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銀の風ファンタジア ~孤独な炎の生と死の幻想~  作者: 坂本悠
名まえを失くしたとわの国
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17 なしくずしの余興(ドタバタ大団円)

 三人がステージにあがると、それだけで拍手が起こった。


 ルイはドレスのすそをつかみ、ひらりと演目前のおじぎをしたが、アルバートはそれをみてあわててあたまをさげ、ディレンツァはすぐにビオラをとって舞台わきの椅子に坐ってしまい、まったく行動がそろわない。


 アルバートがまるで岩になったかのようにガチガチなので、ルイは小声で「特定の人をみないようにして」と助言したが、それさえ聞こえているかあやしい。


 しかも司会の小男が「さぁて、まさに宴もたけなわ! 話題の沙漠の国のみなさまのご登場ですよ!!」と叫び、余計に会場が沸いた。アルバートがぶるぶるふるえだす。


 もう自己紹介やら演目解説などしている場合ではないと判断したので、ルイは大きく息を吸いこんでから、夜風の精の登場の詩を歌う――。


 わたしは風 夜の風 

 砂地はなんだかこころぼそい

 昨日の山がなつかしい 

 ミズナラ ハンノキ ナナカマド

 思いだすのはツリバナの

 ふしぎなかたちの花の色

 かみなり鳴っても山が好き

 鳥の鳴かない砂地はきらい――


 すかさずディレンツァがしなやかな弓さばきで、うなりをあげる風のようなフレージングを奏でだす。

 

 出だしがうまくいったので、ルイも気持ちがのってきた。

 アルバートには目で「無駄に動かない」よう指示しながら、夜風の精を装って王子のまわりを舞い、物語進行の朗読も担当した。


 ディレンツァの伴奏はまるでデュエットをしてくれているようで、気おくれや不安はすぐに消え、ルイも状況を楽しめるようになってきた。上出来である。


 アルバートもそれなりに空気が読めるのか、展開に合わせて少しは構えをとったり、ルイのステップをみながら身体の向きを変えるぐらいのことはしてきた。

 ドレスアップしたルイの躍動するさまはきらびやかだったし、それだけで人目を惹くことができたので、それで充分だった。

 

 まずしばらくは、夜のとばりにつつまれる月のような静かな曲想だったので、ルイはゆったりとした動作で、ときに無邪気な少女のような笑顔で、ときに娼婦のような蠱惑的な目つきで単独の振りをつづけた。

 舞台のかぶりつきにいる貴族らしき肥った男が赤い顔をして鼻息を荒くしている。上出来だろう。

 

 そして、ジルジャン扮するアルバートとの遭遇のシーンになり、ステップも曲もテンポアップした。ディレンツァが民族太鼓のようなリズムを扇情的に弾く。


 ルイは声を張りあげて、ジルジャンと夜風の精との邂逅を歌いあげる――。


 夜の砂漠にただひとり

 さまよう人はだれかしら?

 わたしは風よ 人の子よ

 あなたに罪はなにもない

 それでもあなたはわたしの虜

 わたしはあなたの命をもらい

 きれいな星をつくりましょう

 黒い夜空にきれいな星を――

 

 ジルジャンが交渉して、命乞いのためにふしぎでおもしろい話を延々とするシーンは、アルバートの機能性の問題で再現できそうもないので省いたが、観衆は気にしていないようで助かった。


 やがて、問題のジルジャンと夜風の精の対決のシーンになった。


 ルイはアルバートに「さぁ、かかってきなさい」と目で合図を送る。「斬りたおすつもりでね!」


 ビオラの倍音が凄味をひびかせるなか、ルイはかろやかにジャンプし、全身で夜風の精を演じる。諸国の土着の踊りを順番にくりかえし、アルバートのまわりをいったりきたりして挑発する。


 すると当初、観客だった草原の国の楽師たちがフルートやファゴット、コントラバスなどで徐々に参加してきてくれたので、余計に盛りあがってきた。

 

 アルバートは一瞬ためらったものの、それでも模造剣をかまえて、ルイに向けてふりおろしてくる――しかし、ルイはすんでのところで身体を横にくねらせて避けた。

 そして、横に回転しながらアルバートから距離をとり、その調子よ、と目で語る。

 

 アルバートは腹を決めたのか、あるいはようやく気持ちがのってきたのか、一歩踏みこんで今度はルイの脚を狙ってきた。

 ルイはバレリーナのようにY字バランスのポーズで右脚をあげてそれをかわす。

 ドレスのすそが舞いあがり、ショーツがのぞいたらしく、舞台周辺から歓声があがった。男たちが舞台下に殺到してくる。


 ディレンツァ楽団の演奏のなか、ルイとアルバートのいたちごっこはつづいた。


 ルイはかつて〈月の城〉でアルバートが巨大うさぎに追いかけられたことを思いだして、ちょっとなつかしい気分になった。

 あのとき追われる者だった王子が追う者になったわけだが、汗だくになり、死に物狂いで逃げようとしていた王子のかつてのゆがんだ形相が、いまの必死な王子の焦り顔にかさなる――……「くっ!?」

