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銀の風ファンタジア ~孤独な炎の生と死の幻想~  作者: 坂本悠
名まえを失くしたとわの国
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37 騎士の本懐

 周辺の蒼然とした林から大量の鳥がとびたった。

 同時に轟音とはげしいゆれがつづき、まわりにいた騎士たちも動揺する。

 もちろん先頭にいたバレンツエラも例外ではない。

 

 そしてなにが起こったのか把握するまえに、はるか城下街の上空でつぎつぎと花火が散りはじめた。

 ドンドンと太鼓のような重い音が身体にひびく。

 安眠できないことを確信した残りの鳥たちが、林からとびだして、明滅をくりかえす夜空を黒い大きな影のかたまりとなってとんでいく――。


「副団長、宝物庫を確認すべきでは?」副団長補佐のマーテルが指摘してくる。


 角刈りで筋肉質のバレンツエラとは対照的な、女性のようなつややかな長髪の俗にいうやさ男だが、とても切れ者の青年だった。

 かぶとにつけられた羽根飾りさえも誇らしげにみえる。


「そうだな、行こう――」

 それは、バレンツエラの脳裏によぎったことでもある。

 

 バレンツエラが率いるのは、白盾騎士団より精選された警備隊だった。

 団長クラウスは枢機院本部に身をおき、王都全域の防衛をつかさどっているため、宝物庫を堅守する役割はバレンツエラに一任されたのである。

 〈鹿の角団〉残党による〈伝説の宝石〉のかけら――〈光芒〉の奪取をふせぐのが目的だった。

 〈伝説の宝石〉に関するところの詳細はよくわからないが、新任直後に重責がかかってきたことはバレンツエラにもわかっていた。


 当初は中心街から宝物庫にいたる街道を集中的に検閲していたが、遭遇するのは同様の役割をになった警備兵たちや派遣されてきた〈魔導院〉の魔法使いたちばかりで、ときどき通る祝祭参加者にも不審人物は見当たらなかったため、隊を分けて少しエリアを拡大して哨戒していたのだった。


 宝物庫は独立した施設であり、ほかの機関から一定の距離を保たれているため、宝物庫だけを警備するのは単純作業なのだが、それゆえに疑念が募ってしまい、それが焦りにつながるところもあった。

 出現するかどうかわからない敵をただ待っているというのも忍耐力を要するし、難しいことなのである。

 

 宝物庫が林や沼などにかこまれているところもネックだった。

 視界はそれほどわるくないが、周辺に潜むことのできる箇所が多いため、警備する側からすると気がかりになってしまう。

 

 当然、宝物庫にも小隊は残していた。

 もし異常があれば呼び笛等の伝令があるはずだがそれもなかった。


 のちのち寄せられた隊員の報告書には、宝物庫に待機していた騎士の数名が(猛禽類と思われる)鳥の大きな鳴き声を何度か聞いていたという記載があったが、それだけでは呼びだし伝令のきっかけにはならないことは明白だった――。


 そして、地響きにみちびかれ、宝物庫に駆けつけたバレンツエラ隊は、防護壁が倒壊しているさまをみて呆然としてしまった。

 くずれた壁に巻きこまれることで負傷している騎士が数名でているようだった。


 バレンツエラはすぐに救助を命令する。

 城下街上空で連続花火がうちあげられることで、現場周辺が定期的に照らされ、白くうかびあがる壁片がどこか幻惑的だった。

 

 周辺いったいにぶきみな影法師のようなものがみえたり、羽根のはえた小人のようなものがみえかくれしたりしている。


「どうやら大きな魔法が使用されたようです。魔力の残滓が境界をあいまいにしているんですよ」


 呆然としているバレンツエラにマーテルが話しかけてきた。


「ふだんは私たちにとって不可視の妖精や精霊たちも、闇のベールを剥がされてしまっているんです。私たちはいま特殊な状況下にいます。魔法使いたちが精神感応の能力でようやくのぞくことができるような世界に」


「賊のしわざなのだろうな……」バレンツエラの感嘆に、「そのとおりです」とマーテルが答えた。


 のちの〈魔導院〉の報告書で、外壁がくずれる直前にとてつもない魔力の高まりが宝物庫裏手からたちのぼり、それが牧師マイニエリの裏づけで精霊王召喚によるものだと認定されたが、そのときバレンツエラは若干の既知感をおぼえずにはいられなかった。

