14 なしくずしの余興(半妖精の円舞と沈黙の朗読)
午餐会での、詩人アルフォンスの人魚の詩の朗誦のあと――ルイはジェラルド王子、フィオナ王女らとともに歓談していた。
会場では詩人のあと続々と催しがおこなわれ、座興と呼ぶにはだいぶ豪華な様相を呈していたが、器楽独奏や独唱、朗読や講話といったものが多く、文化的ではあったが目を惹くような展開というわけではなかったので、フィオナ王女はわりとすぐに飽きてしまったのか、しきりにあくびをくりかえしていた。
「もうおなかいっぱい、なんだか眠たい」
「ふふ、いろんな意味にとれる言葉だね」ジェラルドが微笑する。「でも芸術に関する感想なんだとしたら、さほどわるくないかな」
毒舌なのだが、ふしぎとこの二人の会話だとそういう感じがしない。
高貴というものの意味がルイにもわかってきた気がする。この会話にルイがまざろうとすると、一気に下賤なものになってしまう可能性がある。
すると、アルバートとディレンツァがもどってきた。
ディレンツァはあいかわらずの無表情だが、アルバートは汗びっしょりだった。
火照った顔がまるで有酸素運動でもしてきたあとのようだが、ただ単に社交活動――あいさつまわりをしてきただけなのだ。
貴族失格である。あまりにも残念で、ルイは目を細めた。
非難の意味だが、アルバートは気にせず声を荒げる。
「たいへんたいへん!」
返事さえ億劫になって、ルイは鼻の穴をふくらませる。
「そんなへんな顔してる場合じゃないんだって!」
真顔で冷静に諭してくるアルバートに、ルイが眉間にしわをよせて怒りをあらわにすると、フィオナがふふっと笑った。
「なんだかおもしろくなってきたじゃない」
フィオナだけでなく、周辺の人々もくすくす口もとをおさえる。
ルイは自分たちが嘲笑の的になっている気がして、観念した。
「なんなのよ?」
「だしものをしなくちゃならないんだって!」
アルバートは叫び、ムフーと魂がぬけるような吐息をする。
「は? 王子が?」
ルイが訊ねると、アルバートは両頬に両手をそえる。
「そうみたい。恥ずかしい!」
その少女みたいなしぐさに、ふたたびまわりに笑みがひろがる。
なごやかであたたかいほほえみだが、それが余計につらい。
こっちが恥ずかしいわ、とルイは奇声をあげそうになる。
「列国の王族関係者がそれぞれ余興をすることになりそうだ」ディレンツァが端的に説明してきた。
「へぇ、もともとそういうプログラムだったの?」
「私は聞いてはいないが、そういうふうに計画されていた可能性はあるだろうな。陛下の周辺にも物好きは多いだろうから――あと、詩人の歌で場がもりあがったせいもあるかもしれない」
すると、ジェラルドが考えこみ、「そういうことなら、私も仲間たちを呼んでくるとしよう。失礼――」と扉のほうへ歩きだした。
フィオナは執事をつかまえてワイングラスをもらい、ゆっくりとあおっている。
さきほどまで眠気にさいなまれていたようだったが、「王女はどうなさるの?」とルイが訊ねると、「どうしようかしらねぇ」と目をぱちぱちさせている。
長いまつげがふわふわ動く。
なんだかかんだでフィオナはお祭りごとが好きなのかもしれない。
ふってわいた余興の披露もまるで負担に感じている様子はない。
アルバートとのうつわのちがいが際だち、ルイは「ふぅ」とため息をついた。
それから会場のすみにかたまって、打ち合わせをすることになった。
興奮で汗まみれになったアルバートの赤ら顔が、時間を経て徐々に血のけがひき、まっしろになってきており、やがて「頭痛がする。めまいがする。突然ひどい。恥ずかしい。こわい。寒気がする……」とひたいに手をあてながらごにょごにょ呪いの文句をとなえだした。
確かに、王子に演芸の才能があるとも思えないので酷な話ではあるが、それはそれで困りものである。
王族たるもの、王族然とした態度を演じなくてはならない機会もあるわけで、歌唱や器楽が無理でも演技や詩の朗読ぐらいは、練習しなくとも教養としてできてよさそうなものだ。
