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銀の風ファンタジア ~孤独な炎の生と死の幻想~  作者: 坂本悠
眠れる森の夢みる妖精たち
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62 麦酒で乾杯

「お、なんだか話のわかりそうなやつがきたなぁ」


 白髪まじりの短髪で、切りそろえたひげの男がダグラスをみて、開口一番そう言い放った。

 それでも目つきはわりとするどく、椅子に坐っている姿勢にも隙がなく、どことなく品位も感じられたので、ダグラスはあいまいな笑みをうかべて「そうすか?」と応えることしかできなかった。


 通称はなれ島と呼ばれる〈けむり島〉は、想像していたよりも、のどかで平和な小島だった。

 水の国の東海に位置し、周遊客船で移動している三日間のうちに、お供の男性騎士二人から聞かされたところによると、北東から南西にかけてのびており、北部と南部は山地で、中西部に平野と港湾がある。人口は約2000人だという。


 水産業や農業も盛んだが、主要産業は葉たばこの栽培(それが島の名まえの由来)であり、水の国の島嶼区のなかでは非常に豊かな領土らしい。

 そして、領主であるアルス卿の一族は、大陸じゅうの宝物の蒐集家として有名なのだそうだ。

 気質も気前もいいところが島民たちに好評らしい。


 ダグラスは到着三日目にして、ようやくアルス卿と面談できた。

 それまでは島民の会合に参加したり、二日目には収穫祭などもあったりして、まるで外交官のような過ごしかたになってしまったのである。


 それでも島民たちはあけすけで、なにより発育のいい娘たちも多く、ダグラスはわりと陽気に飲酒などして滞在を楽しんでしまった。

 同僚の男性騎士二人はおとなしいけれど理解があるタイプで、茶々をいれてくるステファンなんかがいないのも好都合だった。


 三日目にダグラスだけ招かれて領主の邸宅をおとずれ、粘土細工の人形がたくさんならべられた門構えをぬけたさきの庭園に、美術品や彫刻が無造作にあふれていて驚いた。

 ダグラスはその方面に疎いので価値はわからなかったが、わりとどれも年季の入ったりっぱなものにみえた。


 そして、玄関ドアのノッカーで女性の声の返事をもらってからドアを開けると、いきなり右フックを喰らって尻もちをついてしまい、瞠目してみれば、綿かなにかでパンパンにふくらんだ球体にばねがつけられた大きな玩具だった。


 しかも球体には「二階の奥までどうぞ、アルス」と貼り紙があり、そこから二階の奥の部屋までびっしりと罠がしかけられていて、その都度、憤慨することになった。


 ちょっと痛い、びっくりする、水浸しになる、といった嫌がらせ程度のものが多く、ダグラスは辟易しっぱなしだった。

 変わり者だといううわさを加味し、覚悟してきたつもりだったが、予想以上だったのである。


「――あれ、怒ってる?」


 アルス卿は鼻の穴をふくらませる。


「いや、問題ないですよ。驚いただけで」


 ダグラスは冷静に、ぬれた髪を立たせて髪型をととのえる。


「いたずら心さ。ゆるせ」


「気にしてませんよ」


「ふふ、おまえ、良いやつだな。ギンギンの女好きみたいだし」


 アルス卿はウィンクしてくる。


「王都枢機院の聴取なんていうから、どんなむっつりがくるかとびくびくしてたんだよ」


「そりゃどうも……」


 ダグラスは目を細める。

 どうやら滞在三日間のことは耳に入っているらしい。


「いま萎えましたけど」


「まァ、そういうなって、今夜は無礼講!」


 アルス卿は椅子からたちあがると歩みよってきて、ダグラスの肩に手をまわした。

 177センチのダグラスより上背がある。

 壮年で細身だが筋肉質で、腕っぷしなんかも強そうだった。


「いいですけど、一応オレも仕事できたんですよ」とダグラスがすかしてみたものの、「とりあえず一杯やろうぜ」とアルス卿は頓着せず、ドアにむけて歩いていく。


 食堂にでもいくのかと思いきや、(さきほどの声のぬしであろう)メイドに「ちょっとひっかけてくるわ」と声をかけ、邸宅をでた。

 そのまま、雑然と美術品やら工芸品やらのならべられた庭園を通る。


「雨ざらしってのはまた豪気ですね」


 ダグラスはアルス卿の背中に話しかける。


「そうかね」


「そこそこ値打ちものでしょう。オレの目は節穴っすけど、それくらいわかりますよ」


 アルス卿は返事をしない代わりに口笛を吹いて歩いた。

 つかみどころがありそうでない。

 ダグラスはため息をついて歩く。

 やがて、たばこ畑にでて、今年の収穫について少し雑談をしたが、まるで農政局員の視察みたいで内心あきれてしまった。


 そして、市街地に入るとせまい路地をまがり、一軒の(わりと汚い)店舗に入った。

 どうやら、いきつけの酒場のようで、アルス卿が陰気な顔の店主に手をあげただけで、あいさつひとつないまま奥の個室に通された。

 せいぜい10人ぐらいしか入れないような部屋で、テーブルも椅子も地味だったし、たてつけのわるそうな窓にはカーテンがかけられ、テーブルにオイルランプとあざみの花瓶が置かれているだけだった。


