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銀の風ファンタジア ~孤独な炎の生と死の幻想~  作者: 坂本悠
名まえを失くしたとわの国
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39 赤レンガの硬さ

 王宮まで直通で向かうことのできる交差点まできたところで、ディレンツァがたちどまる。


 その十字路をふくむ街道は40メートルの幅員をもつ公都の主要道で、王宮から門をまたぎ交差点の中央まで敷かれた2キロにわたる幅10メートルの白大理石と、そのわきに幅5メートルずつ川辺のごとく埋めこまれている縞めのうにちなみ〈かがやきの水廊〉と呼ばれていた。


 宮殿から流れはじめた河が十字路までたどりついてみずうみをつくっているというデザインだった。

 「かがやき」とは日中、周囲の建物の高層階からみると、白大理石がまるで陽光を反射している河にみえるというたとえだった。


 沙漠の国の王侯貴族は慶事弔事などのさいには〈かがやきの水廊〉に市民を集めた。

 王宮周辺に集会場などの大人数を収容する施設がないこともその理由だが、市民に沿道にならんでもらったほうが演出として都合がよかったのである。

 アルバートも生誕祭にはじまり、成人の儀におよんでもこの主要道を利用し、市民たちの歓声や音楽隊の調べにあわせて華やかにパレードをした。


 回想や想像でぼんやりしていたアルバートは、ディレンツァの背中にぶつかる。

 しかし、すぐにディレンツァの手で建物の影にひきよせられた。


「あ――どうしたの――!?」


 しかし、すぐにわかった。


 交差点の中央に巨大なトラがいたのだ。

 それも風紋騎士団の甲冑を身につけた兵士数人を踏みつけ、ひっかき、かみつき、惨殺している。

 見開いた目をあげ、一瞬だけアルバートたちをみた気もしたが動きはなかった。


 体長は5メートルを超えており、体重も500キロはありそうだ。

 顔だけでもおぞましいほどの迫力だった。しかも口のまわりが兵士たちの血痕でそまっている。

 吠えただけでアルバートなら足がすくんで動けないだろう。


「猛獣までいるの――!?」アルバートのふるえた声に、「どうやら幻獣のようだ。召喚したものにちがいない」とディレンツァが目を細めた。「しかし、強いちからをもつ幻獣に誘引されることで野獣たちも集まってきている可能性もある」


「ずいぶん凄腕の魔法使いがいるんだね、盗賊団にも」


「極大な魔力をあやつることのできる人物だ。城郭を破壊したのも召喚魔法にちがいない。そのせいで境界があいまいになって、われわれにとって不可視の世界の住人たちも目視できるようになっている」


 ディレンツァの視線のさきには、半透明のつばさをもった一角獣たちがとんでいた。

 燃えあがる教会の屋根から舞う火の粉をぬうようにして、逃げまどっているようにみえる。

 その背後を青い眼をした巨大カラスの群れが追いかけていた。

 

 戦火の匂いが鼻をつく。

 不自然な大気のうねりが公都をつつみこんでいた。

 

 すると――辻向かいから悲鳴が聞こえた。

 一見してわからなかったが、眉間にしわをよせて凝視してみると、どうやら羽根のはえたちいさい少女たちがあわてている。

 焦っているせいでうまく飛べないのか、ふわふわと綿帽子のような軌道になっている。


「なんだろう!?」


「妖精だな」ディレンツァがつぶやく。「風の属性か」


 妖精たちが落ち着きをなくしている理由はすぐわかった。

 妖精たちのうしろから、巨大な炎のかたまりがせまっていたのだ。

 ぬたぬたと這うように動いているが、ときどきたちあがり火柱のように炎を巻きあげた。


「火とかげだ」とディレンツァが教えてくれた。

 

 アルバートの目には火のかたまりにしかみえなかったが、たまに身体をよじったときにつぶらな瞳や大きな口がみえた。

 顔の左右に三本の外鰓もある。

 凶暴でなければ飼ってもよさそうなぐらい愛らしい容貌だが、体長は2メートルぐらいあり、あまり制御はできそうもなかった。


「初めてみたよ……」アルバートがもらすと、ディレンツァがうなずいた。「火の国の火山などには棲息しているそうだが――周囲で火災が発生している現状では、非常に危険な相手だ。火とかげが苦手とする水の元素もここにはない」


 すると、火とかげの噴いた火炎が一人の妖精の羽根を焼き、くすぶりながら落下したその妖精を――ずりずりと這いよった火とかげが丸呑みにした。


 一瞬のできごとに妖精たちはパニックを起こし、つむじ風に巻かれた蝶の群れのように四方八方に散る。

 

