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銀の風ファンタジア ~孤独な炎の生と死の幻想~  作者: 坂本悠
眠れる森の夢みる妖精たち
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54 夢の生還

 光をまとい、悠然と登場した幌馬車は、一直線にルイたちのほうへ向かってきて、すぐそばでとまった。


 馬車を曳いていた二頭の細身の馬は、とてもおとなしく目を伏せている。

 鼻息ひとつ噴かない。

 しかも頸にカンテラをぶらさげている。


 かぼちゃのようにまるい幌のついた客車が、富裕層のそれを思わせる豪華な装いで目をひいたものの、ルイは馭者台に驚いた。


 鈴つきのたずなをにぎっているのは、紳士風に着飾ったちいさなサルで、その横には大きなみみずくが坐っていたのである。

 みみずくはまぶしいほどあかるいランプを頸にかけている。

 紳士ザルは得意げに笑みをうかべ、みみずくは目を大きくしてルイたちをみていた。


 そして、客車のドアが開くと、ルイはさらに混乱する。

 ドアから半身をのりだして、ゆっくり降りてきたのは半裸の女神だった。

 じっさいそうかはわからないが、そうとしか形容できない。

 古い絵画かなにかでよくみるような、ややふくよかで、色白で、波うつ長髪の女性である。


 ルイはまばたきもできなければ、ディレンツァをうかがうことさえできない。


 すると、紳士ザルが馭者台からとびおりて、すたすたルイのほうに走ってくる。

 そのままルイの目前までくると、キキキッと鳴きながらルイの鼻頭で、大きな葉っぱをふりまわした。


 ちょ、やめて――しかし、言葉がでない。


 とまどうルイをよそに、紳士ザルを追いかけて、ランプのみみずくがルイのまえまで滑空してくる。

 とてもしなやかな飛びかただった。


 そして――「ルイさん!」


 みみずくが、かん高い声をあげたとたん――ルイは真正面から突風をうけたように覚醒する。

 髪が逆巻き、見開いた目には、世界が一変するさまが映った。

 まるで一瞬のつむじ風にまかれたように霧が晴れる。


「……パティ?」


 ルイはまばたきをくりかえしながら相手をみる。

 みみずくはパティになり、紳士ザルはモカになった。


 パティはランプをかたわらにおいて、ルイに肩を貸してくる。


「よかった……」


 ルイを立たせると、パティは照れくさそうにほほえむ。


 気づけば馬車は消えていた。

 そして、馬二頭はつつしみ深そうな女性二人になり、半裸の女神はなんとフィオナ王女になっている。


「間に合ったようね」


 フィオナは右手を腰におく。


「三人とも無事かしら」


「どうしてここに……?」


 ルイがつぶやくと、となりのディレンツァもようやくたちあがった。

 青白い顔をしていたが、気力がもどっているようにみえる。


「円舞会に向かう途中で道に迷っただけ」


 フィオナが目を細める。


「――感謝します、王女」


 ディレンツァが深呼吸してから右足をひき、左手を腹部にあてながらおじぎをする。


「ごていねいにどうも。あら、でもアルバート王子はお休みかしらね――」


 フィオナにうながされてふりかえると、アルバートだけはまだ溺れたヒキガエルのようにひっくりかえっていた。

 フィオナの侍女二人に介抱されていて、んが、などといびきのような声をあげたりしている。


 ディレンツァも近寄ってアルバートのそばにかがむ。


「まったく、一人だけ高いびきで、お気楽なもんだわ」


 ルイが皮肉をいうと、パティが頸を横にふる。


「ただ眠っているのではないかもしれません。この霧には毒気があります。私たちもフィオナ王女の魔法の矢の結界がなければ、ここまでたどりつけなかったと思います」


 モカがキキキと鳴く。

 その瞳をみていたら、ルイも直前までふしぎなまぼろしをみていたことを思いだした。

 紳士ザルにみみずく、半裸の女神にきれいな馬……毒気にあてられていたというより、魔法にかけられていたかのような気分だったけれど。


「重症かしらね、こまったわ」


 フィオナの声にふりかえると、フィオナもアルバートの顔をのぞきこんでいる。

 口調よりも真剣な顔つきで、侍女二人も目を伏せていた。

 ディレンツァも微動だにしない。


「魔法でどうにかならない?」


 フィオナが訊ねると、ディレンツァが目を細める。


「ずっと防護のために魔力を解放してきたため若干疲弊しています。しかも、王子がどういった状況なのかわかりません」


 そこでようやくルイは、ディレンツァが魔法で濃霧をはらいつづけてきたことで、いままで歩いてこられたことを理解した。

 足早だったのは、そのせいもあるにちがいない。


「毒気っていえば、私、煎じ薬もってる――」


