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銀の風ファンタジア ~孤独な炎の生と死の幻想~  作者: 坂本悠
名まえを失くしたとわの国
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23 美女と野獣たち

 馬車を降りたパティたちが息を切らして走ってレンガ造の門をくぐると、遠くの森のほうからたくさんのこうもりが現れ、街へむけてとんでくるのがみえた――。


 フリーダは夕闇に埋もれまいとしてにぎわっている街並みに目をうばわれて気づかなかったようで、パティとモカだけでその光景をみた。


 街路にあふれる怒号や哄笑、奏でられる陽気なバイオリンやクラリネットの音色にかき消されてあまり聞こえなかったが、こうもりたちの悲鳴にも似た鳴き声は、まるで獲物をみつけた肉食獣のようでもあり、また肉食獣から逃れようとする小動物の群れのようにも聞こえた。


「なにぼんやりしてるの、広場にいこうよ」フリーダが目をかがやかせてふりかえる。


「あ、うん」パティはうなずき、すでに駆けだしているフリーダを追いかける。


 右肩のモカに「なんだかこわい感じがしたね」と声をかけると、小ザルはクッキッと鳴いた。肯定なのか否定なのかよくわからなかった。


 中央第一広場の一角までくると、石油ランプ灯のあかりや魔石塵の照明が周辺を照らし、そこを行き来する人々の数は昼間よりずっと増え、肉を焼くけむりやたばこや香水なんかの匂いがただよい、道端や噴水のへりや店さきで坐りこんでアルコールを飲んでいる人も多く、厚化粧をした女性やごろつきのような男性も増え、どことなく頽廃的で、そのぶん非日常感に充ちていた。


 フリーダはあきらかに興奮し、パティはどちらかといえば萎縮してしまう。


「なにか飲もうよ、のどがからから」フリーダが叫ぶように提案する。


 じっさい、そのぐらい声をださないと会話ができないのだ。


「あ、みて! あそこに木苺のジュースの屋台があるわ――」


 フリーダが駆けだしてしまい、パティがあわてて追いつこうとすると――だれかの背中にぶつかってしまった。「あいてっ!?」


 鼻のあたまと左頬に岩にぶつかったような感触があり、汗で湿ったシャツの体臭が鼻をつく。

パティが鼻をおさえながら見あげると、身長180センチぐらいの日焼けしている水兵のような体格の男がにやにやしていた。

 腕は錨のようにふとく、上半身が筋肉でパンパンにふくれている。

 笑顔だが目つきは冷たく、パティの背筋が凍る。


「ご、ごめんなさい――」


 パティが謝罪すると、男は周囲にいる仲間に目くばせし、すぐにがさつそうな男たちがパティをとりかこんできた。


 パティはみずからの脚がふるえているのを実感する。

 なにか話そうとしたが声がでず、のどが鳴る。


「猫みたいな声で鳴いたな」男が嘲笑すると、仲間たちも笑った。


 にやついたまま男がつづける。

「自己紹介するとオレたちは海賊なんだが、最近は外海もいろいろあってね、思うように稼げないから王都で派手な祭りをするって聞いたんで憂さ晴らしにきたってわけ。お嬢さんはおいくつ?」

 男が顔を寄せてくる。酒臭いし、息が荒い。


「じゅ、一二歳です……」

 それでも相手を怒らせることをおそれて反射的に答えてしまう。


「あら、ずいぶんお若い――こりゃまいった」

 

 男たちは視線を交わしあい、全員がにやにやする。

 パティは全身が熱くなり、わきのしたに冷や汗が流れるのを感じる。


「いくらひまだったとはいえ、大海峡や大運河を越えてくるのは、オレらみたいな無法者だとずいぶん骨が折れるわけ。骨が折れるっていうのは、要するにストレスがたまるって意味。ストレスっていうやつは、いろんなかたちで発散しないといけないんだよ。お嬢さんにもわかってもらえる――?」


 男が手をのばして、パティのポニーテールにふれてくる。

 とてもいやだったが、パティは反応できない。自分が涙目になっているのがわかる。


「というわけで、悪いんだけどお嬢さん、朝までオレたちにつきあってよ!」


 そう言って男はパティの髪をつかみ、強引にみずからのほうにたぐりよせようとする――「痛っ!!」


 しかし、パティが悲鳴をあげるのと同時に男が「ぎゃっ!」と叫び、パティの髪を離し、身体をのけぞらせる。


 おびえて動けないパティの右肩で、モカがいきりたっていた。キキキ!


 モカが男の手の甲をひっかいたらしい。


 小ザルが歯をむきだして威嚇したので、男たちは一瞬ぎょっとしたが、それでもすぐに体勢をたてなおし、にんまり笑う。


「お嬢さんはサーカスの人? めずらしいサルをつれてるじゃないか」


 男がとびだしナイフをとりだす。

 きっさきがきらりと光を反射する。

 仲間の男たちがナイフの男とパティを包囲しているため、浮かれて歩いている通行人たちは暴行沙汰に気づいていない。


 モカが「ムキー!!」と叫び、爪をたてた手をふりまわす。

 男をあきらかに挑発している。


「ずいぶん舐められたもんだなァ」男が真顔になり、舌なめずりをする。


 あぶない――パティは小ザルをかばいたいが、脚がふるえて動けない。


 男は「おチビさん、覚悟してもらうぜ――」と一歩まえに踏みだす。

 

