2 真夏のティーンエイジャー
その日は早朝から、稜線より入道雲がもくもくわきたち、晴れわたっていた。
そして展望台から群青色の空に、祝祭開催日を告げる合図として複数のかんしゃく玉がうちあげられた。
ポツポツとはじける炸裂音は、朝陽によってばら色に染まった城下街へと反響していき、それにともなって歯車がまわりだしたかのように街が動きだし、各広場や主要道路がにぎやかになっていった――。
展望台から街の様子を見おろしながら、パティはあくびをかみころす。
街路にたちならぶ円柱には、諸国とその主要機関と女神信仰教会の旗幟がつらなってむすばれており、それらのもとにさまざまな職業従事者たちが集まってきている。
通りに沿って露店が軒をつらね、老若男女問わず、国王マルサリス三世を祝福するためにおとずれた人々の笑顔がうかがえた。
「まだ眠たいわよね」親友のフリーダがにやりとしながらのぞきこんでくる。
パティはあわてて口もとに手をそえて、目を大きくする。
それをみてフリーダはさらに笑った。「かくそうとしなくていいわよ。みんな眠いんだから」
動物たちの飼育係で早起きに慣れているはずのパティでさえつらいのだから、まだまっくらなうちから叩き起こされた院生たちは全員まぶたが重いに決まっているのだ。
パティの相棒であるところの、ちょっと変わった小テナガザルのモカでさえ、パティの頚に巻きついて野性は少しも感じさせないぐらい熟睡している。
身体は20センチ、手足を伸ばしても40センチほどしかなく、茶色と白の体毛がふさふさしているため、傍目にみるとパティがまるでマフラーをしているようにみえた。
ただでさえ真夏だし、頚まわりや胸もとが暑くてこまるのだが、こればっかりはがまんするしかない。
「あと何発だっけ?」先輩のセルウェイがかんしゃく玉の打上筒を片手にかかげて、ふりむいてきた。
筒には〈デヴィッド機巧工房〉のロゴが貼られており、それは発明家ジョセフ・デヴィッドの考案した品物の証拠だった。
ジョセフはもともと火の国の島嶼海域にある島国の出身者で、いくぶん変わり者らしいが、多くの特許ももつ大人物だという。この打上筒も王都の買付品で高価なものだが、利便性に富んでいるし、機械じかけの構造物に弱いパティたちにも容易にあつかえた。
「何発でもいいだろ、玉がなくなるまでやればいいじゃないか」すると、べつの筒から玉を発射したばかりの(おなじく先輩の)ストックデイルが冷淡に即答し、筒からでるけむりを、うっとうしそうにはらいのける。
セルウェイがむっとする。「ぜんぶうっちゃったら、閉祭のときに使えないだろ」
「ふん、そんなことわかってて答えてるよ」ストックデイルはみだれた髪をなでつける。「おまえも、答えのわかっている質問をわざわざして、かまってもらおうとするなってことさ」
「うるさいな、おまえに訊いたんじゃないよ」セルウェイは苦手な同期をにらみつける。
ストックデイルはわずらわしそうに手をひらひらふり、背中をむける。「それじゃ女子の気は惹けないぜ」
この二人の男子は、根本的な性質がとても似ているところがあり、それゆえたがいに嫌悪感をいだきやすく、パティやフリーダはいつも二人の口げんかをみせられていた。
それこそパティが初対面のときからこの二人はいがみあっていて、それでもくされ縁で離れることがないからふしぎである。少なくともパティが〈魔導院〉をおとずれた8歳のときから、4年後のいまにいたるまでずっとこんな調子である。
二人とも一年先輩だが、ときどきそうみえないときがある。
「でも、もう街もざわざわしてきてるから、何発うとうがだれも気にしないと思うわね」フリーダが苦笑すると、セルウェイが不服そうに顔をゆがめる。「そもそもこんなものをオレたちが担当すること自体おかしいんだよ――」
「――それもわかってる話だろ」離れた場所からストックデイルが鼻をならした。
セルウェイは目を細めて、「うるさいやつだな、まったく」とうなる。
「おたがいさまだよ」ストックデイルはけらけら笑った。
パティとフリーダは顔を合わせて、深くため息をついた。
二人を放置すると、皮肉の応酬が永遠につづきそうである。
しかしセルウェイの憤慨はもっともであり、祝祭日を告げるかんしゃく玉のうちあげを、わざわざ〈魔導院〉の魔法使いたちが担当しなくてはならない理由はとくにない。
かんしゃく玉がまるで魔法のように大きな音をだす発明品なので、なんとなく魔法使いがとりあつかったほうがいいという便宜上の配慮がそこにあるだけなのだ。
「まぁ、傷の手当ては医師や薬師がしてくれたほうが安心できる、みたいなものよね」とフリーダは起きぬけに口をとがらせていた。
そのとおりなのだろうとパティも思う。
この采配は雰囲気づくりを意図しており、むしろそれだけが大事なのだろう。
〈デヴィッド機巧工房〉の責任者によると、打上筒には火薬や金属粉、砂なんかが入っているのだという。
それを思うと、本来は技術者たちが担当してくれたほうが安全面ではよいはずだ。
眠い目をこすりながら素人であるパティたちが火器をあつかうのはむしろ危険にちがいない。
「でも、初日の私たちの重要なお仕事ってこれだけでしょう? ある意味で、これってついてるわよ」フリーダが両手を合わせる。「門限もゆるいんだし、お祭りはやっぱり楽しまなきゃ! 広場とかには見世物なんかもくるんでしょう?」
「あんまりはしゃがないほうがいいぜ、師匠や先生たちの目もあるだろうし」セルウェイが冷静さをよそおいながらも、どこか興奮がかくせない様子でひとさし指をたてる。
すると「ふん、女子の目も教師の目も気にしてばっかりでたいへんな人生だな」とストックデイルが失笑する。
しかし、セルウェイもひるまない。「へっ、それは自分のことだろ!?」
二人の少年をみてからこちらをふりむいたフリーダの呆れ顔が、空腹のブルドッグみたいでおもしろかったので、パティは思わず噴きだしてしまった。ポニーテールに結んでいる髪がそれに合わせてゆれる。
盛夏、晴れわたる早朝――それも祭日の朝なのだから、なにかうれしい予感が胸にこみあげてくるのは当然だろう。
〈魔導院〉のティーンエイジャーたちのこころは抑えきれない期待に充ちあふれていた。




