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銀の風ファンタジア ~孤独な炎の生と死の幻想~  作者: 坂本悠
名まえを失くしたとわの国
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21 原理のみえざる調和

 危機一髪の連続だった式典が終わり、会場にて解散になったのち、ルイたちは諸国の列席者に用意された宿泊施設がもうけられた高級居住区に案内された。


「人と自然の調和とみえざる世界の原理」をテーマにしているという住宅街は、中央に聖堂が配置され、そこから放射状に整備された路と、ところどころにレンガの橋が架けられた小河がはしり、草花でいろどられた花壇が目にもあざやかで、個性的な装飾の多い外壁の建物がたちならぶ閑静な地域だった。

 

 王城や〈魔導院〉も比較的近く、城下街までも交通の便がいいという立地環境で、わざわざ森の開拓をしたり、河川地形を造成したり、橋の竣工、岸堤工事なんかもしたそうで、宿舎に向かう馬車上で「そこまでしなくていいのにね」とルイは何度もつぶやいた。


「宿舎なんてわざわざつくって、記念祭のあとはどうするのかしら?」


「高官向けの宿泊保養施設になるらしいよ」とアルバートが応える。


「へぇ、一般人には無縁ってことね、公費でつくったのに」ルイがくちびるをつきだすと、「よくある話だな」とディレンツァがつぶやいた。


「まったくもって、人と自然の調和なんて一方的なおしつけ概念よね」ルイが皮肉をいうと、「概念なんてそんなものだ」とディレンツァは冷めた顔をした。


 ルイはふてくされる。「そもそも、みえざる世界の原理、ってなんなの?」


 すっきりしないので徹底的に文句はつけたいが、「みえない部分にこそ重要視するべきものがあるってことじゃない?」とアルバートがわりと整然とした想察をしてきて、ルイはストレスがたまった。


「かくされたとか、いまはもうない、という意味もあるかもな」

 ディレンツァもかぶせてきた。


 しかしその言葉の意味するところをかみくだいて考えてみても、ルイには具体的にはわからなかった。


 赤レンガの橋の中央までくると、夕陽が小河にしみわたり、風が吹いてきて、充満した街道の熱気をとばした。

 ルイはつかのま、休息感を味わう。

 アルバートもディレンツァも口をつぐんでいた。


 橋を通過すると、やがて外壁に砂漠のような模様が彫られた宿舎がみえてきた。

 ライラックの茂みに囲まれ、沙漠の国の国旗も掲揚されている。

 

 三人が宿舎のまえに降りると、馬車は去っていった。

 宿舎と呼ばれているが、ルイのイメージでは邸宅に近い。三人では広すぎるにちがいない。


「砂丘かしら?」外壁の模様をみながらルイが小首をかしげる。


 抽象画のようでわかりづらいが、「風紋のようだな」とディレンツァが応えた。


 沙漠の国の関係者のために用意された建物だとしたら周到な配慮である。

 あとでフィオナ王女やジェラルド王子の従者たちに聞いたところによると、水の国の宿舎は古木造で小河のわきに建ち、砂床に水車がもうけられていて、花崗岩造の火の国の宿舎は赤いハイビスカスが飾りつけられ、テーブルに置かれた年代もののキャンドルスティックが印象的だったそうだ。「そこまでしなくていいのにね」ルイはおうむのようにそのせりふをくりかえしつづけた。


「――このあとは自由行動なの?」ルイは浮き彫りの風紋をなでながらディレンツァをふりかえる。


「そうだな、私やルイはそうなる。あまりはめをはずさなければ、街にいってもかまわないな」


 ルイは楽しくなってきた。「王子は?」


 アルバートは浮かない顔をしている。

 いつものことだが、「このあとよくないことがある」という未来を確信しているような脆弱な目つきをしていた。


「国王陛下に謁見する予定だな」ディレンツァが代わりに応えると、アルバートは深いため息をつく。


「陛下? 太陽王ことマルサリス三世?」ルイもさすがに驚く。そんな予定が入っているとは思わなかった。「すごいじゃない? なんで? 要望とかだしていたの?」


「招請状がきたんだけど、要するにぼくらのいままでの経緯の聞きとりを直截したいみたいなことが書いてあったね……」アルバートがげんなりする。


「へぇ、それで王子をねぇ。そういうことってよくあるの?」


「陛下みずからというのはめずらしいかもしれないが、中央議会が当事者尋問することはよくあることだな」ディレンツァがうなずく。


 ルイはアルバートをみる。

「べつに恥ずかしいことをしなきゃいけないわけじゃないんだから、堂々と胸をはっていってくればいいじゃない。なんならお茶をごちそうになったりして、なかよくなってくればいいんだわ。一応、遠くても親戚なんだし」


「ルイじゃないんだから、そんな豪気にかまえられないよ」

 アルバートは魂がぬけるようなため息をつきながらも、さらっと挑発してくる。その気がないだけに厄介である。


「ばかね、王さまのサポートがあれば、もっとずっと〈鹿の角団〉とも対決しやすくなるかもしれないじゃない」


 ルイが眉間にしわをよせると、腕組みしたディレンツァがかすかに首肯した。


「それはわかってるけどさぁ」アルバートはまるで賭けごとで失敗したみたいな顔をする。「――国王陛下って謎が多いし、そもそも面識のある人っていないんでしょう。なんだかこわいよね……」