 

 回想に費やした数瞬に油断してしまったのか、模造剣がルイの右腕をかすった。

 若干の痛みが走る。

 たいしたけがはないようだが、剣のさきがドレスの袖にもかかったらしい。

 

 アルバートがはっとしてとまりそうになったが、「いいからつづけて」と口の動きでつたえる。


 よくみると袖だけでなく、わきの部分も少しやぶれて胸がのぞいていた。

 編みあげコルセットがきつめだったため、上半身に肌着や下着を身に着けなかったことがあだになってしまった。


 会場は演出の一環だと思ったのか、さらに沸いた。

 口笛や指笛が鳴りひびいたが、ルイが観衆をみたときに目に入ったのは、驚きのあまり口をおさえ、嫌悪感をあらわにした(のちに治安判事だと聞いた)老女だった。


 若干こころが折れかけたが、ルイは開きなおってその路線でいこうと考えた。

 すでに正統派で基本に忠実な歌劇とはかけはなれているわけだから、盛りあがればなんでもいいではないか――ルイはからかうようにアルバートに手招きし、鼓吹するように跳ねあがった。


 体力のないアルバートは疲労のせいで動きがどんどんにぶくなってきていたが、そのふりまわす剣に合わせて、ルイはみずからのドレスや髪飾りが少しずつ傷つくようにステップを踏んだ。


 そのたびにわき腹やふとももがのぞいたり、結ばれた髪がとかれたりする。

 トランジスタグラマーなルイの姿態もあいまって、会場は尋常ではない盛りあがりをみせた。

 

 アルバートは全身で発汗し、よだれをたらしつつ息をみだし、ふらふらしながらルイをしとめにきたが、ルイは寸前でそれをかわし、よろけたアルバートを跳びこえたり、ひきまわすように円を描いて動いたりと、とにかく大きくたちまわったので、観衆からはとても派手なペアダンスのようにみえなくもなかった。

 

 題材の物語のとおり、ジルジャンと夜風の精はくんずほぐれつの大乱闘をくりひろげたのである。終演後、「ラストシーンはなんだかセクシャルだったよ」とジェラルドがにやりとした。


 ルイとアルバートの大たちまわりに随伴してクラリネット、トロンボーン、チェロにハープも参加したディレンツァ楽団の演奏もまるで舞台上が光りかがやくような最高潮をむかえ、ついに夜風の精がジルジャンに組み敷かれるかたちで終演した――。


 じっさいはルイが仰向けに倒れながら、アルバートをひきたおし馬乗りにさせたのだが、傍目にはアルバートがルイを床に押したおしたようにみえただろう。


 本来の筋では、夜風の精は朝陽をおそれて逃げだしてしまうのだが、ルイとアルバートはまるでベッドのなかの恋人同士のように落ち着いてしまった。

 しかしそれは、アルバートが体力的に限界をむかえ、失神状態だったので致しかたないだろう。

 

 大反響のなか、ルイは目をぐるぐるまわすアルバートを見あげながら「ふぅ」と胸の息を吐いて「おつかれ」とつぶやいた。


 ゆっくり近づいてきたディレンツァがほぼ気絶しているアルバートに肩を貸して、ルイには外套を羽織らせてくれた。

「ありがとう」


「こちらこそ」ディレンツァがうなずいた。「感謝する」


 アルバートが主役の余興という窮地を脱することができたことに対する謝辞だろう。


 ステージを降りると、フィオナとジェラルド(とその従者)たちが祝福してきた。


 ベリシアが「わぁ、演出のせいでドレスが台なし!」と叫んだが、「いいのよ、どうせ借りものだし」とルイはほほえむ。猥雑な演目だったのでウェルニックは複雑そうに目を細めていたが、レナードとモレロは「興奮した!」「無性にえろい!」と絶賛してくれた。

 フィオナだけは「あなた、キュートなおっぱいしてるのね」と難解な感想を述べてきたため、ルイは反応に困ってはにかんだ。

 

 その後、ルイが〈舞踏団ルルベル〉の一員だったことが知れ渡ったため、サインをもとめてくる貴婦人や、求愛してくる実業家などもいて、べつの意味でたいへんだった。


 あとから聞いた話だが、会場には著名な演劇評論家も居合わせたそうで、その批評によると、列国の伝統を踏まえたルイの踊りに一定の評価を示しながらも、「あんなもの、ただのストリップショーだ」と皮肉ったのだそうで、ルイからすると観客の評判を第一に考えただけのことで、ましてや芸術性など意識したわけでもないので、なぜそんなに怒るのか疑問だった。