「さて、どうしたものかしらね……」
ルイがディレンツァをみると、その横顔は壇上をみつめており、ルイもそれにつられた――。
舞台上にはすでに草原の国の関係者が整列していた。
先頭にはピアノ演奏家で作曲も生業とする宮廷音楽家のヴィクトルがいた。
けわしい目つきだったが、堂々とした物腰で独自の民俗音楽研究について語ったのち、みずからの筆による、草原の国の特徴でもある「ふたつの月」に関する交響詩のなかから円舞曲をピアノ独奏に編曲して演奏し、それに合わせて(双子の)オドネル王子とトルハースト王女が踊り娘たちをひきつれてラインダンスを披露すると説明した。
拍手が起こり、沈黙のなかヴィクトルは悠然とピアノの席につく。
曲調も曲想も一風変わっており、手拍子さえ打てないような曲だったが、印象的な和音がときどき挿入され、抑揚に合わせて舞う関係者たちのダンスも、観客が口を開けて黙ってみつめてしまうくらい斬新なものだった。
オドネル王子やトルハースト王女たちの奇怪ながらもひと目を惹く動きに、ルイは〈月の城〉に向かう途中に遭遇した半妖精を思いだしたし、おなじフレーズが何度もくりかえされるところでは、なぜか巨人族の少年ブルーベックを思いだした。
子どもの哀しみをたたえた笑顔ほど忘れられないものはない。そして、古城主ベノワの無感情な瞳。少しずつ輪が大きくなっていくみたいに、孤立した世界がひろがっていく――。
ぼんやり回想していると、突然拍手がなりひびき、ルイはわれにかえる。
ヴィクトルたちが壇上から降りて、司会とおぼしきど派手な色彩の衣装をきた小柄の道化風の男性が双子の兄妹貴族のラインダンスを大仰に絶賛し、身ぶりでダンスのものまねをしようとしてころぶという小芝居で会場の笑いをさそった。
「――さて、つぎはどの国のかたがたでしょうか?」
すると、間髪いれず、初老の男性が一人、まるで影が移動するようにひっそりと壇上にあがった。
一瞬ぼろを身にまとった流れ者のようにみえたが、顔つきには威厳があり、おだやかな目には幽遠な光をたたえている。
「だれ?」ルイの問いに、アルバートが「侯爵ワイクリフ四世。雪の国の王さまだよ」と小声で応える。
各国の副王たちはみんな建国王マルサリスの血族の末裔だが、建国王の血筋を顕著にあらわしていそうなのは、アルバートやフィオナたちよりはこのワイクリフ侯爵のような気がした。
単純に年嵩だからというわけではなく、孤高が似合うからだろう。
ワイクリフ侯爵は大きくはないがよく通る声で祝辞を述べ、十二弦ギターをもった吟唱詩人をともなって、雪の国の歴史書の一説を朗読した。
永久凍土の開拓民たちの奮闘であったり、隷従させられた巨人族の悲劇であったりといった歴史記録から、ほんのわずかおとずれる春の日のすがすがしさといった情景などが散文的に語られた。
風のなかで舞う雪片を思わせるギターのアルペジオが印象的で美しかった。
しかし、その美しさは沈黙をさそうもので、まるでふり積もる雪のなかにたたずんでいるみたいだった。
「――雪の国には昔からいろんな言い伝えがあるのよ」朗読が終わると、フィオナがほほえむ。「雪女がでるっていうのもそのひとつ。うらみをもった女の霊が、夜な夜な男たちをたぶらかして凍らせて殺しちゃうの」
「え? それって――」幽霊とか怪談とかが大嫌いなルイがたじろぐと、フィオナはふぅっと酒気をはらんだ呼気をルイの耳もとに吹きかけてきた。「わぁ、やめてよ」
「うふふ、涼しくなったかしら?」フィオナが加虐的にほほえむ。
すると、アルバートが「ルイはこわい話とか苦手だもんね。いかに娯楽でも」とわけしり顔でまざってきて、ルイはむっとする。「王子だって不得意分野でしょう!?」
周囲で貴族たちのくすくす笑いがもれたので、ルイははっとして口を閉じる。
若干恥ずかしさで赤くなったかもしれない。
ふと、へらへらしたアルバートの奥のディレンツァが目に入る。
ディレンツァは壇上のワイクリフ侯爵を目で追っている。そういえば、ディレンツァは雪の国の出身者だと聞いた気がする。