27 あれやこれやの需要
メイドたちに手伝ってもらってコルセット風編みあげドレスを脱ぎ、無言だがみょうに威圧感のある執事に傷の手当てをしてもらったのち、給仕係に紅茶を淹れてもらい休憩を挟んだものの、ディレンツァと二人だとあまり話もはずまないため、ルイは予定どおり城下街にくりだすことを提案した。
宿舎には男女複数の使用人がいたが、よく教育されているせいか、生来の品の良さによるものか、雑談には申しわけ程度しかまざってこないため、窮屈に感じたせいもある。
「借りたドレスなんだけど、ぼろぼろになっちゃった。怒られちゃうね」とルイがお叱りをうけることを前提にして笑いかけると、「かたちあるものはいつか滅びるといいます」とメイドが目をふせてほほえみながらドレスをたたみ、「美しいものほど儚いものです」と老執事がティーカップを手渡してきた。
ルイはとまどいながらカップを受けとる。
そして、ディレンツァはそれをみながら無言で紅茶を飲むといった様子だった。
(お上品すぎるのも問題だわ……)
城下街の入口門まで徒歩3、40分といったところだったが、宿舎の執事がどうしても馬車をだすといって聞かないので乗せてもらうことにした。
馬車上でルイは腕組みする。「なんていうか、過保護だわ」
「そんなものだな」ディレンツァは表情ひとつ変えない。
「アルバート王子もこんな環境で育ったんだとしたら、頼りないのもうなずけるわね」
「そんなものだ」ディレンツァは顔色ひとつ変えない。
「私だったら堪えられないかも。鳥かごに閉じこめられたみたいに窮屈に感じてしまいそう。それってひねくれた発想かしら?」
「どうだろうな」
すると馭者(老執事)がふりかえる。「あんまり深く考えないことですよ」
「へぇ」ルイはふぬけた感じの返事をしてしまった。
「あんまり難しく考えないことです」馭者はにこにこしながらそうつづけた。
ディレンツァと目が合うと、「まぁ、そういうことだ」と、うなずいてきた。
ルイは口をへの字にする。
そうこうしているうちに、城下街の入口に到着した。
レンガ造のアーチ型をした門のところで馬車から降りると、二人の門兵が歩いてきた。
馭者が通行証をみせて身許確認をしたのち、ルイたちを紹介する。
「あら、念入りにチェックされるのね」ルイが驚く。「開催期間はこんなものなの?」
「いや、そんなことはないだろう」ディレンツァも若干いぶかる。「いくら建国祭とはいえ……」
「そうよね、すべての旅行者や参加者を確かめていたら、時間なんかいくらあっても足りないものね」
「個人の情報を集めたところで、そんなに迅速に照会もできないだろう。なにかほかの理由があるんじゃないか」ディレンツァが目を細める。
すると、門兵の一人(わりと老兵)が話しかけてきた。
「あんたら沙漠の国のお偉いさんらしいから教えてやるんだが、オレたちは主にそとにでていく連中を見張ってるんだよ」
「ほう……」ディレンツァがうなずいた。
しかしそれ以上つづけないので、ルイが訊ねる。「なんで?」
「なぜだと思うね?」老門兵は意地のわるい目をする。
ルイには想像しかできないが、〈魔導院〉の教師や王立劇場の支配人なんかはそんな目つきをしそうな気がした。
ルイがむっとすると、ディレンツァが冷静に話しかけた。
「侵入者を見張っているわけではないのだとしたら、すでに容疑者となっている人物の逃走をふせごうとしているのだろうな」
「ふむ、そのとおりだよ」
老門兵は腰のあたりで手をごそごそする。
ポケットをまさぐっているようだ。
異様なしぐさにルイは頚をかしげたが、ディレンツァはさっと煙草を一本差しだす。