 なぜならバレンツエラは枢機院所属の調査員時代に、内海にて精霊王に類する超越的存在に接触したことがあったからである。


「賊は施設のなかにいるはずです。追いつめましょう」マーテルは腰にさげた剣を鞘からぬき、宝物庫にむけてしならせる。


「待て、敵が首魁一人とはかぎらない。施設の包囲もそうだが、陣形をもう一度ととのえて周辺や街道をかためるんだ」

 バレンツエラは胸の息をはく。

 リーダーが勇み足になってはいけない。


 バレンツエラの命令に応えて、マーテルが隊員に指示をだし、数名が伝令のために駆けていく。


 バレンツエラ隊はそのまま宝物庫の正面――入口扉に向かった。

 

 正面扉は若干の文様が描かれた鉄製の両開きの引き戸だった。


「あの引き戸の奥に開き戸があり、内部につながっています」マーテルが説明してきた。「もちろん施錠されていますよ。引き戸には水の国のセコイアの巨木を成形加工したかんぬきがかけられていて、加工のさい〈魔導院〉にて神聖文字を用いた封印魔法がかけられているそうです。開き戸は定期的に交換されますが、現在は火の国の銀鉱産の純度の高い銀細工による特殊なシリンダー錠がつけられているとか」


 バレンツエラは構造が理解できたわけではないが、厳重に管理されていることはわかるので首肯した。

 並みの魔法使いや盗賊では門前払いを喰わされるレベルなのだろう。


 だが――。バレンツエラは扉を凝視する。


 扉は閉まっているし、その重厚感からすると過去一度として開いたことはないといったたたずまいだったが、賊はすでに侵入しているのだという。それも守衛役たちの監視の目をくぐって――。


「内部はそれほど広くないだろうから、私とマーテルほか三人の合計5名でいこう」バレンツエラは背負っていた白盾を左手にもちかえた。


「副団長になにかあると、指揮系統に影響がでますが――」マーテルが目を細める。


「王都の騎士たちはいかなる状況にも対応しなければなるまい」バレンツエラはにんまり笑う。「優秀な組織はリーダーの不在など気にすべきではないよ」


 マーテルは眉をひそめる。「組織は組織です。騎士として序列を否定するような発言は感心しません」


「ふふ、まじめだな。かつての私の部下とは正反対だ」バレンツエラは鼻腔をふくらませる。


「序列は君主制の基盤です」


「うむ、悪かった。しかし、すすんでわが身を危険にさらそうという発想ではないのだよ」バレンツエラは降参する。「状況をかんがみれば、ここで見張っていても施設に押し入っても、危険性はさほど変わらない。賊はだれにも気づかれないまま防護壁を落とすような手だれだ。〈鹿の角団〉の幹部としても特殊な地位にいたようだしな。くわえて、私だって命は大事だ。たぶん、なによりも大事」


 バレンツエラが両目を大きくしておどけると、マーテルは両目を大きくしてあきれた。「騎士の本懐を失念しておられるようですね」


「私が生きるべきなのか死ぬべきなのかわからない意見だな。しかし組織運営のために生存しなければならない副団長の役割と、国王陛下のために命を捧げるべきという騎士の本懐は矛盾するのではないかね」


 バレンツエラがせきばらいすると、マーテルは微笑した。


「いいえ、少しも。騎士の本懐は生きても地獄、死んでも地獄の無限の試練です」


 バレンツエラもほほえむ。


「なるほど、責任とはそういうものだろうな……よし、責任の意味は理解した。ならば、私が陣頭指揮でもかまわないだろう。序列でいえば私の補佐はマーテルなのだから、私になにかあったらよろしく頼むよ」


「それは承知しますが、陣形はV字かダイヤモンドを推奨します。副団長は中心に。副団長にはなるべく生き残って苦しんでいただかなければ」


「ふむ、良いアイデアだ――」


 バレンツエラは精鋭をえらび、もう一度正面扉をみる。


 ちいさな施設が、まるで巨大な要塞のような圧迫感をただよわせていた。

 上空の花火の光を照りかえして、一瞬だけかまえた盾がかがやく。

 それに浮かびあがる騎士たちの顔は、まるで偉大な彫刻師の手による石膏群像のようだった――。

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