16 なしくずしの余興(火の国劇団)
つむじからつまさきまでチャーミングなフィオナ王女にみとれていると、「盛りあがってるな。王女さまは成功したようだね」とジェラルド王子がもどってきた。
ジェラルドみずからが「仲間」と呼ぶ従者たちといっしょだった。
「やぁ、ルイじゃないか」レナードがきざなしぐさで髪をかきあげる。「逢いたくてうずうずしてたぜ?」
「内海渡航以来かしら、なんだかんだでひさしぶりね」ルイがうなずくと、レナードが目を大きくする。「ずいぶん着飾ってるな! 馬子にも衣装なんてからかいたいところだが、とても似合ってるぜ!」
レナードは声の抑制があまり効いてない。
「あれ、お酒のんでるの?」
よくみるとレナードのうしろに棒立ちしているウェルニックは顔面蒼白でうつろな目をしている。かつて船酔いで死にそうになっていたアルバートのような顔色である。
聖職者なのだとしたら、本来はいちばんこの高貴な会場に適した人物のはずだが、短髪刈りあげあたまで武骨な体格をしたウェルニックが呆然と佇立しているさまは、怨霊にとらわれた巨人像のようで異質だった。
「飲んでるも飲んでないも、飲みすぎたし呑まれちゃったぜ! ウェルニックなんかは丸呑みにされちゃった感じよ、ケケケケ」
小柄で猫背で複雑な編みこみヘアのモレロが鳥のように高い声で笑う。
近くにいた貴婦人がぎょっとした。
「あぁ、こんなノーブルでエレガントなところにくるんだったら、もっとおしゃれしたかったわぁ」とベリシアがほつれた前髪をなおしながら嘆く。
切りそろえられた黒髪がさわさわゆれて、なんとなくなつかしくなり、ルイはほほえむ。
「突然呼ばれたんだものね――で、みんなはなにをするの?」
「ああ、演劇をしようかと思う」
ルイの問いにはジェラルドが答えた。
そういえば火の国には有名な劇団が多い。
古代より「火の鳥信仰にもとづく生まれ変わりの死生観」をテーマとする思想背景が文化根幹にあるのだという。
そして、それが演劇で表現されることが多いらしい――ルイがそう考えると、ジェラルドがまるで聞こえたかのようににっこりする。
火の国チームが披露した演目はきわめて娯楽性が高いもので、かつて永遠のリベルタンと呼ばれた麗人ジルジャンの放浪記を題材にとった喜劇だった。
〈ひざまずく者の山〉の台地が舞台で、ベリシア演じる古代王国の姫君をかどわかそうと計画する山賊団員レナードとモレロを、ジェラルド演じるジルジャンが、山の神ことウェルニックの助けを借りて懲らしめるという筋書きだった。
導入は、山賊団内において不手際を働いてしまい、そのミスを返上したいレナードとモレロが、山中のみずうみに、父親である国王の病気を治癒するための薬草を摘みにきたベリシアの誘拐を企てるシーンからはじまった。
そこからベリシアとレナードたちによる森のなかの追いかけっこにはじまり、みずうみのほとりでのなぞかけのだしあいなど、序盤から見どころは多く、それぞれ老木や水の妖精がベリシアに加勢をするところでは、モレロがたくみにまじないを駆使して何役もこなし、観衆を驚かせた。
満を持して登場したジェラルドのせりふまわしも流暢な言葉づかいで韻を踏んだりして、まるで歌劇をみているようですらあった。
完全に酔いつぶれているウェルニックは仁王立ちしているだけだったが、まるで動かず、表情もなく、感情が顔にでていないことが幸いして、山の神がみごとに成立していた。終演後「ウェルニックは大根役者だから逆に助かったぜ!」とモレロも笑っていた。
最終的に、ベリシアはジェラルドの腕にのがれ、山賊二人組ことレナードとモレロは山の神ウェルニックが放った稲妻にうたれて懲らしめられた。
山の神の稲妻の演出も凝っており、雷鳴については来場まえにレナードとモレロが展望台を散策していたときに(すみに置かれていた鍵付の箱を苦労して解除して)くすねてきた〈デヴィッド機巧工房〉のかんしゃく玉をいくつか利用し、はげしくしびれて黒こげになるさまは、モレロのまじないでもって観客の目をごまかしたのだった。
そして、姫君が恋心のままに、ジルジャンを王宮に誘うものの、永遠のリベルタンたるジルジャンは応じることなく、こっそりとすがたをくらまし、ふたたび旅にでるのだった――。
終演とともに、拍手が豪雨のように鳴りひびいた。
火の国チームが横ならびになっておじぎをし、ジェラルドは後説と称してちゃっかり火の国の窮状を訴え、寄付を募ったりした。火の国ではいまも内乱や紛争が勃発しており、政情不安にある。
継承権二位のジェラルドは、病床の君主に代わり為政者となっている長兄の代わりに、資金援助を要望するために諸国行脚をしているのだという。
