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銀の風ファンタジア ~孤独な炎の生と死の幻想~  作者: 坂本悠
名まえを失くしたとわの国
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15 なしくずしの余興(魅惑の射手)

 しかし、「さて、雪が融けたら水ね。そろそろ私の出番かしら――」と、フィオナがくわーっとあくびをし、ぐわーっとのびをしてから舞台に向かったので、ルイは自然とそっちをみる。


 途中で水の国の侍女たちに声をかけて、合計五人で壇上にあがった。

 侍女四人はそれぞれ弓矢装備一式とリンゴ、バナナとガラスの水差しをもっている。

 

 フィオナたちがおじぎをしただけで会場が沸いた。

 王女に羨望のまなざしを送っている人は男女問わず多かった。


 フィオナは(眠気によるものだろうが)おっとりした口調であいさつしたのち、一人目の侍女から胸当てと腕当てをうけとり、ドレスの肩を一部大胆にはだけさせて装着した。

 

 きれいなデコルテや白い二の腕に会場が活気づく。

 なぜか女性たちまで興奮している。

 それでも、フィオナは意に介さず、弓を手にとる。


 わりと大きめで、グリップにバラの装飾がほどこされ、サイトに木彫りのアマリリスが咲き、リムは蔓草のような緑色だった。

 狩猟をつかさどる森の女神といったたたずまいである。

 おしゃれなデザインであることは確かだが、機能性や操作性はどうなのだろうか。そもそもフィオナにあんなに大きな武器があつかえるのだろうか――?


「フィオナ王女は、弓の名手だ」

 ルイの(声にだしていない)疑問に、ディレンツァが答えた。


「ああ、そうなんだ……」表情や目つきで察したのだろう。それについては、いつものことなのでルイはあまり驚かなかった。「射的をするのかしら?」


「曲射ちをするんだろう」


「へぇ」ルイは手を合わせて感心した。


 フィオナの印象が変わる一面である。

 アルバートが「いいなぁ、特技があるっていいよね。一芸は身を助けるなぁ」などとあたまをかかえているが無視した。


 フィオナは森の女神のようにかろやかにステージから離れ、黄色い声をあげる観衆のあいだをぬって部屋の反対側まで歩いて、50メートルほどの距離をとった。


 同時に残り三人の侍女がステージに横一列になって並ぶ。


 そして、一人が右手のひらにりんごをのせ、ゆっくりと宙にかかげた。

 「太陽をつかもうとしている」といったポーズである。

 きれいな女性なので画になっている。


「え、まさか、あのりんごを狙うの?」

 ルイは高い声をだしてしまったが、まわりもすでにざわついていた。


 しかし、フィオナは落ち着いたしぐさで、矢筒からとても細い矢を選び、フェザーをさわさわとなでてからとりだし、先端部をじっとみつめ、それからゆっくりとノッキングポイントにつがえた。


 とても緩慢な動作だったが、まるでなにかの儀式のようで、だれもが黙って見守ってしまう厳粛さがあった。


 そして、その一連の動きが終わったとき、フィオナは気配さえ悟られないようなすばやさで矢を放ち、放たれた矢はそのまま直線的にりんごにつきささった。


 りんごはくるくると宙を舞って落ちると、舞台上をころころところがる。りんごの回転がおさまるまで会場は沈黙につつまれていたが、やがて拍手喝采が巻き起こった――。


「すごい、なんのためらいもないのね」ルイはみずからの胸をおさえながら感想をもらす。ルイのほうが緊張していた。「しかも、王女はほろ酔いじゃない!?」


「まったくだ」ディレンツァは落ち着いたもので、そのうしろで「いいなぁ、すごいなぁ、習いごとっていうのは重要なんだなぁ」とアルバートはぼやきまくっている。


「侍女さんも、まったく動じてないのがすごいわね、すごい信頼感! だれかさんとは大違い!」とルイは毒づいてみたが、混乱しているアルバートにはまるで聞こえていないようだ。


 それでもフィオナは精度に納得いっていないのか、小首をかしげる。


 そして、ドレスのロングスカートが邪魔だという判断にいたったらしく、スカートをペチコートごとまくりあげて短く調整した。

 わりと肉づきのよい白い脚の出現が、会場を狂喜乱舞させた。

 

 二番手の侍女は皮をむいたバナナをくわえ、横を向いた。


 フィオナは表情ひとつ変えることなく、冷静かつ的確にバナナの中央を射る――。

 りんごよりも細い的にあっさり命中し、バナナはふたつに折れて、侍女のくわえていない一片がつるんっと飛んだ。


 全体的にどことなく卑猥な表現に思えたが、フィオナたちがこなしていると少しもわいせつな印象を受けないのがふしぎだった。

 そして、なによりとても高い技術である。

 目前を矢が通りすぎても、ぴくりとも身をひかない侍女もりっぱだった。


 三人目は、ガラスの水差しにめいっぱい水をそそぎ、それをあたまにのせた。

 侍女は背筋をぴんとのばし、水差しを安定させる。

 頭頂部だけで水差しを落とさないでいることは、ある意味それがすでに曲芸といえそうだ。


「あれを射抜いたら女性が水びたしにならない……?」


 すっかりのめりこんでいるルイがディレンツァに耳うちしようとすると、フィオナは流麗なしぐさで矢をつがい、するりと放った――。

 

 弦のはじかれる音がひびき、会場は一瞬だけ静まりかえる――そして、細くするどい矢は、みちびかれるような軌道をえがき、水差しの中心を射ぬいて、うしろの壁につきささった。


 特筆すべきは、つらぬかれた水差しが割れることなく(ひびさえ入らず)、矢があけた前後の穴から水が噴水のように噴きだしはじめたことだった。


「わぁ! すごーい!!」


 ルイが両手をたたいて跳びはねると同時に、会場全体から爆発するみたいに歓声があがった。


 フィオナは森の女神のようにかろやかにステージまで移動し、侍女の頭上の水差しから噴出している水をぺろっと舐めたあと、ちょっと悪ふざけをした少女のように舌をだした。

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― 新着の感想 ―
[一言] フィオナさん、すごいです。まるでアテナですね。
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