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銀の風ファンタジア ~孤独な炎の生と死の幻想~  作者: 坂本悠
名まえを失くしたとわの国
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3 たいせつな帽子

 まるで宙をあゆむような足どりだった。もう成人してからだいぶ経つが、まるで風船にぶらさがっているかのようなティファナの存在のかろやかさは夢みる10代のようだ。


 ふらふら、ふわふわしながら、大通りをジグザグに歩んでいく。

 せっかく露出の多い、はでな衣服をかくすために外套を着ているのに、ジャンプしたり手をふりまわしたり脚をふりあげるせいでかえってめだってしまっていた。時折、外套のすきまからのぞく白い肌がコケティッシュですらある。


 ザウターは客足が増えてきた街道に気を配りながら、ティファナのあとを進んでいた。

 さきほど建国記念祝祭の開催を告知する花火がうちあがったばかりだった。


 ティファナがはしゃいでしまうのも無理はない。

 沿道の露店や広場はすでに活気づいてきている。


 二人とも地味な(ティファナいわくラクダ)色の外套で身をかくしていたが、その必要もないくらい行き交う人々の恰好も年齢も性別もさまざまで、人々の意識は飾られた街並み、そして建物や路地裏からひびきはじめた十二弦ギターやホルンの音色なんかにうばわれていた。


 すると5メートルぐらいまえを回転しながらぴょんぴょん跳ねていたティファナが、ナイフ曲芸の準備をしていた大道芸人の背中にぶつかり、その反動で前かがみになった芸人が両手にもっていたナイフで目前の荷馬車の引き馬の尻をかるく切ってしまい、驚いた牡馬が前脚をふりあげながら大きな声でいななき、荷台がはげしいきしみをとどろかせながらひっくりかえりそうになった。


 荷台にはゼラニウムやひまわり、アンスリウムなどの花束がぎっしりならんでいたため、派手に花びらが舞い散る――。


 そのせいで一瞬、場が騒然とした。


 刃物芸人が怒声をあげたため、芸人の仲間たち(いずれもごろつき風)もどやどやでてきた。


 まったく――。

 ザウターは外套でかくしている大剣の束に手をかけながら駆け寄ったが、石だたみにあひるすわりをしたティファナが両手を合わせて「ごめんなさぁい」と上目づかいで謝罪したせいか、かんしゃくを起こしてあたまに血がのぼっていた連中も勢いをうしない、ちょうどそこに凶悪な目つきのザウターが追いついてきたこともあり、しぶしぶひきさがった。

「ふん、めでたい日だからな、しかたねぇ、ゆるしてやるよ――」


「うふふ……かわいいは最強だよね」

 騒動から少し離れたところでティファナが口に両手をそえて、むふむふと笑う。


 ザウターはため息をつく。

 あまり人目を引くのはよくない。

 二人が〈鹿の角団〉の頭目である以上、そんなことは注意されなくても留意してもらわなくてはこまるのだが、ティファナはいつも聞く耳をもたない。

 だれかの意見など馬の耳にねんぶつである。


「――馬がかわいそうだ」

 よって、ザウターはティファナの感傷をそそる辞づかいをした。


 長年ともにいることでティファナの気を惹く方法は心得ている。

 人間の迷惑よりも馬の尻が切れたことのほうが、ティファナのなかでは重大事にちがいないのだ。


 案の定、ティファナが目前に巨大な蜘蛛が降りてきたかのようにたじろぐ。

 そして迷子を確信した幼児のように、目のきわにじわっと涙をため、両手両脚をぴんとのばしてかたまる。

「ほんとうだ! どうしよう? なんてことだ……痛いじゃないか!」


 しかし、ふりむいてもさっきの馬車はもうみえなくなっていた。

 馬どころか、大道芸人たちですらすがたがうかがえないぐらい、人通りがどんどん増えてきている。


「それだけ反省すれば、馬もゆるしてくれるんじゃないか。そもそも、馬の尻の痛覚はそれほど発達してないと聞く。びっくりさせただけだろう」

 ザウターが口角をあげると、ティファナは10秒ぐらい頚を右にかたむけ、左にかたむけしながら熟慮して、「ありがとう」とつぶやいた。

 馬に向けたものだろう。


 二人が所属する裏組織〈鹿の角団〉は大陸随一の盗賊団であり、王都を光とするとまさに闇の部分をつかさどる地下社会のかなめといえた。

 じっさい裏組織と呼ばれるが、組織系統ふくめ王都には形式的に認知されており、きわめて広域的で規模も大きく、構成員の数も多く、世間においてその名をしらない人はいないぐらいだった。


 ただし中核の機密性は非常に高く、謀反分子への対応は徹底しているため、雰囲気や外郭を語ることができる人がいても、それは曲がり角を折れた旅人のえりあしをとらえているようなもので、実体は影のようにつかみにくい。

