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銀の風ファンタジア ~孤独な炎の生と死の幻想~  作者: 坂本悠
名まえを失くしたとわの国
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24 まるごと全部の意外性

 すると、そこにフリーダがもどってきた。

 トレイをもっていて、木苺のジュースのカップがふたつと、大きめのメープルシロップパンが載っている。

「ん、どうしたの?」


「お! パティのお友だちかな? すばらしい、類は友を呼ぶ!」


 ダグラスが両手をすりあわせて両目を見開いたので、正常な反応としてフリーダが露骨に警戒心を顔にうかべた。


「素直にかわいいっていえばいいでしょ。基本的に気持ち悪いのよ」ステファンがあきれる。


 フリーダが二人をきょろきょろみているので、パティは「このあいだの人魚のお仕事でお世話になった枢機院の隊員さんたちだよ」と紹介する。


 フリーダは(パティが遠征中に書いた)手紙も読んでいたし、院にもどったパティから直接聞いてもいるのですぐに理解した。「なるほど、美女と野獣ね」


 ダグラスが「ひぃ、あずかり知らないところでオレの評価が落ちている!」と青ざめ、モカがキキキィと嘲笑した。


「あれ、調査隊はもう一人いたんじゃなかった?」フリーダがカップをパティに手渡す。


「隊長さんはどうしたんですか?」パティは両手で受けとりながら二人の騎士に訊ねる。


「ああ、隊長ね。バレンツエラ隊長、本日付で大出世の栄冠」ステファンの目がよどむ。


「へー、すごいじゃないですか!」

 いろいろあったせいでのどが渇いていたことに気づき、パティはジュースを一気に半分飲んだ。

木苺の酸味が口にひろがり、心の底からすっきりした。


「いや、驚くのは早いぜ。それも王都軍事のかなめこと白盾騎士団の副団長さまだ!」ダグラスがあたまをかかえながらわめく。「オレたちを踏み台にして華麗に飛翔しやがった、ちくしょう。大嫉妬!」


「いいことなんだから、素直に祝福しましょうよ……」パティがカップに口をつけたままやんわりさとす。


「あはは、ある意味で素直なのよ」フリーダがくすくす笑う。「悔しさはかくさないほうがいいわ」


「そんな子どもじゃあるまいし……」パティがうんざりする。


「子どもじゃないから余計そうなのよ」フリーダはカラカラ笑う。モカが腕組みする。


 ステファンも腕組みする。「今日叙任式だったから、一般人は招かれない祝典にも参加したのよ。諸国の王子さまやら王女さまやらが結集するようなやつね。なんだか急に偉くなっちゃって、すっかり雲のうえの人だわ。こっちは雲のしたで、ひたすらあやしい賊はいないか目を光らせながら、よみがえった死者みたいに街をうろうろする係。いやにもなるでしょ?」

