40 いびつな影
宝物庫付近に到着した。
初めての来訪だが、すれちがう王都の哨戒兵たちがとまどいの声をあげ、統率をみだしているところでも目的地が近いということはわかった。
ルイ、ディレンツァ、パティ、フリーダとモカの四人と一匹は、突然の連続花火にもりあがる中央第一広場で周遊馬車にのって街道を進み、終点で降りてひた走り、途中検閲をぬけて、宝物庫のある機密上の要地に入った。
花火騒動はずっともちあがっていたが、ルイたちは門兵たちによる検閲も難なく通りぬけられた。
もっとも兵士たちにあやしまれたところで、パティやフリーダは〈魔導院〉所属だし、ディレンツァもルイも沙漠の国の関係者なので、身の証はたつ。
目前を三、四人の騎士が通り、ぶつかりそうになったのでルイはうしろにさがる。
しんがりの騎士が「失敬」と謝罪し去っていった。
城下街にむけて駆けていったかっこうである。
「ねぇ、枢機院だか警備団だかしらないけど、兵士たちがこんなにとりみだしていて、だいじょうぶなのかしら?」
ルイは騎士たちを見送ったのち訊ねる。
「祭りに参加している一般客たちにくらべればましだろう」ディレンツァが答えた。
「そうかしら?」
「上の指示で逃走路をふさごうとしているのではないか」
「逃走路? え、〈光芒〉はもうやられちゃったってこと?」
「それはわからないが、あるいはそのときのために配置している可能性もある」
ふぅむ、ルイはあごに親指をそえる。
ルイたちが会話しているうちに、少しさきに進んでいたフリーダが叫んだ。
「ねぇ! みてみて!!」
右肩にモカをのせたパティは、前方を見据えたままかたまっている。
二人と一匹が花火で照らされて闇にうかびあがるさまは、泥にひそむ深海生物のようにもみえて奇妙だった。
ルイたちが追いつくと、「ほらほら!」とフリーダがゆびさすそのさきには――めちゃめちゃに破壊された建造物があった。
たいまつをもった兵士たちがそれをとりかこんでいる。
よくみると、崩れ落ちているのは外塀だけのようだが、硬質なブロック状のものが散乱し、そのなかに屹立している建物の影は、欠損しているにもかかわらず、まるで(みたことはないのだが)古代の竜かなにかのようで迫力があった。
四人と一匹で、思わず呆然とながめてしまう。
「――防護壁がくずれているんですね」パティがつぶやいた。
散らかっているブロックが、くだんの防護壁だということに気づいたのだ。
強い衝撃で一気に崩落させられたことが、壁片のとびちりかたでもうかがえる。
「私は沙漠の国でも酷似した状況に遭遇した。〈鹿の角団〉のハーマンシュタインは、精霊王の土の獣を支配下に置いているらしい」
ディレンツァがつぶやくと、パティとフリーダが真顔になる。
妖精やら精霊やらの世界について、ルイは〈魔導院〉で教えられているようなくわしい定義はしらない。
精霊王というくらいだから、精霊たちよりは存在として「偉い」にちがいないとか、そんな程度の認識である。
しかしディレンツァから聞いた話では、定義自体が魔法使いたちの公会議で定められたものなので、それが絶対的な真実の構図というわけではなく、むしろ現実的には容易に理解できるものではないらしい。
「そう考えたほうが納得しやすいぐらいのものだ――」ディレンツァの弁に、ルイはうなずくぐらいしかできなかった。
「支配しているってことは、〈太古の遺産〉とかを使ってるのよね?」フリーダが自問するように訊ねる。
「遺産?」ルイの問いに、「魔力が秘められたマジックアイテムの総称です」とパティが答えた。
「最近の魔法使いがつくったものでも遺産って呼ぶの?」ルイの疑問に、「旧くからの知識や経験が培われているという意味で遺産と呼ばれる」とディレンツァが答え、そのままフリーダをみる。
