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銀の風ファンタジア ~孤独な炎の生と死の幻想~  作者: 坂本悠
名まえを失くしたとわの国
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33 牧師の回想と想像(第三楽章佳境)

 楽師ギュスターヴの新交響曲第三楽章が佳境にさしかかるなか、マイニエリは昼すぎ、〈魔導院〉の自室にて、愛弟子シャトレと会話したことをなんとなく思いだしていた。


 ――パティとフリーダに先んじて〈星のふる丘の街〉の絵画のまえにたち、町長の依頼によって枢機院から派遣された医師ランディにともなって、シャトレが熱病に冒された女の子を診察にいったときの意見を聞いた。


「風土病と予想される高熱で病原は不明」という報告書はななめ読みしていたので、事実ではなくシャトレの感想である。


「――原因がわからないせいもあって処置が難しいですね。単純ですがつよい症状なので医師の魔法にもとづく薬品や薬草も気休めにしかなりません」シャトレはめがねをくいっとあげる。「風土病でかたづけるにはちょっと」


「なぞの熱病ねぇ……よくない兆候だな。まァ、沈まない月の土地だからね」マイニエリは目を細める。「なにがあってもふしぎではないかもしれないが」


「はい? でも、草原の国の特定の地域が有病地だと認定されたことはないですよね?」


「呪縛が関係してるのかもしれないねぇ……」マイニエリはみずからのもみあげをいじる。

 シャトレの視線を感じたが、マイニエリが渋面だったせいか問いただしてこなかった。


「ただ仮に病原が特定できたり、平癒したとしても、少女をめぐる問題が解決したかどうかもわかりません……」シャトレがつぶやいたので、今度はマイニエリがシャトレの横顔をみつめることになった。

 めがねのレンズがランプのうすあかりを反射してその瞳をかくす。


「そもそも熱病の問題でもないのかもしれません――少女の様態に、住民たちの幼なじみに対する偏見が大きく関与しているようにも思えたので……」シャトレの声はだんだん尻つぼみになる。


「患者の身体の救済というのが先決事項ではあるが……」マイニエリは口をすぼめる。「それもまァ、風土病の一種かもしれないな」


「心の問題だとも……こういうと安易かもしれませんが、自責の念というか、少女にはまるで自分だけの根治を拒んでいるかのような感覚を私は覚えました」


「ふぅむ」


「そんなことはないのでしょうが、それほどの葛藤をかかえていたように思えます……」


「――まァ、治ろうとしないものは治らないだろうね。それに……時が経つということは、もとにもどらないという意味でもあるからな」


 マイニエリがつぶやいたが、シャトレは思案に暮れているようだった。

 世の中には、時として理解のおよびにくい考えかたというものがある。

 だれもが――当人さえも、それがあやまちだと気づいていても、その選択をせざるをえないということがありえるのだ。

 マイニエリは長い人生のなかで、シャトレ以上にそういう局面を多くみてきた。

 

 ふと、フリーダとパティの話し声がうしろで聞こえた。

 二人はマイニエリとシャトレのあとを追うように風景画を鑑賞している。

 いまは沙漠の国のキャラバンの画のまえにいるようだ。

 

 マイニエリはため息をつく。

 沙漠の国問題もまたそうかもしれない。


 沙漠の国が襲撃されてから約一週間後、マイニエリは中央議会より依頼されたことで調査隊として現地へ赴いた。

 私見では、〈鹿の角団〉のハーマンシュタインが侵略にたずさわっていることはうたがいようがなかった。

 国宝とされていた〈伝説の宝石〉――〈沙漠の花〉が略奪されていたことだけが断定の要因ではない。


 大河沿いに興された城郭都市は、長さ10メートルの深い環濠と、総延長10キロにおよぶレンガの城壁にかこまれていた。

 東西南北に配置された城門は、はね橋を利用して通る構造になっている。

 近年それは外敵を想定したものではなく、むしろ防風防砂を主たる目的としたものだったが、その圧倒的なたたずまいが国家としての威厳をたもつという利便性をもっていた。

 