 とかく幹部クラスになると謎も多い。

 有名だけれど、よくわからない――それが〈鹿の角団〉のありかただった。


 盗賊団連合においても独立した権限をもつ機関であり、きわめて強い政治力や洗練性をもちあわせた組織でもある。

 団員にはもともと諸国の中枢機関に席を置いていたような人物も多い。


 入団条件は特定の分野に秀でた技能や能力をもつことだけだった。

 そのため勧誘やひきぬきによって、さまざまな背景を出自にもつ人物たちが集まっている。


 ザウターやティファナのように才能を見いだされることで幼少期から在籍している者も少なくない。

 所属と同時に過去は不問となり、互いに詮索や過干渉しない暗黙の了解があるため、団員同士が理解しあうようなこともあまりない。

 鉄則を守ることだけが要求されるだけだった。


 じっさい、二人を団内にみちびいた幹部の一人であるハーマンシュタイン卿も、ザウターがもつ印象は「孤高」のひとことだった。

 ほかの団員だったり、ザウターやティファナなんかがそばにいたとしても、いつでもまるで世界に一羽だけ生き残った鳥のような目つきをしていた。


 そして孤高の単語が示すとおり、ハーマンシュタイン卿は独断で、今般の〈伝説の宝石〉のかけら収集を開始した。

 春さき、私設の軍勢を率いて沙漠の国を侵略し、大陸に6つの断片として存在している宝石のかけらのひとつ――〈沙漠の花〉を強奪したのである。


 そこに〈鹿の角団〉の総長や幹部たちの賛同はない。

 急襲だったため沙漠の国への宣戦布告も当然なく、沙漠の国の軍勢や市民はハーマンシュタイン軍によって、王族もふくめて根絶やしにされることとなった。

 その戦闘においてザウターとティファナが主要な役割を担ったのはいうまでもない。


 よって、ハーマンシュタイン卿、そしてザウターとティファナは(まだ公的に判断されたわけではないが)王都をふくめた諸国からはおたずね者であり、そして身内の〈鹿の角団〉においても組織内の鉄則をやぶった謀反者となる可能性があるため、あまり人目につくのは好ましくないのである。


 もっともハーマンシュタイン卿はすでに行動直前に〈鹿の角団〉から離団する意向をつたえていたこともあり、一般の団員たちからは、いまのところ敬遠されてはいない。

 団上層部もあつかいに苦慮しているのか、いまだ処遇がつたわってこないうえ、それが可能かどうかはべつとしても、数でもって拘束してくるようなこともない。


 これまでの功績や卿の存在の大きさゆえか、一般団員たちはどちらかといえばまだ味方という態度で接してくる。

 沙漠の国がどうなろうが関係ないと考える団員も多いのだろう。


 それでも団上層部にハーマンシュタイン卿を擁護する心算がなければ(おそらくないだろうが)、ザウターたちもこのままずっと平穏無事ということはないだろう。

 〈鹿の角団〉が諸国との関係修復をこころみるために、突然首謀者たちを捕縛して、罪人として王都にひきわたすといったことも考えられなくはないのである。


 とにかく、ザウターはティファナをともなって、いち早くハーマンシュタイン卿のもとへ合流したかった。

 ザウターの第六感は昔からよく当たるのだが、あまり時間がないと予感していた。


 しかし、二人で命からがら〈はずれの港町〉から内海を通過して王都へたどりついても、卿の命令は(使者を介しての伝言で)「建国祝祭初日の黄昏時までかくれていろ」だった。


 入手した宝石のかけら――〈荒城の月〉と〈湖面の蝶〉はすでに使者を通じて卿にひきわたしてある。

 卿の性格をかんがみると、諸手をひろげて歓待されることはないのだろうが、顔を合わせることもなく、ねぎらいの言葉もなく、ただじっとしていろというのは少し冷たい気もしたが、ザウターたちには命令に逆らうなどという選択肢はないため、今朝までずっとかくれがを点々としてどぶねずみのように息を殺していた。


 その間、数人の団関係者以外とは口も聞いていない。

 街道をあゆむティファナが解放感で浮かれているのはそのせいもあるだろう。


「――ねぇ、日暮れまでデートでいいんでしょ?」

 ふとみると、ティファナがふりむいて目を大きくさせている。


「ああ、まァ、うろつくぐらいは問題ないだろう。この混雑ぶりなら――」


「やった! お店もいっぱいだから、なんだか楽しいね!」


「人ごみは好かない」

 ザウターは率直に応えたが、ティファナは聞いていないようだ。


「とりあえず、帽子を買ってほしいなぁ。知らないうちになくなってたから、ずっとほしかったんだよ」

 ティファナがにこにこしながらうねうね身をよじる。

 それに合わせて、リボンでひとつのまとめられた長い髪が流れるようにゆれた。


 そういえばティファナのトレードマークだった三角帽子は内海の荒波にさらわれてしまった。

 連続する奇怪な現象をくぐりぬけ内海をわたってから二週間以上経つが、当時の体験はいまだに夢のようでザウターはときどきふしぎな気持ちになる。

 あのときはティファナのマジックハットに気をつかっている余裕などまったくなかった――。


「もう少しシックな帽子にしたほうがいいんじゃないか?」

 やはりいかにも魔女を体現しているような大きな三角帽子は悪めだちしてしまうのではないか。


 ザウターの問いかけに、ティファナはぷっくり頬をふくらませた。

「わかってないなぁ、あれがないと私が私じゃないんだよ?」


「……そうか、悪かった」ザウターは議論を避けた。どうせ理屈ではないのだ。「中央第二広場から左手に折れた通り沿いに老舗の帽子屋があったな、そこにいってみるか」


 ザウターの提案に、ティファナがむくれたまま瞳を大きくしてかがやかせた。

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― 新着の感想 ―
[一言] かわいいは最強! かわいいは最強! かわいいは最強! ティファナちゃん今のとこ推しです! また少しずつお邪魔させて頂きます!
[一言] やっぱりティファナちゃんは最高です。
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