19 半分夢の国
展望台までの石階段を昇り終えると、風はよりいっそう強くなった。
「しっかりつかまえとけよ」とザウターはティファナの帽子を意図して諭したが、「それはザウターにアドバイスしたいことだよ」とティファナはむっとした。
なぜ唐突に不機嫌になるのかわからない。
しかしそれどころではないので、ザウターは慎重に周囲を観察する。
ザウターからみえる範囲だけでも、カップルふくむ若者たちが若干名と、簡易飲食店の店長らしき 男とウェイトレス、王都の警備兵らしき騎士が二人、臨時雇用の掃除婦たち、大道芸人一座らしき大荷物をかかえた男女の集まり、犬をつれた旅人、〈魔導院〉の関係者らしき魔法使い然とした男たちが数名うかがえる。
要注意なのは哨戒兵と魔法使いたちぐらいだが、よくみると兵士二人はウィスキー瓶を手にもっており、顔がほんのり上気し、ギャハハと哄笑したりしているので、なにかの拍子に抗争になっても余裕で対応できそうだった。
魔法使いたちも熱心に話し合っている様子でザウターたちに注意をむける気配もない。
「いいもんだな、祝祭ってやつも」ザウターがにやりとすると、「ねぇ、ちょっと景色のいいところにいこうよ!」とティファナがはしゃぐ。
二人はそのまま望遠鏡が設置された見晴台をめざした。
途中、観測所の入口まえをとおった。
風読みや星見たちが気候変動や宇宙の観測をしている研究所で、当然ながら関係者以外立ち入り禁止で、武装した警備員がならんでいた。
むし暑さを思うと外套で全身を覆っているザウターのほうがどちらかといえば不自然らしく、上着が風になびくと半裸にみえてしまう服装のティファナがさほど浮いていないのがよかった。
退屈している警備員たちはゆび笛など吹いてグラマラスなティファナをつれたザウターを茶化したものの、ティファナがウィンクしながら投げキッスをかえすと大声で「まいったね!」と降参しただけで、べつだんあやしまれることなく済んだ。
太陽はだいぶかたむき、そろそろ山脈にかかろうとしている。
見晴台は強風だったので訪問者はいなかった。
夕映えの城下街はすべてが平穏にみえる。
にぎやかだが、まるですべてが遠くの国のできごとのようで、ザウターは半分夢のなかにいるような気持ちになった。
〈鹿の角団〉に所属していると、そんなふうに過ごせる時間はめったにない。
いつだったか、この場所だったかは記憶があいまいだが、かつて見晴らしのいいところから王都の夜景をみたことをザウターは思いだした。
そのときもティファナといっしょで、そのときの雰囲気といまがよく似ていたので、ふと腕をくんできたティファナの横顔と首筋の匂いに、ザウターは郷愁にも似たなつかしさをおぼえた。
そのときは、「デートをしてみたい!」というティファナの要望がとおり、ハーマンシュタイン卿の計らいで半日だけ休暇をもらったのだった。
そのときも城下街をぶらぶらし、ティファナの衣類を新調した。似たようなことをしているのだから、ノスタルジーをおぼえるのも当然かもしれない。
いまよりも若かったのだからなおさらだろう。
「あのときとおなじだね……」ティファナが身をよせてくる。
「そうだな」ザウターはうなずく。「場所がここだったかは思いだせないが――」
「えー、ここだよ」ティファナが非難の目でみてくる。「時計塔の鐘が鳴ったでしょう?」
「そうだったか」ザウターは目を細める。「夜だったことしか憶えてないな」
「忘れられない夏の、忘れられない夜じゃない」ティファナも目を細める。
そんな奥深い思い出があったように思えないが、ザウターは返事するのをやめた。
記憶には恣意的な要素が大きいものだ。
ティファナはザウターのわき腹をこづきながら定型文の「デリカシーがないなぁ」とか「女心がわからないんだなぁ」とかいう不満をぽつりぽつりくりかえした。
太陽はなかなか沈まず、稜線にとどまってぶよぶよと横につぶれ、まるで時間稼ぎをしているみたいだった……。




