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銀の風ファンタジア ~孤独な炎の生と死の幻想~  作者: 坂本悠
眠れる森の夢みる妖精たち
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58 麗人の奉迎

 綿のような感触が鼻さきをくすぐるように撫でて、ルイはふっと目を開ける。

 ――目前にモカの茶色のふさふさの腕があった。

 テナガザルの手は、そばでみるとほんとうに長かった。


 そして、仰向けのルイの右足にもたれかかるようにして、パティがうつぶせになっていることに気づく。

 倦怠感があったので、ルイはしばらくその姿勢のまま樹上をみていた。


 赤や黄色に紅葉した葉が、ときどき蝶のようにふわりふわりと落ちてくる。

 葉ずれの合間から洩れてくるのは朝陽のようだ。

 背中の感触も落ち葉のじゅうたんだった。


「――大丈夫ですか」


 ふと視界に影がさす。

 フィオナの侍女の一人がルイをのぞきこんできた。


「ええ、少しつかれただけ」


「みなさん、あちらにおりますので」


 侍女は上品な微笑をたたえ、そっと腰をうかせた。

 ふたたび木洩れ陽が射してくる――。


 ルイは小ザルの手をそっとつかみ、上体を起こしてパティをみる。


「パティもだいじょうぶ?」


 問いかけるとパティは、がばっと起きた。

 まるで悪夢でもみていたかのように両目を大きくしている。

 その慌てっぷりにルイは噴きだしてしまった。

 なかなかフィオナの侍女のように、落ち着いたほほえみはできない。


「……ここは?」


 パティが呆然とつぶやく。


「どこかしらね。私もいま起きたところで」


 ルイは目をぱちくりするパティの手をひいてたちあがる。

 小ザルがあくびをした。


「おーい、こっちだよ」


 アルバートの声がして二人でそちらをみると、森のはずれにいることがわかった。

 連なる樹木が少しずつ少なくなっており、その向こうにすすきの野原もひろがっている。

 アルバート、ディレンツァ、フィオナと侍女二人がすでに野原のほうにいた。

 そして、フィオナのまえに複数の人影がある。


「あ――」


 パティが驚く。


「あれは詩人さん」


 小ザルがキキキと肯定した。

 ルイたちもそちらに歩みよる。


 アルバートたちのまえでほほえんでいるのは詩人のアルフォンスだった。

 長い髪、たおやかな四肢の、まごうことなき麗人である。

 吟唱の能力だけではなく、歳をとらないとか性別を超越しているとか、パティの師マイニエリとおなじぐらい語り種のある人物である。


 ルイたちの接近に、アルフォンスはにっこりして片手をあげる。

 パティは会釈し、その右肩でモカもキキッとあいさつした。


「迎えにきてくれたんだって」


 アルバートがへらへらする。


「ヘレン女王のご依頼でね。みんなが森で迷っているかもしれないからさがしてほしい、と」


 アルフォンスは涼しい顔で目を細める。

 そのうしろには数名の女性が待機しており、どうやらフィオナの侍女たちとおなじ花冠騎士団の騎士のようだ。


「おせっかいね」


 フィオナが髪をかきあげる。


「過保護だわ」


「ふふ、女王もこの森で迷子になった経験があるようだよ」


「――は?」


 フィオナがめずらしく目を大きくした。

 まつげが長いとルイは思った。


「いずれ、マイニエリ師に黙って深い森に向かった王子や、女王に黙ってそれを追いかけてしまった王女がいれば、心配する人は多いだろうね」


 アルバートは照れたようにあたまをかき、フィオナは不服そうにくちびるをとがらせた。


「もっとも、自力で脱出できたのならこのうえない。私たちもいま到着したところでね。どこをどうさがすべきか考えていたところなので、正直驚いた」


「みんな驚いているんだよ。一斉に気をうしなって、起きたら森の入口にいたっていう感じなんだ」


 アルバートが半笑いでルイをみる。


「入口?」


「ほら、そこに石碑があるでしょう?」


 アルバートがさし示すところに、ちいさな石板のようなものがあった。

 刻まれた字は読めない。


「それが入口のしるしなんだって」


「あ、これは森の名まえが書いてあるっていう……」


 パティが手をあわせる。


「なんて書いてあるの?」


 ルイの問いかけに、パティは頬をそめる。


「すみません、私は不勉強で――こ、古代語らしいんですけど……」


「受戒――」


 アルフォンスが目を細める。


「戒律をうけるという意味だね」


「え?」「は?」


 ルイとアルバートが思わず詩人をみる。

 ディレンツァはあごに手をそえ、沈思している。


「――とにかく全員無事で安堵した」


 アルフォンスが全員をみて両手をひろげる。


「まず、女王宮に還ろう。私が責任をもって案内しましょう」


 詩人がどこまで把握しているのかわからず、アルバートやルイは反応できなかったが、ディレンツァが即座に目礼し、「感謝します」と応えた。


「ああ、そういえば馬車がなくなっちゃって帰りをどうするか考えてなかったから、ちょうどよかったわね」


 フィオナがパティをみてうすく笑った。


 五頭だての大型公用馬車がきており、装飾された客車と、かぼちゃのようにふくらんだ幌に、ルイは森のなかでパティたちと合流したときのことを思いだしたりしたが、全員が無言だったためルイもそれにならい、おとなしく客車に乗りこんだ。


 客車内は豪華絢爛でひろく、四列ならんだ座席も羽毛布団のようにふわふわだった。


 パティが緊張してもじもじしているのがわかったが、ルイもからかうことさえできなかった。

 フィオナは早々に最前列の席で深々と身をしずめ、脚をくんで深いため息をついた。

 アルバート、ディレンツァ、ルイ、パティ(とモカ)は二列目におさまる。

 三列目には侍女たちが控え、四列目には全員の荷物が積みこまれた。


 アルフォンスは馭者の横に坐って客室をのぞきこんできた。


「出発しよう」


 公用馬車はすぐに動きだし、しばらくは車輪の回転の音を聞いて、みんなが黙っていた。

 ゆれる感じがここちよく、じっさいフィオナはすぐに眠ってしまったようだ。


 左右の窓ぎわにいるアルバートとパティはそれぞれ車窓をみており、やがて侍女たちからカップにそそがれた紅茶が配られた。

 ルイはひとくち飲み、みょうな安心感から、ため息をついてしまった。

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