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銀の風ファンタジア ~孤独な炎の生と死の幻想~  作者: 坂本悠
名まえを失くしたとわの国
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30 詩的な雨だれ

 アルバートは宮廷道化師コパンをまえにして、半生をふりかえっていた。

 ――幼少期までさかのぼってみたが、生まれつき身体が弱かったせいもあり、あまり城外にでた記憶がない。


 沙漠の国は国土の大半が砂漠だったが、日照時間がとくべつ長いとか、年間降雨量が極端に少ないといったことはない。

 地質的な問題や気象状況によるものではなく、大地の精霊力に起因した現象だということは幼い頃に学んだ。


 砂だらけの大地の生成が日照や気温、乾燥といった気象条件によってのみもたらされるのではないということが、アルバートにはふしぎでならなかった。やがて慣れて気にしなくなってしまったけれど。

 他国や西方が関係しているという研究があるとのことだったが、その論文は当時のアルバートには難解すぎて理解できなかった。

 

 読書は好きだった。それ以外がだいたい苦手だったこともある。

 自分の居心地よりも相手との調和を重要視してしまう道化的な性格もあいまって、対人関係で問題を起こすことはなかったが、そのぶん一人が好きだった。


 同世代の子どもが周囲にあまりいなかったことも大きいだろう。

 物心ついたときには絵本を読み漁っていたし、だんだんと図鑑にも夢中になった。思春期を迎えると歴史書や地理誌といったものにも関心をもった。


 国王レヴァス四世――父親は神話や英雄譚、君主論、政治外交史といった書物に興味をもってもらいたかったようだが、セラ王妃――母親はアルバートの自主性を重んじてくれるよう、つねに配慮してくれたのだという。

 これは旅立ち後にディレンツァから聞いた話である。


 身体を動かすことは単独種目であれ、集団競技であれまったくもって不得手だったため、自然と空想的な趣味をもつ傾向があった。

 領内の砂漠の部族には総合格闘技をならう伝統があり、その競技会を視察したりもしたが、アルバートはそのはげしさに臆してしまい、試合光景を直視することさえできなかった。

 殴られた闘士が鼻血をだしているだけで、自分の鼻が痛くなったりした。

 

 芸術系の習いごともひととおり体験したけれど、ひとつも身にならなかった。

 いつまで経っても楽器をうまく弾けるようにはならなかったし、なかなかの音痴だし、踊れば足がもつれたし、記憶力もさほどすぐれてはおらず、作文もあまり得意ではなかった。画も苦手だったし、そもそもセンスがなかった。


 執事や従者だけでなくメイドたちですら、必要以上にアルバートを気づかっているのがわかった。

 その「やさしさ」はまわりの人たちが意図しないところで、アルバートのなかに劣等感をうんだ。

 自信のなさは失敗をうみ、失敗はさらにアルバートから自信をうばった。


 なけなしの自尊心は、やがて半笑いにつながった。

 アルバートは困ったときいつでも、半笑いをうかべるようになった。

 

 あまりいい性質とはいえなかったが、結果的にアルバートの折衝力を向上させる要素にはなったので、少なくともセラ王妃はそれでいいと考えていた。

 生きぬくことさえできるなら、それがどんな能力でもかまわないと王妃は判断していたのである。王子であるまえに人間なのだから。


 小心翼々として怯弱な性格は反感も買っただろうし、国民からのそしりも多かったと思われる。

 それでもアルバートの耳に、それは入ってこなかった。

 大衆のまえにでる機会がそれほどなかったせいもあるだろうが、アルバートはすでに自分のなかにある多くの劣弱意識や被害妄想でせいいっぱいだったので、ありがたいことだったといえる。


 自己の内面と葛藤していたぶん、成人以降はとくに両親と親しげに接触した記憶がない。

 母親ともめったに私情は交わさなかったが、父親とは皆無といっていいほど私的な会話がなかった。


 父親からの「どういうふうになれ」との要望もなかったし、アルバートが「どういうふうになりたい」と主張することもなかった。

 母親が選んだ教師や専門家たちによって基礎教養や礼儀作法は教わったけれど、それ以外のいわゆる家族ならではのやりとりはなかったのである。


 王族なのだから当然なのかもしれない――あとあとアルバートはそう思ったりした。

 アルバートの目に映る両親は、国民が仰ぎみるすがたと大差なかったのである。

 