「ああ、無愛想なのに気が利くんだな、にいちゃん」老門兵はにやりとして、右手のひとさし指と中指でつまんだ。「まぁ愛想がいいやつほど、押しつけがましいだけってのもあるから、オレはあんたぐらいのほうが好きだわ」
ディレンツァは無言のまま指さきをスライドさせて、老門兵のくわえた煙草に火をつける。
魔法を唱えたことにさえ気づかない早業だったが、老門兵はうんうんとうなずく。
「そうかぁ、あんた魔法使いか。そりゃたいしたもんだな――」
ルイは目を細めて鼻をくんくんする。
この老兵が酔っているのかではないかと勘ぐったのだが、どうもそれはなさそうである。
おそらくずっと、こういう接触スタンスで公職についてきたのだろう。
老門兵は煙草を大きく吸い、ぷかりとけむりを吐きだす。
「でも問題を起こしたのは〈魔導院〉らしいぞ。オレたち末端までは詳しくは報されていないがね」
「うそ、魔法使いがなにかしたの!?」
ルイは思わず叫んでしまったが、老門兵はゆっくりけむりを吐き、まるで真夜中に猫の奇声を聞いたときみたいに眉をしかめただけだった。
ディレンツァは無表情で老門兵をみている。
「魔法使いがやらかしたっていえば、まァそういうことになるのかね」老門兵は少しむせて咳をした。
「かんしゃく玉が鳴っただろう、明けがたに――」ルイはその時間帯に叩き起こされて、不快で不愉快のまま祝典の準備で大忙しだったから忘れるはずもない。「あれの残りがほぼすべて盗まれちまったらしいんだな」
「ほう――」ディレンツァの目が数ミリだけ大きくなった(気がする)。
「公費で買いとったものだが、まァあれは貴重品なんだな。火薬としてもかなりの量になるし、ぜんぶあわせれば竜もぶっとばせるとかいう噂もあるぐらいだし……だれもそんな光景みたことはないけどな」
老門兵はクククと笑いながら、竜みたいに口のきわから白煙をもらす。
「〈デヴィッド機巧工房〉という事業者の手によるもので、性能もさることながら安全性と操作性にすぐれていると聞く」ディレンツァがルイをみる。「モレロが余興に使用していたように思うが――」
「え、あの人たちが犯人なの?」ルイがびっくりすると、「残りのほぼすべてといえばかなりの数だろう。そうたやすく盗めるとは思えないな。かれらの演劇では、ほんの数発しか利用しなかったから、おそらくほかにも盗人がいるんだろう」とディレンツァが小声で応える。
老門兵は嘆息する。「のちのち、桟橋では花火大会も予定されているし、競馬をはじめ各種競技会なんかも目白押しだからな。あれやこれや需要があって、それにあわせて入荷していたらしいが、とりあえず展望台にあったかんしゃく玉は全滅らしい」
「でも、けっこうな数があって、そとへ運びだそうとしているなら、荷馬車か運河の利用しかないんだろうから、そんなの目の前を通過すれば一目瞭然じゃないの?」ルイはディレンツァに訊ねたが、老門兵が「ああ、ようやく建設的なご意見だな、ねえちゃん」とうなずく。「そのほうが魅力的だぜ」
ルイはむっとする。老門兵はクククと笑う。「でも王国民のしもべたるわれわれは、万が一の可能性も踏まえて、こういう検閲をしなければならないんだな」
「万が一って……」ルイは表情をゆがめる。「盗まれたかんしゃく玉が100個だったとしたら、100人が1個ずつかくしもって逃げてるみたいなこと?」
「そいつはいい可能性だな、ねえちゃん、惚れそうだ」老門兵はウィンクする。「あんた公職に就けるぜ」
ルイは観念してディレンツァをみる。
「しらみつぶししかないってことだ」ディレンツァはルイをみてうなずいた。
「二人ともまともな目をもってそうだから、大丈夫そうだな」老門兵は吸いさしの煙草を掘りに捨てる。「まァ、かんしゃく玉なんてどうでもいいことだ。夜の街は大爆発するぐらい盛りあがってるだろうから楽しんでいってくれよ――」