 城壁には複数の望楼や尖塔が配置され、警備も充分におこなわれていたはずだが、調査隊がまのあたりにしたのは、壊滅した伯爵都の残骸だった。

 ところどころ砂塵にまかれた黒煙があがっていることをのぞけば、まるでだれもしらない古代都市の遺跡といった様相をしていた。

 焼け焦げた匂いや、耳や目にさえ入ってくる細かい風砂がみょうに現実感をもっていた。

 

 一気になぎたおされた西側の城郭が、濠のなかに沈んでいた。

 濠を埋めるようにレンガがうずたかく積もっている。


 石山の高台からだとそれがよくうかがえた。

 となりでおなじく調査隊の白盾騎士団団長クラウスが「まるで夢の光景だ……それも悪夢というより、むしろ童心のみる荒唐無稽な夢だ」とこぼし、呆然としていた。


 それもまた答えのひとつかもしれんな――マイニエリはつぶやいた。

 

 大城壁を崩落させた方法について、調査隊のだれもが首をかしげたが、マイニエリにはすぐ想像がついた。

 マイニエリの目にはそこかしこに、本来は不可視のはずの風の妖精たちがとまどい、さまよい、うろたえているのがみえたからだった。

 あるべき境界線があいまいになっている。

 そういった「縁」の乱れが生じる要因は精霊力のもつれである。

 本来なら耳をすませば聞こえてくるはずの大地の小人たちのささやきさえも皆無だった。


 ハーマンシュタインは〈鹿の角団〉が所有していた〈支配の冠〉をもちいて精霊王をあやつり、城壁を崩壊させたのだ。

 土の獣を召喚し、大地震動を起こしたにちがいない。

 むしろ、みずからをハーマンシュタインだと仮定すれば、それしか考えられなかった。(マイニエリは盗賊団の所蔵財宝リストを把握していたし、なにより後日、当人からそれらについて言質を得ることになる)。


 それでもマイニエリからすれば、技法や手立ての問題でもない。

 ハーマンシュタインならあまたの選択肢があるだろうし、どんな選択をしても完遂が可能だろう。

 王都では不祥事のように騒がれているし、じっさいそういう側面も大きいだろうが、ハーマンシュタインはそこまで気にしないはずだ。

 〈鹿の角団〉の一員であることは、この騒乱には関係ないとみているだろうから。

 

 沙漠の国を攻撃した理由は、そこが地形上、他国から独立していたことも要因かもしれない。

 もっとわかりやすい解釈もあるのかもしれないが、ハーマンシュタインのひととなりを思えば、理由は無数に考えられる。

 

 問題視されるべき要点は、沙漠の国の民を虐殺したところだが、それは率いた軍勢が事前に徴用された非正規軍(無法者で構成された傭兵団)だったことが大きいだろう。


 〈鹿の角団〉だけではむしろ、そうはならない。

 盗賊団なら事後を考慮した行動をとるので、あまり派手な破壊工作はしない。

 〈支配の冠〉もそうだが、〈太古の遺産〉と呼ばれるべつのマジックアイテム等を駆使した野獣や妖魔といったものも傭兵団におりまぜたにちがいない。

 腹心に召喚士がいるという情報もある。


 沙漠の国の民たちからすれば、まるで悪魔の軍団が攻めこんできたようにみえたのではないだろうか――。


「それだけならまだ抵抗する方法もあるかもしれないがね……」マイニエリはつぶやく。「あの男はとめようがない――ギフトに恵まれすぎているからなァ」


 シャトレが「はい?」と訊ねたものの、師が返事をしないので口をつぐむ。


 マイニエリは、シャトレが横目でみずからをみつめていることがわかったが、それでもつづきは話さず、ハーマンシュタイン率いる軍勢による沙漠の国の夜襲の情景を思い描いていた。

 その想像絶する破壊を――。

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