 ――回想しても、あまりおもしろい話はでてこない。

 語り口調などの問題もあるかもしれないが、繊細で傷つきやすい内面は、いついかなるときのできごとも笑い話に変えてくれないようだ。


 しかもアルバートは幼少期の自分について話しているとき、遠い時代のエピソードだと認識しているにもかかわらず、あまり客観的にはとらえられずにいた。

 かさぶたをいじっているような気持ちに、心がどこかびくびくしていた。

 それでもアルバートの独白に、道化師コパンはにこにこと笑みを絶やさなかった。


 外出も公務ばかりだった。国王の代役として領内の町や集落をたずね歩いたり、そこで式典に参加したりすることが主だった。

 やはり緊張によって細かい失敗をしてしまうことが多かったため、良い思い出はさほどない。


 時折、城郭都周辺の砂漠を騎士団員にみちびかれて周遊したり、資本整備担当者らと灌漑事業を視察することなどもあり、そういった社会見学は楽しかったけれど、そうした経験をした夜にかぎって、熱をだして寝込んだりした。


 砂漠には多くの変わった生物がいて、たとえばすり鉢状のくぼみをつくる巨大かげろうが完全変態するさまに興奮し、そのせいか夜になって知恵熱がでるといった具合だった。

 良いことと悪いことがセットで起こるため、語れば語るほどうんざりしてくるのである。


「まぁ、ものごとの良し悪しは紙一重な部分もあると思うよ、光と影みたいにね。どっちが良しで、どっちが悪しのたとえなのかは、ひみつ」コパンは眉間にしわをよせて、ふむふむとうなずく。「掛け値なしに好きになるものなんてあんまりないかもしれないしね。ぼくは王子が極端に屈折してるとは思わないよ」


「はぁ、どうも」


「自意識は高いかもしれないけどね。でも、王子は王子だからそれでいいさ」


「はぁ、すみません」アルバートはあたまをぽりぽりかく。


 ひょこひょこ小躍りするコパンにうながされて、アルバートは思いつくまま話していたのだが、思いのほか自分自身については上手に話せないことに気づいた。


「好きなものっていえば、雨だれが好きでした」アルバートはふと思いだす。


 コパンは目を大きくする。「?」という意味だろう。


「ちいさいときからベッドのなかにいて、昼でも夜でも静かなときに、急に雨がふってきたりして――の、たとえば雨季なんかにですけど」アルバートは説明する。「知らないうちに雨がふってきて、それが屋根をたたいたり、雨樋を流れていったりする音が、目を閉じているとよく聞こえたんですよ」


 アルバートは瞑目する。ベッドでそうしていたように。


「なんていうか幼心に、そういう自然の壮大さみたいなものが好きだったんだと思います」


 コパンは「へぇ」と感嘆する。そして、身をよじる。「嵐の晩にどきどきするのとおなじなんだとしたら同調できなくもないよ。まぁ、あれかな、王子は一人で過ごしているときの印象がつよいってことなのかな」


 アルバートは「そうかもしれないですね」とうなずく。


 コパンは一瞬真顔になったが、すぐに相好をくずした。「でも、王子はひとりぼっちだったわけじゃないからね、ぜったいに。どれだけ一人で部屋にこもってたとしても」


 まるでずっと監視でもしていたかのような言いぐさである。


「好きなものは雨だれっていえば、詩的でいいと思うけどね、王子はきっと忘れていることがいっぱいあるんだよ」コパンはゆびをはじく。

 小気味いい音が宮殿内にひびく。


「――さて、冴えない少年時代はなんとなくわかったから、もう少し歴史を進めてみてほしい。ずっとぱっとしないままなんだとしても、王子の物語はきらいじゃないよ。なんだか、とりとめがないぶんうそがないし、じまん話がないのもいい」


「はぁ……」きっとばかにされてもいるのだろうが、アルバートは昔からその手のそしりは気にならないたちだった。

 コパンがウィンクしてくる。

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