 ルイはベルトに仕込んであった小袋をとりだす。


「これ、踊り娘時代からの古いやつだけど、使えるかしら?」


 〈舞踏団ルルベル〉に在籍していた頃、沙漠の国に向かうまえ、遠征しない団長の娘より譲りうけたものである。

 毒気の浄化作用のある木の葉を煎じたものだと聞いていた。


 フィオナが「準備万端ね。あなたも花冠騎士団に入れるわよ」とゆびをはじき、ルイのもとまでとりにくる。


 そして、小袋をフィオナに手渡すと、ディレンツァもルイをみて、ゆっくりうなずいた。

 気づけばルイをみて、パティもモカも侍女二人もうなずいている。

 なんだか気恥ずかしくなった。


 アルバートはあんぐりと口を開けて寝ていたので、侍女の水筒でもって粉薬を流しこむのはかんたんだった。

 そして、すぐに効き目があらわれ、アルバートは盛大に咳きこみながら上体をがばっと起こす。


「薬のおかげなのか、単純に水でむせただけなのかわからないわね……」


 ルイがあきれると、ディレンツァが「いや、とても助かった。昏迷状態だった」と真顔でうなずいた。

 そういえば、団員仲間はこういうときを想定してわざわざもたせてくれたのだった。


「だいじょうぶですか?」


 パティが問うと、アルバートは目をぱちくりしながら一同をみる。


「……ああ、そうか、夢をみていたのか」


 アルバートはこめかみをかきながら、胸の息をはく。

 そして、侍女二人の手を借りてゆっくりたちあがり、フィオナをみるとおじぎをする。


「助かりました。ありがとうございます」


「助かったかどうかは、まだわからないわよ」


 フィオナはうなずき、手を差しのべる。

 アルバートはその手をとり、口づけるしぐさをする。


「まったく、寝ぼけてる場合じゃないんだわ」


 ルイが毒づくと、アルバートはルイをみる。


「なんだかふしぎな夢をみたよ……」


 そして、一度、深く息を吸う。


「ぼくが王さまになる夢だった。夢のなかで、ぼくは破壊されるまえの沙漠の国の王宮で戴冠式に臨んでいたんだ」


 そこで目を細める。


「よく晴れた日で、国王も王妃もいて、幼少の頃からぼくのまわりにいた大勢の人たちが祝福してくれていたんだけど――」


 それから、いやにまじめな顔をした。


「それでなんていうか、ちょっと考えかたが変わったっていうか……ちがうことに気づかされたというか」


「なんの話?」


 ルイが問いかけたものの、アルバートはみょうにやさしいまなざしになる。


「〈樹海の村〉の長老にね。〈伝説の宝石〉をめぐる沙漠の国の復興について問われたんだ。それってただの復讐で、そんなことしてもむなしいだけじゃないかってね。それでぼくは罪人に刑罰をあたえることが目的なんじゃなくて、失くしたものをとりもどすために風の王のちからを借りたいんだって主張したんだ――」


 全員が黙ってアルバートをみる。


「それが王族としての大義で、個人としての希望なんだって。やりかえすのではなく、こわれたものを直す、古傷を治すって、それだけのことなんだって。もちろん、それがまちがっているということじゃなくてね……」


 アルバートは少しうつむく。


「でも、沙漠の国を復興するっていうのは、過去をなぞるっていうことではないんだなって、ふしぎな夢をみてから、ふとそう思ったんだ。ぼくはもう一度、両親と話したいとか、育った街並みをみたいとか、そういうふうにとらえていたんだけど……」


 そして、ふたたびルイをみた。


「もちろん奇蹟が起こるなら、王族関係者や市民たち、たまたま国内にいた滞在者たちもよみがえるのかもしれない。だけど、ただ時間をあともどりするっていうことじゃなくて、沙漠の国のとまった時計を直して、その針が動きはじめたのなら、その針をそのあとも、しっかりと進めていくのがぼくの役割で――それはきっと大きな変化を受け入れていくことなんだって……」


 アルバートは半笑いだった。


「――そう気づいたんだ」


 やせがまんしているようなアルバートの雰囲気に押され、ルイはからかうことさえできず、ただなんとなくみつめかえした。

 あとでわかったが、それはそのときのアルバートが、ルイが漠然とイメージしていた王族のすがたに合っていたからだった。


「そのとおりだ」


 ディレンツァが消え入るような声でつぶやいた。

 そして、フィオナがふたたび、ゆびをはじく。


「ふふ、いいじゃないアルバート王子も。はっきりいって右も左もわからないし、どんどん深みにはまってる感じしかしないから、どちらかといえばすぐにでも森からぬけだしたい気分だったけど、考えを改めましょうか――」


 今度は全員がフィオナをみた。


「もうここまできたんだもの――いけるところまでいきましょう」


 フィオナはとても魅力的な笑みをうかべた。

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