 しかし、意外だった(し、ルイにとっては心外だった)のは批評家たちのあいだで、へろへろに困憊し、足腰ががくがくになって、カクカクした気持ち悪い動きでルイを追いかけたアルバートのほうが「前衛的な舞踏」だと好評価されたことで、「まるで性悪魔女があやつるマリオネットのような、あるいは月のない夜に輪になって大笑する骸骨たちのような、そんな奇抜なダンスだった」と書かれていたことには心底納得できなかった――。


 沙漠の国の演目が終了したあとは、おおとりとして、王都を代表する白盾騎士団の団長クラウスと新副団長バレンツエラの一騎打ちがおこなわれた。


 俗にいう、ちから比べのたぐいかと思いきや、剣と円盾をもちいた文字どおり真剣勝負らしい。


 盾は太陽光を模したまっしろな面に銀細工でどこか超然とした目鼻口のある太陽が描かれ、外周にはギラギラとした紅炎が刻まれた美術性の高いものだった。

 しかしディレンツァに聞いたところによると、工芸品のようであっても丸太の衝撃にも耐えうるほどに銀板が重ねられており、クロスボウのような貫通力の高い矢もふせげるのだという。


 おどけた調子で二人の騎士を紹介した司会の小男も、紋章つきの兜をかぶった騎士たちの放つ、戦場のようなオーラに黙りこむ。


 その沈黙はやがてさざなみのように会場全体にひろがった。

 まるで夕陽の荒野にいるような静けさにつつまれる。


 フィオナ王女の侍女たちに冷たい水を浸した布で介抱をうけていたアルバートがようやくめざめたが、きょろきょろしたのち、空気を読んでごくりとのどを鳴らした。


 試合開始は唐突だった。


 どちらからともなく一歩まえに踏みだし、その直後からはげしい斬りあいがはじまった。

 剣と剣、剣と盾が交錯するたびに火花が散り、金属音が鳴った。

 二人の気合の声が間歇的にあがり、長靴が床をこする音がひびく。

 

 二人とも体格のいい騎士だったが、剣技はするどく繊細で、なによりすばやかった。


 クラウスがまるで分身してみえるぐらいの軽快なフットワークをみせれば、バレンツエラは竜巻のように回転しながら突きをくりかえしたり、高く跳びあがって稲妻のごとく剣をふりおろしたりした。

 

 息つくひまもなく、剣と剣の対話はつづいた。

 議論を交わすというよりは、チェスを指すみたいに、二人だけの世界が充ちていくような試合だった。

 観衆たちは深い河をへだてた対岸から見守っているような遠さを感じていた――。


 すると、嵐のようにはげしい剣舞が、ふと収まる。

 そして、二人の騎士が盾を床に落とした。

 なにかの合図のように重い音がひびく。

 

 騎士二人は剣を両手でもちかえ、微動だにしない。

 会場はうそのように鎮まりかえり、まるで凪をむかえた海のようになった――。


 そして、ルイがまばたきをしたそのわずかなあいだに――二人の騎士は最後の一手をくりだしたのだった。


 バレンツエラの鋭利な突きを、クラウスはぎりぎりまでひきつけてからそらし、そのせいで兜をとばされたけれどまったく頓着せず、そのままバレンツエラの剣をすくいあげるようにみずからの剣をふりあげた――。


 バレンツエラの剣はそのまま天井まで回転してとび、はじかれてころがっていったクラウスの兜のとなりにつき刺さった。


 閃光がごとき一太刀でクラウスが勝利したのである。


 しばらく二人の騎士は息をととのえていたが、バレンツエラが大きく嘆息したところで「参りました」とこうべをたれた。


 その余韻が充分に浸透したあと、会場全体に割れんばかりの拍手喝采が巻き起こり、だれもが笑顔で騎士たちを絶賛した――。


「――すごい迫力だったね」

 まだどちらかといえば青白い顔をしているアルバートが胸をおさえて感動している。

 でも、この試合の迫力には興奮しないほうがおかしいだろう。


「なんだか、ほんとうに相手を斬りたおそうとしているようにみえたわ」

 ルイは外套のまえを合わせる。

 蒸し暑い会場なのに、寒気をおぼえるような勝負だった。


「そのつもりだったのかもしれないな」ディレンツァが目を細めてうなずく。


「え?」ルイとアルバートの声がそろった。


 しかし、ディレンツァはなにも応えず、なぜかジェラルドがほほえんだだけだった。

 フィオナが「暑苦しいものをみたわね」と涼しげな顔でぼやき、侍女からうけとったワイングラスに口をつけた。

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[良い点] 詩がとっても素敵でした。まさかルイが、、、^_^
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