 国王マルサリス三世にかぎらず、歴代国王は基本的に国民の面前にすがたをみせない。

 たまに公式の場にでても、午前中の式典のときのように幾重ものレースでかくされ、影しかみえないという。

 三世にいたってはそれさえもほとんどないらしく、実在を疑う声さえあるのだとルイも聞いたことがある。声を聞いたことがある人もいないそうだ。


「それって、ほんとうなの?」


 ルイはディレンツァをみる。


「面識のある人がいないのか、面識のある人がそれをかくしているだけなのか、あるいは面識のある人を私たちが知りえないだけなのか、まぁいずれ都市伝説的にそういう世評があることは確かだな」


「王国において最重要人物なんだから、そうあってもふしぎじゃないんだけど」アルバートはもじもじする。


「まァ、王子みたいな、陰鬱な顔して挙動不審なうさん臭い人物とも接触しなきゃならないんだから、そう慎重なのもしかたないのかしらね」


 ルイが指摘すると、アルバートは不安と驚きと怒りがまざったような奇妙な顔をした。


「まぁその昔、詩人アルフォンスが童謡をつくったこともあるぐらいだ。あれは解釈によっては風刺的要素もあるし、噂の秘匿性も表現した独特のあやしさがある。ルイも聞いたことがあるだろう――」

 ディレンツァがルイをみる。


「あれね……」ルイはひとさし指を口もとにそえる。「どんなにこそこそしていても、きみのつぶやき聞いてるよ――ってやつね?」


「いちばん陰湿な部分をまっさきに憶えてるんだね」


 アルバートが感心したようにうなずくので、ルイはすねを蹴る。


 アルバートが痛みで悶絶したが、ルイは「ぜんぶそらんじてるわよ。子どもには人気あるんだし」と舌をだす。


「冒頭の文句が王政批判にも使われやすいが、人気があるのも確かだな」ディレンツァが無表情で応える。


 ルイは小人が踊るようにステップを踏み、「だれも顔さえしらないし、きっとどこにもいきはしない。でもなんでもしっている。しらないことなどきっとない。どんなにこそこそしていても、きみのつぶやき聞いてるよ。だれをも照らす光をまとい、手足を世界にぐるりとまわす。太陽の申し子だけど、それはまるで影のよう――」と歌った。


「ああ、すごい、子どもたちよりずっと上手」アルバートは目を大きくする。

 どうやらばかにしているのではなく、ほんとうに感銘をうけているようだ。


「いずれ、謎めいているのは真実だ。そうでなくてはならないという側面のほうが大きいのだろうが」とディレンツァがまとめた。


 王都には「謎」のキーワードでくくられる人物がそもそも多い。歳をとらない詩人アルフォンスとか、死なない魔法使いマイニエリとか、神秘的やふしぎという枠だけでなく、〈鹿の角団〉関係者のように胡乱だったり正体不明だったりという面妖な側面で語られる者も多い。


 ならず者もふくめ、素性がしれないとか不穏とか疑わしいとかいう意味でなら、数かぎりなくいるかもしれない。

(もっとも、ディレンツァの生い立ちだってしらないし、もっといえば私だってそうかもしれないけど……)

 ルイはそんなことも思う。


 すると、たむろしている三人のところに、べつの馬車がやってきた。


 四頭だての大型四輪馬車で、馬でさえ凝った馬装をつけている。

 白馬、黒馬が一頭ずつと葦毛が二頭いて、たくましくりっぱな風貌だった。馬なのに威厳がある。

 黒字のキャビンには、あまりめだたないが上品かつ壮麗な太陽の紋章があった。

 

 夕色にそまった白馬がルイのまえにくる。

 金色の遮眼革をつけているため、顔はよくみえなかったが、鼻息がすごい。

 

 馭者はまるで童話にでてくる紳士で、シルクハットにテールコートを着て、白いてぶくろをしていたが、目は細く、鼻も口もちいさくて主張がない。

 まるで人形のようですらあった。いやみのない微笑をたたえている。

 

 そして、ていねいに来訪のあいさつをし、国王の使者であることを名乗り、アルバート王子に招請状についてただした。

 アルバートはへどもどしながら応え、陛下の意向に沿うことをつたえる。

 

 童話の案内役的な馭者と、その童話のへたれ主人公的なアルバートが、幻想的な夕暮れのなかで対話しているさまは、夢と現実のはざまを表しているようで、ルイはなんだかふわふわした気持ちになる。


「じゃ、とりあえず行ってくるよ――」

 アルバートは情けない半笑いを残して、馬車にのりこんでいった。


 去りゆく馬車を見送ったあと、ルイはディレンツァをみる。

 ディレンツァは「国王陛下のもとにいるのが物理的には最も安全だから、気にするな」と目を細めた。


「安否がどうとかより、へまをしないか心配なんだけど」ルイが応えると、「そういう意味でも」とディレンツァはうなずいた。


 気にしなくていい要素が不明だが、ディレンツァの発言に噛みつく理由もなかった。

 二人でしばらく戸外に立ち尽くす。


 なまあたたかい風が吹いて、ルイは大きく深呼吸する。

 不安や期待がまざりあった胸中の息をゆっくり吐きだした。


「王子の帰りはおそらく遅くなる。われわれは少し休んでから、街の様子でもみてみるか――」

 ディレンツァの朴訥とした口調でも、ルイはなんとなくうれしくなる。


 少し離れた城下街から聞こえてくる喧騒に、どことなくなつかしいような感覚を味わって、胸が高鳴った。

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[良い点] 流石の描写力ですねえ。 作者様が伝えたい情景がありありと伝わって来て、読むときの想像が捗ります(*´∀`*)
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