61 紅茶で歓談
ステファンは夢でもみているような気分だった。
つぎの瞬間には、枢機院の散らかった待機所のうすよごれたソファあたりで、うたた寝からめざめるのではないかと思ってしまう。
〈まぼろしの森〉に向かうパティとフィオナ、はなれ島に派遣されたダグラスと別れてからまる一日後、ステファンは水の国の首都――女王都に到着した。
女王都は全体的には古風だったが、それでいてツボはおさえられており、随所に水流や草花をモチーフにした前衛的な建造物があり、個性的だった。
人口が王都、火の国の侯爵都についで三番目に多い都市らしいが、商業街や港湾区をのぞけば雑多とした印象はうけず、どことなくおしゃれだとさえ感じた。
温暖な気候に晴天のせいもあっただろう。
(女王の滞在する)女王宮には入場制限があるそうで、基本的に男性は入れないらしい。
枢機院の使者としてステファンが選ばれたのは、そこに起因している。
昼さがりに到着し、各種書類の手続きをしているうちに夜になり、女王のはからいで晩餐会に招いてもらったものの、まさかのヘレン女王は欠席で、お目通りがかなわなかった。
しかし、歌や踊り、器楽演奏の催しに、極上のワインや食事もあいまって、ステファンは上機嫌で水の国の外交関係者と親睦を深め、夜を満喫した。
翌日午前中、旅のつかれも緊張もすっかり癒され、女王に謁見できたときは、一瞬、任務を忘れていたほどである。
個室において女王のお茶の時間に同席できたわけだが、その場所がまず想像以上で、おなじ室内なのに段差が多く、それを利用して小型の噴水が設置され、複数の小川が流れており、すきまが多く薄めの南北の壁は観葉植物や上品な絵画で飾られ、東西の壁は一面ガラス窓、そして6本の円柱が三角屋根を支えている白亜の神殿めいた建物だった。
女官に案内されていくと、ヘレン女王が姿勢よくテーブルについていた。
女王はステファンをみていなかったが、ステファンはなぜか強く、みられていると感じて委縮した。
「どうぞ、お坐りください」
女官が女王の対面の椅子をひいてくれた。
水たまりにたくさんの泡がたっているかのようなテーブルのデザインに気をとられ、かかとが椅子の脚に当たってしまい、その音がみょうにひびいた。
椅子もまた長いつる草とシダが組み合わさったかのような奇抜なものだった。
女王の背景は色づいた遠い西の山脈と、真っ青な空である。
そして、女王を真正面にみたとき――ステファンはその美貌に目を見張り、昨晩の歓待のお礼も自己紹介もたどたどしくなってしまった。
娘であるフィオナ王女が20代半ば、そしてヘレン女王が婚姻して女王位を継承したのがおなじく20代半ばであることを踏まえると、少なくとも50代前半であり、公称もそうだったと記憶しているが、フィオナとおなじ栗色のつややかな結髪も、きめこまかい白肌も、せいぜい30代後半にみえた。
「――どうなさいました」
「あ、いえ、女王さまがうわさどおりの美しさで……」
「よくいわれますが、あまり意味のない評価です」
女王は目をふせ、女官に紅茶をもってくるよう、うながした。
「年齢どおりにみえようと、そうでなかろうと」
「はい」
ステファンは背筋をのばす。
いきなり本題に入るべきか迷ったが、わざわざお茶の時間を選んでもらったのだから、もう少し雑談することにした。
「水の国はなつかしいような印象もうけるのですが、ところどころ瀟洒というかセンスのいい建物があってすてきですね。もちろんこの部屋も」
「それはだいたいにおいてあなたの感性の問題ですが、この国には統計的に多くの建築士や意匠家を輩出している傾向があります」
「存じあげております。王都にも中央広場や海沿いの公園などで水の国出身者の影響があります。いわゆる、おしゃれスポットですね」
ステファンはほほえむ。
「おかげでどこも若い恋人たちのたまり場のようになっていますが」
「それ以上の価値はないでしょう」
女王も微笑する。
「それがおしゃれのもつ本質の最たるものです」
「はぁ……しかし、そういえば、女王のご母堂はアマリリスの水差しを流行らせました。もともと発明家の血があるのですね」
「それは嘆きのすがたでしょう」
「――というと?」
「先代がどう思っていたかはわからないということです」
