきらかに不利なんだからそういう気持ち悪い反応しないでくれる?」


「能天気? 自分のことか?」ザウターは鼻で笑う。「あまりにも哀れだから、ひとつぐらいは返してやりたいところだが、残念ながらいまはもちあわせがなくてね」


「ねぇ、手加減はしないわよ、私は甘くないの」


 ちび女がザウターをにらんでくる。


 すると、女の背後に少女が二人、追いついてきた。

 みたところまだ子どもだが、風体からすると魔法使いだろうか。


 ザウターはとっさにきびすをかえし、林をめざした――。


「あっ! 逃げた――」女が叫ぶかん高い声が聞こえた。「卑怯者!!」

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