そして「〈鹿の角団〉は以前より〈支配の冠〉を所蔵しており、ハーマンシュタインはそれを盗用しているという情報があるという」と説明すると、フリーダが「なるほど、おだやかじゃないわ」とうなずく。
パティの右肩で小ザルが口を「ム」のかたちにした。
「でも、使いこなすのは容易ではないはず」パティがつぶやく。「あつかう魔力が大きければ大きいほど、それなりの代償が――」
「そうね、ノリや楽しさであつかえるようなものじゃないわ」フリーダがうなずき、「――所属してる盗賊団を裏切ったり、沙漠の国を攻撃したり、そもそも〈伝説の宝石〉にこだわってみたり、それも犠牲を払って? ……よくわからない。あきらかにふつうじゃないんだけど、みょうに冷静に動いているのね」腕組みする。
「そうだな、基本的には計算づくだと思われる」
ディレンツァがごつごつした破片にかこまれた施設をみつめる。「祝祭のために用意されていた煙火を利用することで、破壊工作をかくしたにちがいない」
「煙火?」ルイが目を大きくする。「ああ、花火ね!?」
「うそ!?」パティとフリーダが同時に叫ぶ。
「それだけのために、あんなにたくさんの花火を盗んだっていうの?」フリーダが目を大きくする。
「でも、確かにそのおかげで、城下街ではだれもこっちでの騒ぎに気づいてないわね」ルイはみょうに納得する。
フリーダも両手をあわせる。「そうか、土の獣の属性攻撃は地響きをともなうだろうし、壁がくずれれば大きな音もたつだろうし、注意をそらしたかったってわけね?」
「きっとそれ以上の意味もある――」ディレンツァが目を細める。
すると、パティの肩にいたモカが「キキ!」とするどく鳴いて、暗闇をゆびさした。
小ザルがさし示すほうで、影のかたまりが動いている。
「だれかいる!?」
パティの声に、全員がそちらをみる――警備兵たちのたいまつのちらつきもあってわかりづらかったが、注視すると建物の裏手のほうに人影がうかがえた。
不格好な大きめの影である。
ルイが叫んだ。「あいつらだ!!」
ルイはディレンツァをみて、ディレンツァは首肯した。
「〈鹿の角団〉なのよ! 私たち、あいつらには借りがあるの!」
ルイはパティたちをみて叫び、駆けだし、追加説明してくれそうなディレンツァも追走していってしまった――。
「私にはよくみえないんだけど、なんなの!?」視力の弱いフリーダは目を細めたまま混乱する。
「だれかがだれかを背負っているのかな?」視力のいいパティのつぶやきに、モカが「ムキィ」と鳴いた。肯定のように聞こえる。
「〈鹿の角団〉ってことは、もう宝物庫から宝石は盗みだされてしまったってこと!?」フリーダの問いに、「私にもわからないよ」とパティは渋面をつくる。
なんだか不穏で気持ちがわるかった。影のかたまりは奥の林のほうへ移動していく。
あきらかに宝物庫から離れていくので、目的を果たしてしまった可能性はある。
「どうしよう?」パティの問いに、「お師さまとはいわず、せめて先輩か先生たちでもいれば判断を仰げるんだけど……」フリーダは右手の親指であごをなでる。
近くに〈魔導院〉の関係者がだれもいないということは考えづらい。
記念祝祭は過去にない規模なのだから、現役生にかぎらず卒業生もふくめれば、警衛にたずさわっている者は多いはずだ。
しかし、どうやってみつければいいのかわからない。
「ここに二人だけってのもこわいし、あの二人といっしょのほうが安全だと思う」パティが提案すると、「そうよね、私もそう思うわ」とフリーダが賛同し、モカが「キキ!」と鳴いた。
二人と一匹も、意を決し、ルイたちを追いかけて林のほうに向かった――。