女官が淡い花柄のポットで紅茶をもってきた。
レモンのかたちのマドレーヌと輪切りのレモンと砂糖壺と銀のスプーン、そして銀のフォークが添えてあった。
そそいでもらったカップからは、ふわふわとした湯気があがる。
女王はまだ手はつけず、目をそらして大きな雲がうかぶ東の空――ステファンの頭上をみつめている。
「フィオナ王女さまはご無事でしょうか。私も〈まぼろしの森〉の近くで、あまり思慮なく別離してしまいましたもので……」
「あなたにはあなたの仕事があったのだから気にすることはありません」
女王は目線をステファンにもどす。
「しかし、危険な森だと聞いたものですから」
ステファンはカップに口をつける。少し熱い。
「――危険?」
「入ったきり還らない者も多いとか……」
「死ぬかもしれないということならそうですね」
女王は無表情で感情が読めない。
「ただ、それはその森にかぎったことではありません」
「はぁ」
ステファンがとまどうと、女王はうなずく。
「王女を心配してくださっていることには感謝します。そういえば王女が森に入った一報があったとき、たまたまここで自由詩人と歓談しておりました」
「え、ああ、アルフォンスさまですね」
「あなたとおなじように憂わしげな顔をして申しでてくださったので、少し迷ったのですが、迎えにいっていただきました」
「ああ、それはよかった」
「わたくしに似て跳ねっかえりですからね、王女は反発するでしょうが……」
女王は目を細める。
「そうでなくとも花冠騎士団の精鋭がついていますし、あれはあれで達者なところもあるので、そうそう森でむくろになるようなことはないと思います」
「……なるほど」
「あの森は危険とか不可解とか形容されますが、どちらかといえば相性の問題です」
「相性?」
「王女についてだけでいえば、無傷で生還する確率は半々でしょうね」
「え?」
「ただ、沙漠の国の王子を追いかけていったとうかがいました」
女王はため息をもらす。
「つたえ聞くかぎりでは、アルバート王子なら生還するでしょう。時間を要するかもしれませんが、王女も生存を長引かせる方法を心得ていますから、二人が合流しているなら、まず問題はありませんね」
「――はぁ」
ステファンは内容が呑みこめない代わりに、紅茶を飲むことにした。
女王は紅茶にレモンを入れ、スプーンでぎゅっと押しつけたあと、マドレーヌをつまみ、どちらから食べるか吟味したのち、がぶりとかみついた。
本来なら無作法なはずだが、なぜかごく自然で魅力的にみえてしまい、ステファンは片目を大きくする。
「あなたの仕事の話をしましょう」
女王がステファンをみる。
「まず、いわゆる〈伝説の宝石〉のかけら――〈湖面の蝶〉は、〈けむり島〉の領主アルス卿の所有物でした」
急に本題になって、ステファンはもう片方の目も大きくする。
「王都近郊の資産家バーニー卿がそれを買いあげ、この都の港湾区発、王都行の定期商業船に載せられました。正規の手続きを踏んでおり、品目は宝石(涙滴形状)とあり、許可証にわたくしの印章も確認できました。控えを用意させてありますので、日付等詳細は確認してください」
「あ、はい……ありがとうございます」
ステファンはカップを置いて目礼する。
「バーニー卿は〈鹿の角団〉の支持者だと聞きます。ハーマンシュタイン氏のために購入したことはまちがいないでしょう」
「はい、調べさせていただきます……ただ」
ステファンが言いよどむと、女王は微笑をうかべる。
「〈湖面の蝶〉の真偽について、でしょう。偶然ですが、わたくしがかつて、みずからの目で確認したことがあります。だから、まちがいはありません。台座つきの涙滴型で、とても美しく光を反射するものです」
「あ……えっと、はい」
「これくらい言質をとっておけば、あなたの仕事として不足はないでしょう」
たしかに積荷の許可証の確認だけで充分なくらいだ。
どちらかといえばダグラスがアルス卿に問いただす内容だろう。
女王はぼんやりと視線を宙にかたむけている。
なにかを考えているのか、なにかを思いだしているのか……。
さておき、お茶の時間がまだ終わらないのであれば、ステファンにはぜひ訊ねたいことがあった。
それは公務ではなく、個人的にである。




