55 一斉に開かれた傘
濃密な霧のたちこめる深い森の奥ではすべてがまぼろしのようだった。
パティたちが合流してきても状況が一変することはなく、全員での行軍がはじまったものの、景色は変わることなく、どこまでも樹木と闇のトンネルであり、時間の感覚もだんだんなくなってきた。
先頭にディレンツァとフィオナ、つぎにアルバート、それからルイとパティ(とモカ)がならび、そのうしろに侍女二人がひかえていた。
ルイはとなりのパティが手にしている、ランプのはげしいあかりのおかげで、足もとはよくみえた。
それでも、光源から離れるにしたがって、霧は光さえも吸いこんでしまうかのように視界をうばい、アルバートの背中はさておき、先頭のディレンツァとフィオナにいたっては、遠くに感じられるほどだった。
息苦しさのようなものはずっとつづいている。
「気分がすぐれないわ。これってやっぱり、きのこのせいなのかしら」
ルイはパティを横目でみる。
「わかりません。ただ世界樹の根はもともと魔力の漲溢した箇所にあるそうです。だから、なにがあってもふしぎではないと……」とつぶやいてから、パティは固唾をのむ。
おそらく師匠筋あたりからそう聞いているのだろう。
そこからは会話もなく、ただ黙々と歩きつづけた。
だれもなにも言葉にせず、夢遊病者のように右足、左足を交互に踏みだしつづけた。
そして――ふと、気づいたとき、「ああ!」ルイは思わず声をあげる。
ルイにつづいてフィオナも高い声をだした。
「なんてこと!」
隊列をくんで歩いていた一行のまわりに、色とりどりの円形物質が出現していた。
半円もあれば楕円もあり、まんまるの場合もあった。
個々によって異なる距離であるため特定しづらいが、その大きさは30センチから1メートル半ほど、色はみえる範囲だけでも赤、白、青、黄、緑、紫――そして、表面には黒い斑点があった。
「〈まぼろし茸〉か――」
ディレンツァがつぶやいた。
まるで曇り空から降りだした雨に反応して開かれた通行人たちの傘のようだった。
そして、文字どおりそれはきのこの傘なのだ。
形状がちがうようにみえるのは、きのこの生えている向きや、ルイたちのみている角度の問題だろう。
「行くぞ――」
ディレンツァがふいに歩きだした。
ルイはアルバートと目線を交わしたものの、結局発言せずそれにしたがう。
「――さ、パティさまも」
背後で侍女がうながしている声がしたので、パティだけがついてきていないことがわかった。
ルイがふりかえると、パティはまばたきをくりかえしながらまわりの風景をみており、それでもしばらくすると、侍女たちに追いたてられるようにルイの横まできた。
右肩の小ザルはまるくなって眠っているようだった。
ルイはなにか話しかけようかと思ったが、パティが目をぱちくりして考えこんでいるようにみえたのでやめておいた。
気づけば先導しているディレンツァ、フィオナ、アルバートが霧の向こうにみえなくなりつつあったので、ルイたちは足早に追いかける。
そのとき、パティは不可思議な視点を感応していた。
その目は樹木の高いところから、霧のなかの影法師の群れのようなパティたちを観察していた。
だれの視線なのか――頭上のあちこちから、森を進んでいく一行を見下ろしていたのである。
あまりにも目の数が多いためパティは若干混乱し、となりのルイにも説明ができなかった。
そのまま一行はふたたび行進する。まわりには色も大きさもさまざまな、斑点模様の〈まぼろし茸〉がいつまでもつづいていた――。