 ダグラスがアルス卿の対面に坐ると、店主が麦酒のジョッキをもって現れ、無言で置いて、もどっていった。


「心配ない。女の子たちも、そのうちくるよ」


 アルス卿はひと息でジョッキを空けてしまった。


「ここらは夜になれば、かまびすしい」


「はぁ」


 ダグラスはジョッキに手をつけていいものか悩んだ。


「問題ない。だれもみていないよ、オレもふくめてな」


 アルス卿はのどを鳴らす。


「なにも話してないし、だれも聞いていない。どう報告するかはおまえ次第」


「――なるほど」


 ダグラスはジョッキをあおって、3分の1ほど飲むと、ふぅと息を吐いた。

 信用できるかできないかは、どうでもよくなってきた。


「〈湖面の蝶〉は売ったよ」


 アルス卿は目を閉じる。


「公式な買い手がだれかはさておき、ハーマンシュタイン卿さ」


 ダグラスは片目を大きくする。


「手紙がきたんだ。ていねいだし、無駄なことは書いていない、いさぎよい申し出だった。金額についてはちょっと高すぎるぐらいで、断る理由もないから応じた。もちろん沙漠の国が、ああなるまえの話だから……」


 アルス卿はあごひげをさわる。


「まァでも、ああなったあとだったら余計に売ったかもしれないな。オレは臆病なんでね」


 ダグラスはジョッキの泡をみつめる。

 相手がハーマンシュタインなら敵にまわす理由もないのだろう。


「そもそも簒奪だって可能だろうしな」


 ダグラスの顔色を読んで、アルス卿は笑う。

 そして、大声で麦酒のおかわりとおつまみを注文し、新しいジョッキとミックスナッツのバスケットがだされるまで黙っていた。


「――どこで手に入れたんすか?」


 ダグラスは最初のジョッキを空けてから訊ねる。


「勘ぐってるわけか」


 アルス卿はにっこりする。


「鑑定書とかないしな。でも、それってオレの話がうそっぱちかもしれないから、どこまで質してもおなじじゃないか」


「公文書に残れば、あとあと問題になったとき罰則がつきますよ」


 ダグラスもにっこりする。


「でも疑ってはいないです、オレにとっては、ただの興味で」


 アルス卿はピーナッツの殻を割って、実を親指とひとさし指でころがす。

 ダグラスはアーモンドをとって口に放りこんだ。

 がりがり噛んでいると、アルス卿がピーナッツをゆびではじき、バスケットにもどす。


「オレは若い時分、水の国の盗賊団連合に偽名で登録していたことがあるんだ。当然身分もかくしていたし、ちょこっとばかし変装もしていた。もともとオレの一族は宝探しを生業にしてきたんだが、オレはさらなる刺激をもとめたってわけ。あぶない目にもあったけど、そのぶん見返りもあったし、なんせ若かったからな、おおいに愉しんだ」


 ダグラスは相槌をうつべきか迷ったが、とりあえずうなずくだけにした。


「あとが厄介だと思ったから、特定の仲間はつくらないようにしていたんだが、それでもしばらくして連合支部で魅力的な女に逢った」


 ダグラスは片眉をあげる。


「有象無象の輩が多いなか、毛色がちがうっていうのかね、すぐにぴんときて声をかけて――仲間にっていうか、しもべにしてもらった。信頼があったかはわからないし、こき使われただけだったが、とびきりの美人だったし、そのあたりはおまえならわかるだろ」


 ダグラスはうなずく。


「いわゆる盗賊コンビとはちがった。どちらかといえば冒険者仲間だな。いま思えば、その相棒もめずらしいものがみたかっただけだったんだろう。反権力志向な面もあったし、一般的に価値が高いものにさほど関心は示していなかった。ただ古代遺跡とか還らずの森とか未踏の洞窟とか、そういうのが大好物だった。死に場所をさがしているのかって感じるくらいな」


 アルス卿はジョッキをみつめる。


「何年か活動したあと突然、相棒が〈まぼろしの森〉にいきたいって提案してきた。さそわれるまで知らなかったが、森の奥に世界樹の根があって、付近のみずうみに風の王がいて、たどりつければ旅人の願いごとを聞いてくれるんだそうだ。高飛車なお嬢さんが、みょうにメルヘンなことをいってくるなと思ったが、あいまいな部分がおもしろそうだったし、相棒もふざけている雰囲気じゃなかったから挑んだ。なかなか厄介だし、不可思議な経験もしたが、攻略できないほどではなかった」


 ダグラスはうなずいてジョッキをとる。


「――どんな願いごとをしたんすか?」


「オレは、みたことがないものがほしい――で、結果として、〈湖面の蝶〉をお持ち帰りできたわけだ」


「なるほど、うそくさいっすね」


 ダグラスはジョッキをあおる。


「まァな、オレも話していて、そう思うわ」


 アルス卿もジョッキを手にとる。


「でも、ハーマンシュタインが高値で買ったぐらいなんだから本物なんでしょうね」


「そういう見方もできるな」


 アルス卿は一気に半分ほど呑んだ。


「まァ……あれは本物だと思うよ、じっさい」


 そして、花瓶のあざみをみつめる。

 思い出にひたっているようにもみえた。


「それで、どうなったんすか?」


「あ?」


 アルス卿が目を大きくする。


「いや、相棒さん、美人だったんでしょ」


「ああ、まァ、オレのほうからしりぞいた――っていえば、かっこいいだろ。彼女が引退する時期がきたから、オレはこっそり身をひいたのさ。そのあとオレも盗賊稼業から足をあらって、いまにいたる」


 ダグラスはよくわからず茶化そうかと思ったが、アルス卿が思いのほかまじめな顔をしていたので、言葉にならず、のどを鳴らす。


「でも、思い出の品なんでしょう、その宝石。残念でしたね」


「ん? どうってことないさ。相棒だったら顔色ひとつ変えずに、きっとこう言うね。私は物には固執しないわ――」

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