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銀の風ファンタジア ~孤独な炎の生と死の幻想~  作者: 坂本悠
名まえを失くしたとわの国
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22 遠くにある輝き

 〈魔導院〉の正門〈古木の芽〉のもとで、パティとフリーダはシャトレと別れた。

 パティたちはふたたび城下街へ向かい、シャトレは院の別棟の研究室にもどったのである。

 

 パティたちは門限いっぱいまで祝祭を楽しむつもりでシャトレも誘ったのだが、シャトレは「私は来週の発表の準備があるからやめとくわ」と遠慮した。

 

 発表とは研究学会のことで、植物薬学を専攻しているシャトレは新種の薬草の効能やら成分やらについてまとめた成果を公開することになっているのだという。


 毎年、建国記念祭にあわせて公的研究学会が執りおこなわれるのだそうで、段取りや会場の雰囲気といった話を聞いているだけでシャトレ以上にパティが緊張してしまった。


「今年は私の成果が枢機院指定の学術研究団体の月報に掲載される予定だし、先生たちの代理で交流会にも参加しなきゃいけないのよ」


「へぇ、たいへん」フリーダが応えると、シャトレは「交流会のほうはぶらぶらしていればいいし、たまにおもしろい話が聞けたりもするからべつにいいんだけどね」

 

 シャトレはめがねをかけなおす。「――フリーダやパティの専門分野にだってそういうのはあるんだから、研究職になる場合は避けて通れないわよ」

 すると、レンズが夕陽を反射して、まるでシャトレの両目が光ったみたいにみえた。


「私は自由に生きたい派だから、王都に残るつもりはないですよ」フリーダはにっこりする。


「あ、わ、私も……」パティも右にならう。


「まぁ、二人の分野ならそれでもいいかもね」とシャトレはうなずいて「じゃあ、お土産よろしく」と去っていった。


 おおまかにいえばフリーダは料理(と人体)、パティは動物(への精神感応)が専門だったので、それぞれが院を卒業するときがきたら、故郷に帰ってフリーダは自分の店をもち、パティも牧場なんかで働くつもりでいたので、勢いでついたうそではなかった。


 パティはしらなかったが、魔法使いも多様化してきているので、シャトレのような一般の目にふれない生きかたもめずらしくないらしい。

 学術的な見地から成果をあげ、枢機院をはじめとした公的機関に招請されるような魔法使いも大勢いるのだという。


 人生に対するさまざまなアプローチを聞いたりすると、深く考えていないパティはつかのま、自分がとても広い荒野に置き去りにされたような気持ちを味わって、みょうに不安になる――。


 ふと、マイニエリの自室にいたときから、ずっと寝ていた右肩のモカがむっくり起き、パティの右頬をさわってくる。ふさふさの毛がくすぐったい。


「古くさい発想かもしれないけど、魔法使いって孤高で、辺境をふらふらしてるようなイメージなのよね、私にとっては。すりきれて色褪せた長衣をきて、にょろにょろした木の杖をもって、それっぽい帽子でもかぶって、あやしい鍋であやしいものをぐつぐつ煮てふしぎな薬をつくったり、困った人がいたら知恵をさずけて、みたいな」


 ふいにフリーダが身ぶり手ぶりをまじえて陽気に話すので、パティは笑ってしまった。


「え、なに、私いま、へんなこと言った?」


「ううん」パティは目のきわにたまった涙をこする。「私もそう思うからびっくりしただけ」


「まぁいいや」フリーダは両手を頚のうしろで組む。「ほら、とりあえず馬車がきたから、お祭りにいこう――」


 二人はよく、消灯後の眠れない夜に、卒業後の架空の人生を思い描いて語り合った。


 フリーダはまるでショートケーキのようなデザインの白を基調とした赤い天窓つき屋根のロッジをもち、昼間はこだわりのお茶や(パティもお気に入りの)ホットチョコレートなんかをパウンドケーキやクッキーとともに提供する喫茶店、夜は地産食材をつかって腕をふるい、地元民が麦酒や果実酒で音楽とともにもりあがるような飲食店を経営し、王都でも話題になって批評家に取材されるような繁盛店にしたいと熱心に語った。


 そして、経営も順風満帆なある日、ある朝――歌壇に植えた草花に水をやろうと店さきにでたとき、そこですてきな旅人に出逢い、恋に落ちる予定なのだという。

 

 ぼんやりしたパティにくらべればだいぶ現実的なフリーダが夢見る少女となっているさまは、それだけでほほえましく、そしてうらやましくもあり、なんともいえず楽しかった。


「なんだか都合がいいけど、そういうのもいいね」パティが賛同すると、フリーダが得意げに「ちゃんとお肉はパティの牧場から仕入れてあげるわよ」とにっこりするので、パティはくすくす笑いがとまらなかった。


「――青春だねぇ」その笑い声を聞きつけて注意にきた教師は、二人の弁明にそう応えた。


「あ、ばかにしましたね?」フリーダが喰ってかかると、「いまがかがやいているのが青春なんじゃなくて、未来のことがかがやいてみえるのが青春なんだよ」と教師はまじめな顔をして答えた――。


 二人と一匹が馬車にのって街道を進み、大きな橋までくると、暮れゆく空につつまれて遠景の城下街が幻影のようにみえる。

 街灯のあかりがきらびやかだった。


「青春だね……」


 パティがつぶやいたので、今度はフリーダがまるでだれかにくすぐられているかのように笑った。

 

 二人は門のまえの停留所で馬車を降りると、そのまま街に向けて駆けだした。

 パティが跳ねると、右肩のモカもはずんだ。

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