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銀の風ファンタジア ~孤独な炎の生と死の幻想~  作者: 坂本悠
眠れる森の夢みる妖精たち
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57 繭の中の夢

 目醒めても、目を開けているかどうかがわからないぐらい真っ暗だったが、仰向けに寝ころがっていることと、全身をあずけて、のしかかってきているティファナの体温と感触で、ザウターはすぐに状況を思いだした。


 ティファナが召喚した幻虫カイコたちのつくりだした繭のなかにいるのだ。

 幻虫カイコたちはものすごい勢いで吐糸し、あっという間にザウターとティファナを大きな楕円形の繭玉で包みこんでしまった。


 そのあとティファナが誓いのキスがどうだの、ふざけてささやいてきたりしたが、すぐに抗いがたい眠気におそわれ、一気に意識はとだえたのである。


 ティファナの寝息がすぐそばで聞こえる。

 どうやら抱きついた姿勢のまま熟睡しているようだ。

 密着するティファナの身体はあたたかくてやわらかい。


 ティファナの背中をかるく叩いてみたが、ん、ん、とうなり、身体をよじるだけで起きない。

 長い髪がザウターの顔にかかり、体臭と香水の匂いがした。


 埒があかないので、ザウターは全身にちからをこめて、上体を起こし、ティファナを横に寝かせると、手さぐりで荷物をさがし、ついでに愛剣をみつけることができた。


 ザウターはそのまま暗闇のなかで中腰になり、深呼吸する。

 そして、長剣をぬきとると、繭玉を円周に沿って一閃させた――。


 つぎの瞬間には、巨大な繭玉は、中央でまっぷたつに、ざっくりと開かれた。

 残骸は遠くからみれば、割ったあとのたまごの殻のようだろう。


 朝陽が射してきて、ザウターはまぶしさに目を細める――。

 思わずため息がもれるぐらい平和な小鳥のさえずりが聞こえてきた。

 早朝らしい。

 昨夜の霧の森からは想像もつかないような澄んだ空気が流れている。


 驚いたことに森のはずれにいるようだった。

 10メートルほどさきで樹々がとぎれ、草原がひろがっているのがみえる。

 ふりかえって森の奥をみても、枝葉のすきまから幾筋も朝陽が射しているさまを臨めるだけだった。


「ん……く――」


 となりにころがっていたティファナがむっくり起きて、あひる坐りをして両目をこすっている。

 そこで気づいたが、ティファナもみずからも森に入るまえの恰好にもどっていた。

 ティファナは(露出の多い)魔女、ザウターは甲冑に外套の戦士のいでたちである。


「おはよう。ぐっすり眠っちゃった」


 ティファナがぎゅうっとまぶたを閉じてから、ぱっちり目を開け、ザウターをみてにっこりする。


「おやすみまえは、がんばったからねぇ」


「……わからないことだらけだ」


 ザウターは腰に手をすえる。

 ティファナはゆらりとたちあがると、両手をくんで伸ばし、大きく上体をそらせた。かたちのよい胸と白い頸すじに血管がうく。

 なんとなくつかれてみえる。

 昨夜までのことはやはり夢ではなさそうだ。


 ティファナは髪に手櫛しながら周囲を見渡すと、ふと気づいて繭玉をなでる。


「糸の飽くなき闘いは、おあいこですな」


「……なんのことだ?」


「きっとカイコ姫たちがここまで運んでくれたんだ。感謝しないとね」


 ティファナがうんうんと納得している。

 ザウターはお手上げなので、黙ることにした。

 しかし、ずいぶんと長いあいだ奇妙な村に滞在してしまった。

 思いかえすとなぜか記憶がぼんやりとしてくる。


「なんてすてきな森の時間!」


 突然、ティファナが手をうった。

 どうやらザウターとまったく逆の解釈らしい。

 ザウターは両腕をひろげて降参を示す。


「われわれはともかく、沙漠の国の王子たちがどうなったか把握していない時点で、任務としては失敗かもしれない」


「ん。あんな連中どうなってもいいじゃない」


 ティファナは猫のように目を細める。


「ふん、どうせ風の王さまとなかよしこよしで調子にのってるよ」


「なに?」


「それについてはなぁ。ザウターは愛想がないからなぁ。村の人たちには人気がないかも……でも、だれにでも好かれてもこまりものだし」


「なんの話だ?」


「お邪魔虫たちに邪魔されなかっただけで、ティファナちゃんは大満足」


 ティファナはザウターをみて、にこにこする。


「だって、新婚さんですよ?」


 ザウターはあきらめてため息をつく。

 風が吹いて、枯れ葉がちらほら舞ってきた。

 しばらく、それぞれもの思いにふけった――。


「なんだか夢みたいだったな……」


 どうとでもとれるようにザウターはつぶやく。

 森のはずれまでやってきたいま、あの村でのできごとはすべて夢だったのではないかと思えてくるのはたしかだった。

 そもそもいま、挙式のときの服装ではないのはなぜなのか。

 それもカイコ姫とやらが着替えさせてくれたとでもいうのだろうか。

 そういえば、ここは〈まぼろしの森〉ではないか――。


「醒めない夢は、きっともう夢じゃないねぇ」


 ティファナは胸のまえで手を合わせてうっとりする。

 ザウターはみずからの手のひらをみつめて、にぎったり閉じたりする。

 この感触は夢ではない気がする。


 そして、繭玉で眠っていたことも現実だろう。

 しかし、繭玉に入るまでがどうなのかはすでにわからない。

 森のなかで過ごした生活のどこまでがほんとうだったのか……。

 ザウターは急になんともいえない不安感を味わった。


「とりあえず、森をでるぞ――」


「ん、新婚旅行かな。大賛成!」


 ティファナはばんざいしながらジャンプする。


「……あぁ」


 ザウターはなま返事をして、二人ぶんの背嚢を拾いあげる。

 夢だったのだとしても、まだ生きているのならそれでいい――。

 ティファナはお気に入りのマジックハットをかぶって、自分好みの角度に調整している。


 そこでふと、ザウターは外套のうちポケットになにかの感触をおぼえ、それをとりだす。

 それは木彫りのリス――どんぐりをかかえたリスの彫刻だった。

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