29 死せる王国(第三楽章つづき)
詩人アルフォンスの瞑目の世界では、挿話的な山羊のあたまをもつ悪魔たちに侵略されることで、架空の小国が滅亡へと向かっていた。
それは楽師ギュスターヴがタクトをふるう交響曲の第三楽章が佳境にさしかかっていることを意味している。
まるでつむじ風に巻かれている木の葉のように、あるいは濁流に呑まれている流木のように、ギュスターヴの身体はゆれていた。
死にものぐるいの昆虫のようにもみえる。炎に焼かれているようにさえみえる。あるいは、焼かれているのかもしれない。
おなじことだろうね――詩人のとなりで牧師マイニエリはそんなことを思った。
そして――アルフォンスの空想の国では、国王の決断がせまっていた。
悪魔の軍勢による侵攻は冷酷にして残虐であり、それはまるで天災を思わせる無慈悲さだった。
国王はしずく型の宝石を右手にのせて、その球面をみつめていた。
その宝石のもつ莫大な魔力によって――すべては無に還る。
宝石になぜそんな途方もないちからが秘められているのか、国王には知るよしもない。
ただ長いあいだ隠匿されてきた伝説だった。だから、ほんとうかどうかがわからない。
それでもその宝石に映る自分の顔をみつめていると、それが「ほんとうであるにちがいない」という確信に鼓動が昂ぶってくるのだった。
すべてが無に還る――いずれ悪魔たちによって蹂躙されて国家が滅亡するのであれば、それはおなじこと――いや、惨殺される市民たちを痛みや恐怖から救うという意味では、決しておなじではない。
国をうしなえども、多くの魂が救済されるのだ。
国王は宝石の台座をにぎりしめると、宝物庫の出口まで早足で歩いた。
ドアを開け放ち、回廊をぬけて、砂けむりと炎の匂いにつつまれた野外にでる――。
阿鼻叫喚の光景が目前にひろがった。
すぐ近くに悪魔がいる。
竜に似た獣にまたがった天使のような悪魔だった。
過去と未来を見通すといわれる悪魔の大侯爵である。
竜に似た獣が、地面にたおれている騎士の死体に近寄ると、一瞬でその頚を食いちぎった。騎士のあたまは丸呑みにされ、むくろからは鮮血がとびちる。
天使然とした悪魔はにたりと笑い、国王をみた。
竜に似た獣のたえがたい口臭がただよってくるが、国王は毅然として目をそらさず、表情ひとつ変えなかった。
悪魔は不機嫌そうに目を細める。
そして、手づなをあやつるようにして竜に似た獣を国王に向けた。
すると――つぎの瞬間には、竜に似た獣にのった悪魔がまるで疾風のように国王の目前にせまってきた。
まばたきする暇さえない急襲である。
竜に似た獣は、国王の全身を噛みくだかんと、牙だらけの大口を開けた――しかし、まさにそのとき、国王は天高く、手にしていた伝説の宝石をかかげた。
すべてが一瞬のできごとだった――。
宝石から放たれた魔力は、地面から芽生えたちいさな芽が、せつなにして無数の枝葉をひろげるように巨木へと成長し、やがて天までとどく世界をつかさどる樹へと変貌をとげるかのように膨張し、とてつもない光をともなって国王と悪魔をつつみこむ。
四方へと放出され、まき散らされる光は、まるで風に散らされる花びらのように、世界を覆いつくしていく――。
そして、ほかの悪魔や生き残っている国民たちが、突如たちのぼったその光の大樹の出現を視認した直後――あふれんばかりの光の環がちいさな王国を完全におおい満たした。
増殖した光はしばらくして、まるで凝縮した濃霧のような厚みをもつと、やがて光芒となって宙空へと解き放たれていった――。