 しかし、火とかげは満足することなく、ふたたびべつの妖精に的をしぼり、見た目よりも速い動きで追いかけはじめた。

 

 アルバートはそのとき反射的に動きだしてしまった。

 ディレンツァの制止は聞こえていたが、自然にとびだしてしまったのである。正義感とか義憤とかそういう言葉が追いつくよりも早く――。


 十字路にはけむりの匂いが充満し、建築物を燃やす災に照らされ明るさが増した。

 同時に空は暗くちいさくなる。

 

 アルバートはむやみに手足をふりまわしながら火とかげの注意をひく。

 なにかを叫んだような気がしたが、もう憶えていない。

 そして、そこからはスローモーションの映像としてしか記憶がない。

 

 奇声によって火とかげの気をひくことは成功し、狙われた妖精が逃げるすきをつくることはできた。

 しかし当然のように火とかげは円い瞳でアルバートをみて、何度か舌をだして牽制してきた。

 怒りを表現している顔つきだった。

 炎をまとった脚が思いのほか大きく、油のようにじめじめしている。

 

 火とかげはちからづよく、そしてしっかりと体勢を変えると、べたべたと地面を動き、アルバートに向かってきた。

 その想像以上の速度と迫力に足腰がかたまってしまう。

 

 しかもつぎの瞬間――咆哮が間近でひびく。

 両手や背筋がしびれて、意識がとんでしまいそうになるぐらいの音量だった。

 幻獣トラである。アルバートはつい失念していた。


 どうやら真横から襲ってくるらしく、風圧のようなものが感じられる。

 観念している余裕もなく、アルバートのあたまはまっしろになった――。

 

 そして気づいたらアルバートはもんどりうって地面をころがり、そのまま建物の外壁にぶつかった。

 そのとき、たまたま右手がさわった欠けた赤レンガの硬さはいまでも忘れない。


 巨大トラになぐられるか、体当たりでも喰らったのかと思ったが、じっさいはディレンツァの風の魔法だった。

 ディレンツァが突風を起こし、アルバートをとばすことで、間近にせまった巨大トラの攻撃から救ってくれたのである。

 確かに巨大トラのパンチや突進だったら即死していたかもしれない。

 

 レンガの壁にしがみつくようにしてひざ立ちになると、小脇に妖精が一人いるのがみえた。


「あ、ありがとう」


 地面にたたきつけられたせいでぐわんぐわん反響している耳に、ちいさな声が聞こえた。

 おびえているというよりは照れているような声だった。


「ど、どういたしまして」アルバートは予期せぬ謝辞にどもってしまった。


 ちいさな妖精は困惑しているのかもぞもぞする。

 アルバートと会話していいか悩んでいる様子だった。


 ふいに熱風が吹きつけてくる。

 頬が熱くなり、アルバートは思わず目を細めた。

 はす向かいの三階建ての飲食店が炎上したのち崩落したのだ。


 ちいさな妖精の全身がせつなにしてこわばったのがわかる。

 風の妖精なのだとしても、あちこちから熱風が吹き荒れている環境では逃げることもままならないだろうし、境界変転によってみずからが(人間をふくむ)外敵にさらされていることもストレスにちがいない。


「もうしわけない……」


 アルバートがつぶやいたので、ちいさな妖精はびくっとふるえる。


「この国の安全が確保されていないのは、ぼくたち王族の責任だ」


 ちいさな妖精はじっとアルバートをみる。

 アルバートは半笑いになる。


「王子! 急いで――」


 ディレンツァの声がして、アルバートはわれにかえる。


 ふりかえると、ディレンツァは王宮にむけて駆けだしていた。

 アルバートがおびきよせた火とかげは、(運よく)巨大トラと直面したらしく、おたがいに敵意をむきだして対峙している。

 関心が自分たちからそれているのでチャンスだった。


 アルバートはちいさな妖精をみる。「どうか無事に脱出してほしい。この国にきてくれてありがとう――」

 

 それからあたふたとディレンツァにつづいた。

 妖精との交流で、夢うつつだった心地が若干落ち着いてきた。

 しかし、あたまがはっきりしてくるにつれ、残酷な現実が大きな影となって目前にたちはだかった。


 アルバートは頚を左右にふり、正気を保とうとする。


 焦げ臭い空気が息苦しく、ところどころ縞めのうのタイルが割れているせいでつまずいてしまい、とても走りづらかった。

 それでもアルバートは深い闇から逃れるようにして、王宮をめざしていった――。

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