 パティは恐怖で思わず目を閉じる――が、つぎの瞬間、こもった打音と男の「ぶぁっ!?」という悲鳴が聞こえ、パティはおそるおそる目を開ける。


 すると、男と仲間二人が前のめりに地面に倒れこみ、パティの足もとに伸びていた。


 地面にふせた男たちの後頭部をみながらしばらく混乱状態だったが、「キキ!」とモカが歓喜の声をあげ、それにつられて顔をあげえると、パティもうれしさのあまり叫んでしまった。


「ステファンさん!」


 パティのまえには、蹴りをくりだしたポーズのまま静止しているステファンがいたのである。


 ステファンはゆっくりふりあげた足をおろすと、まばたきをくりかえし、「あれ? パティじゃない」と驚く。


 パティは抱きつかんばかりの勢いでとびだし、ステファンの手をとる。


「ひさしぶりね、元気にしてた?」ステファンの呼気がちょっぴり酒臭い。

 色白ゆえに、頬や首すじがほんのり紅くなっている。


「あれ、お酒を召しあがってるんですか?」


 その光景をみて、海賊たちはきょとんとしていたが、そこにダグラスが「おい、なにしてんだ?」と現れると、形勢不利とみたのか、失神している男たちを立たせると、徐々に退却し、一定の距離をとってから、クモの子を散らすように退散していった。


「なんだあれ――?」

 ダグラスがあたまをかきながら寄ってくる。


 海賊が退散したのはやはり、二人の騎士が枢機院の徽章つきの外套を着ているからだろう。


「みてよ、ほら、パティとモカ!」

 ステファンはパティの両肩をつかみ、ダグラスのほうにくるっと横回転させる。


 ダグラスの目が3倍ぐらい大きくなった。


「あ、こんばんは――」パティがあいさつすると、ダグラスは猛烈な勢いで近寄ってきて「わぁ! パティじゃないか。運命の再会だな! あれ、ちょっぴり背も伸びた? なんか垢ぬけたな、ちくしょう、オレがいないうちに!」と、こちらは酔ってもいないのにまくしたてる。


「なんでここにいるんだ!?」そして手をとってこようとしたが、それはステファンが阻止した。

 モカがキキキーとダグラスを嘲笑する。


「あ、〈魔導院〉も祝祭日は門限がゆるいんです」パティはうなずく。


「でも、もう夜なんだから、昼間以上に気をつけないとね」ステファンは腰に手をおく。きれいなクリーム色の長髪が、いまは夜の街あかりの色にそまっている。「王都の夜なんてただでさえ安全とはいいがたいのに、100年祭だからさっきみたいな粗暴な人間たちが大陸じゅうからけっこう集まってきてるのよ」


「なんだ、さっきのやつらに乱暴されてたのか?」ダグラスが舌を鳴らす。「ちっ、オレが颯爽と助ける予定だったのに! 今日は朝からナンパもうまくいかないし、ついてねぇ!」


 フフ、パティはほほえむ。「お二人は変わってませんね」


 パティは枢機院で選抜された調査隊の三人とともに、「内海における船舶失踪および沈没事件」にマイニエリ師の推薦でたずさわった。

 ステファンとダグラスはそのときのメンバーであり、二人とも陽気で楽しく、ステファンにはとくに親しく接してもらった。

 事件は不可解で、調査隊からすれば疑問符のくりかえしだったけれど、ステファンたちのおかげで思い出としてはいいものになりつつある。


「まァ、たかだか二週間よ。何年も経ってるわけじゃないしね。

 どう? 〈魔導院〉は楽しい? 私たちはあいかわらず枢機院でこき使われてるわ。祝祭期間はずっと警備兵をさせられそう。

 だから、なんていうの、私たちだけ楽しめないっていうのはつまらないじゃない? 

 それで仲よさげなカップルなんか通りかかって、ふと冷静になってちょっとイライラしてついお酒を飲んじゃったところに、女の子をかどわかそうとしてるいかがわしい群れをみつけたから、つい手加減ならぬ足加減なく、蹴りとばしちゃったわけ。連続キック! ちょっとすっきりしちゃった」


 ステファンがすらすら話す。目が坐っている。


「なんだ、おまえ、ちょっと目を離したすきにけっこう呑んでるな。楽しめないとかいいつつ、任務中に飲酒って……それもオレの役割じゃないのかよ!」


 ダグラスが天を仰ぎ、パティはなつかしくなって笑った。

 モカもムキキと両手を口にそえる。


「ん、おサルの師匠も元気そうじゃないか――おっと、手はださないぜ、師匠は凶暴だからな」ダグラスがテナガザルのようにおどけたので、モカは「ムシャー!!」とひっかくジェスチャーをする。


 ダグラスとたわむれるモカをみて、パティはあらためて小ザルのこともふしぎに思う。

 調査隊の任務出発のさいにマイニエリ師からパートナーだと授けられたので、勝手に師の使い魔だと認識していたが、完全に自由意志で動いているようにもみえる。

 なにを考えているかさっぱりわからないし、そもそもいうほど魔力を感じない。

 ただ、重要な局面ではいつもパティを助けてくれているような気がする。


 祝祭開催期間には、熟練の魔法使いたちによる「使い魔レース」というイベントもプログラムに入っていた気がする。時間が合えばフリーダたちと観覧してみようか――。

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