責任感などもふくめて、ルイにはジェラルドが王族としての資質のかたまりに思えた。後光が射しているようにさえみえる。
それにひきかえ――ふりかえるとアルバートは会場のすみにかがみこんで両耳をふさいでいた。
背中しかみえないが、その見開かれた目が血走っているだろうことは容易に想像できた。
となりのディレンツァをみる。
ディレンツァはあいかわらず無表情だった。
ルイは大きくため息をつく。
「しかたない」ルイは意を決し、アルバートのもとへ向かい、耳をひっぱって起立させた。「あいたた、なにするのさ!?」
「殻にこもっていても解決しないわよ、とりあえず私のいうとおりにして」
ルイは冷ややかに話しかけたが、アルバートの情けない半笑いの目の奥に、期待の光がみえかくれするのをみた。そんなところがまた腹立たしかったが、むかむかしている場合でもない。
「ディレンツァは楽器できるのよね、専門はビオラだったっけ?」
ルイの問いかけに、ディレンツァはうなずく。
舞台わきには楽器がならんでおり、バイオリンやチェロとならんでビオラも置いてあった。
「それでロンドでもワルツでもなんでもいいから優雅に踊れるような曲を弾いてほしいんだけど?」というルイの提案に、ディレンツァは「ああ、大丈夫だが……」と答えた。
「王子はあそこの模造剣をもってきて」
ルイは会場の壁に飾ってある剣をさし示す。
アルバートはよくわからないながらも、なんらかの希望的観測によって、いつもよりきびきび動いた。
「さて、雪がとけて水となり、水が火で蒸発したということで、おつぎは沙漠の国のみなさまですね――?」司会の小男がせかしてきた。
会場のテンションを落としたくないのだろう。
それがますますアルバートを緊張させるのだが、だれもそんなことは知るよしもない。
外交は難しいわよね、ルイは苦笑する。
「いいかしら――」
ルイはディレンツァ、アルバートと円陣をくむ。
「とりあえず歌も器楽もダンスも芝居もさきに披露されちゃったし、私たちにはフィオナ王女みたいな才能もないうえ、私やディレンツァだけが注目されちゃったらこまるわけだから、私のソロダンスやディレンツァの独奏だったり、ましてや魔法だったりっていう選択はよくないと思うの」
ディレンツァは表情ひとつ変えず、アルバートはうなずいたり、きょろきょろしたり、目をぱちくりしたりで正反対の反応だった。「じゃあ、どうするの!?」
「融合よ」ルイはひとさし指をたてる。「歌と器楽とダンスと芝居をまぜればいいんだわ」
「ど、どれもできそうもないんだけど――」アルバートが一気に蒼白になる。
「王子にやれなんて提案するわけないでしょ。でも、王子も参加しないといけないわけ。だから、さっきのジェラルド王子たちでいうところのウェルニック的な参加のしかたでいいわけよ。本番がはじまって、私が合図をしたら、王子はその模造剣でひたすら私に斬りかかって」
「え!?」アルバートは手にした模造剣をみる。
国王の戴冠式などに用いられるレプリカの剣だが、柄頭にはぎらぎら燃えたつ太陽があしらわれ、金糸、銀糸が織りこまれたグリップ、古代文字が刻まれた水晶製のガードに、まるで鏡のように磨かれた剣身があまりにも精巧だったので、ためらってしまうのはなんとなくわかった。
「ばかね、死なないわよ」ルイが目を細めると、アルバートは「でも、けがくらいしない?」とおどおどした。
それぐらいで怯えるなんて、臆病にもほどがある……ルイがあきれると、ディレンツァが右肩に手をおいてきた。「気をつけろ」
「――了解」ルイはうなずき、ふたたびアルバートをみる。
「いい? 火の国チームのやりかたに倣って、私たちも永遠のリベルタンを題材にするわよ。沙漠の国が舞台になってる物語の再現をするの――知ってるわね?」
「ん……〈ジルジャンの風伝説〉のことだよね。だいたいわかると思うけど、子どもの頃に絵本も読んだし」
「それの、夜風の精が砂漠でジルジャンにとり憑こうとするシーン。わかる?」
「えっと――沙漠で迷子になったジルジャンが、魂をうばおうとしてくる夜風の精に、ふしぎでおもしろい話をするから満足できたら見逃してくれってもちかけて、長い話をして夜風の精が寝ちゃったところで魔剣を使ってやっつけようとするってやつだよね?」
「そう、でも魔剣を突きたてようとしたところで夜風の精がめざめちゃうんだけど、くんずほぐれつしてるうちに太陽が昇ってきて、朝が苦手な夜風の精は退散しちゃうってシーン」
「うん、わかるよ……」
「そこを再現するの」ルイはつづけてディレンツァをみる。「できるかしら?」
ディレンツァは無言でうなずいた。