 そして、ムフーとため息をつく。


「まぁまぁ、そのうち良いことありますよ」パティが励まそうとすると、「あなたのそういうところがときどきまぶしいわぁ」とステファンが目を細める。

 酔っているせいもあるだろうが、だいぶ以前より砕けている。


「警備だって重要な任務じゃないですか、おかげで私は助かりましたよ」パティは両手を組み合わせる。「それが積みかさなれば評価されるかも!」


「――パティは良い娘だなァ、いっしょに暮らそうよ」ダグラスが真顔でふざけたことをいう。「〈魔導院〉なんて古くさい施設に置いておくのはもったいない」


「なにが楽しくてあなたの臭い部屋に住まなきゃいけないのよ」

 ステファンが軽蔑のまなざしを送ったのち、ふとパティとフリーダをみて目を大きくする。

「〈魔導院〉っていえば、日中にちょっと問題が起きたらしいけど、二人は関係ないの?」


「え!?」と二人でハモってしまった。


「なになに、なんですか?」フリーダが好奇心でつめよる。「私たちは途中で院のほうにもどったりしていたからよくわからないんですけど……」


「ああ、そうなんだ――私も詳しいことはしらないんだけど、開催を報せる合図でかんしゃく玉をあげていたでしょう?」


「明けがたですね」パティがうなずく。「みんな眠たくてたいへんだったんですよ」


「〈デヴィッド機巧工房〉製の、けっこうお高価いものらしいな」ダグラスがフリーダからすすめられたメープルシロップパンの一部を頬ばり、うぉ、甘いな、とびっくりする。


「値打ちものってこともあって、ほんとうに手順がかんたんで、私たちが打上係をする必要なんてぜんぜんないなって話してたんですよ」フリーダがやや上品にほほえむ。

 パティがあまりみたことのない営業用スマイルである。


「そのかんしゃく玉がまるごとなくなっちゃったらしいのよね」ステファンがふぅと吐息する。ほんのり酒気が香る。


「まるごと?」「ぜんぶですか?」パティとフリーダの問いがかさなる。


 パティは管理の担当だったセルウェイやストックデイルはどうなっただろうと考え、フリーダはその二人がかんかんに怒った顧問教師に叱られているところを想像した。


「でも、あれって施錠付の箱で保存してあるはずで、しっかり封印してるでしょう――?」フリーダがパティをみる。


「特殊なパドロックもつけてあるし、開錠するには特殊技能が必要だったはず……」パティもフリーダをみる。


「この娘らがふしぎがるんだから、よっぽど意外なんだろうな」ダグラスが咀嚼したパンを飲みこむ。


 ステファンが、ひとくちちょうだい、とパティのジュースのカップをとり、ぐびりと飲む。「しかもね、かんしゃく玉だけじゃなくて、芸術祭用の火薬や、〈王の桟橋〉で予定されていた花火大会用の花火玉もほとんどなくなっちゃったんだって」


「盗まれたんですか?」フリーダが問う。


「その線が濃厚らしいんだけど」ステファンが、すっぱいわね、これ、と舌をだす。


「まァ、物理的に消えるわきゃないんだから、だれかに盗まれたってことになるわな」ダグラスが、オレも飲んでいい? と訊いてきたが、ステファンがきっぱり拒否した。

 あなたのよくない菌がパティに伝染るわ。すばらしい免疫がつくよ。ばかじゃないの。と二人の大人がやりとりするなか、パティはフリーダと顔をよせあう。あいだにモカも顔をだす。

「どういうことだろう?」「わからないけど、セルウェイやストックデイルはだいじょうぶかな?」「ムキキ」


「マイニエリ師はご存知なのかしら?」パティはふと思いだす。


「師は私たちと過ごしたあと、新設劇場の音楽会におでかけよね。そのあたりは同行してないからわからないわね」


 ムキィ。真剣に思案しているモカをみて、パティとフリーダは噴きだす。


 ステファンとダグラスがそんな二人をみる。「あれ、なんだか楽しそうじゃない」「若いっていいなァ」


 二人の目には、少女二人の瞳が、うす闇に浮かびあがる街灯よりもきらめいてみえた。

 ステファンはふと、起きていることや未来をつねに楽しいほうで考えていた頃のことを思いだす――。

 

 ダグラスもめずらしく真顔で「宴の夜なんだから、あんまり水を差すのも大人げないのかもしれないな」とつぶやいた。


 ステファンも目を細めて首肯する。「わかるわ。でも、やっぱりそれだとよくないのよね……」

 

 パティとフリーダがその視線に気づく。「どうかしましたか?」

 

 ステファンは吐息をもらしたのち、「とにかく、ふだんは身をひそめているような無法者やならず者が多いから気をつけなさいね。単独行動はせずに、どんなにはしゃいでもまわりはしっかり把握しておくこと。自分の感覚を信じて、なにかおかしいなと感じる場所には近寄らないこと。悪意っていうのは思いもよらないかたちをしているものだからね」と警めた。


 パティとフリーダは少しの不安がまざった瞳をふしぎそうに大きくした。


 夜は霧のようにゆっくりと王都をつつみこんできていた――。

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