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銀の風ファンタジア ~孤独な炎の生と死の幻想~  作者: 坂本悠
眠れる森の夢みる妖精たち
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53 ほうき星の心

 深夜をまわっただろうか――。

 もともと自分から会話が切りだせないパティは、もうずっと黙ったままだった。


 パティたちはときどき休憩をはさみながらアルバート王子たちのゆくえを捜索していたが、暗くなるにつれ休んでいる場合でもなくなり、日没以降は歩きどおしだった。


 パティは(院からの支給品である)魔石のランプを点火し、侍女二人もカンテラを用意した。

 しかし、あかりはそれだけで、暗い森ではだいぶこころもとない。


 夜の森は表情が一変して、一人だったらまちがいなく心細さに泣いてしまっただろう。

 いまもフィオナたちから遅れをとりたくない一心で、歩みを進めていた。

 遅れをとったが最後、悪魔のような巨木の群れにつかまり、二度と森からでられないというような妄想さえいだいてしまう。


「霧が濃くなってきたわね……」


 フィオナがふいに、あごをあげてつぶやいた。

 パティはまぶたをぎゅっと閉じて、それからランプの光源から離れた森の奥をみると、たしかに暗い樹々のなかに乳白色の濃い霧が充満してきているのがうかがえた。

 まるで、もこもこぶよぶよした粘液状の不定形な怪物のようだ。


「フィオナ王女さま、そろそろ――」


 侍女の一人が小声で進言する。フィオナは侍女をみてうなずいた。

 二本目の矢の効果が切れる頃合という意味だろう。

 フィオナの矢じりから放たれる結界の魔力は、長くて6時間ほどしかもたない。


 しかし、フィオナの矢筒に残された魔法の矢は、もう最後の一本だった。

 よくて早朝までしか継続されない計算になる。

 それまでにアルバート王子たちをみつけ、森から脱出しなくてはならない。

 少なくとも、森からでなければ自分たちもあぶない。


 そして、現状が窮地であることは鈍感なパティでもわかる。

 肌で感じる。


 真っ暗な森をびくびくしながら進まなければならない。

 パティは緊張とおそれに、右手で下腹部をおさえる。


 すると、左手のランプが急にゆさぶられ、驚いてみると、モカがそれを奪ろうとしてきていた。


「なに、どうしたの?」


 小ザルはキキっと鳴きながら長い手をパティにのばしてくる。

 ほしいということだろうか。

 幼児がおもちゃを要求しているみたいだ。


「これは大事なものだから、だめよ。あなたにはオークの葉があるでしょ?」


 モカがふりまわして貴重品のランプをこわしたりすると、パティは始末書を書かねばならないし、そもそも失望されてしまう。


 小ザルはのばした手をみずからの口にもっていって、しばらく考えたのち、「ムキッ」と鳴いてパティの右肩にのってきた。


「なになに、どうしたの?」と問いながらも、もしかしたら暗くてこわいのかもしれない、と気づいた。


 モカはそのままパティの項窩のあたりに顔をうずめてしがみつく。


「だいじょうぶ、心配ないよ」とほほえみかけたいところだが、じっさいそうかが疑問だし、どちらかといえばパティがそう励まされたい気分だった。


「――さ、いくわよ」


 すると、フィオナの声がして、どうやらモカがからんできているうちに、フィオナは最後の矢を放ったようだ(それも成功したらしい)。


「キッ!」


 すると、右肩の小ザルがするどい声で鳴いて、オークの葉で前方をさした。


「まえにでろって?」


「ウキキ」


 小ザルはフィオナの横あたりを何度もさし示す。


「王女のとなり?」


「ウキ」


 モカの瞳をすぐ近くからみたが、そこからはなにも読みとれない。

 しかし、さきほどおびえているようにみえたのは気のせいで、やはりパティをなぐさめていたのかもしれない。

 先頭を歩くにあたってランプがほしかったのもあるのだろう。


 パティは無表情のモカに鼓舞されたような気がして腹をくくる。


「わかったわ」


 ちいさくうなずくと、パティはフィオナのとなりにならぶ。


「……頼もしいわね」


 フィオナがそれを横目でみる。

 つばを呑みこむパティの代わりに、モカが「キキ」と応えた。


 それから何時間経過したかわからないほど、パティたちは複雑にいりくんだまっくらな森をさまよいつづけた。


 暗闇のなか、霧はとても濃く、じめじめした湿気には、まるで巨大生物の腸内にでもいるような気分にさせられた。

 しかし、フィオナや侍女たちだけではなく、パティも弱音は吐かなかった。


 モカを右肩においてフィオナの横にならんだだけで、なにか使命感のようなものが湧いてきたこともある。

 どんな状況にあっても、こころもちひとつで、足どりは軽くなるものらしい。

 そんなパティに呼応するように、魔石のランプは強く、あかるく、かがやいた。


「まるで彗星みたい……」


 フィオナがそうつぶやいたりした。


「彗星?」


「この森はごちゃごちゃした宇宙。あなたのランプにみちびかれる私たちは、ほうき星ね」


 フィオナはほほえむ。

 パティは言葉に詰まるものの、たしかにただの夜の森ともちがう気がした。


 虫の声ひとつしないけれど、まるで雑音がつねに聞こえているようなわずらわしさがある。

 野生動物一匹いないけれど、多くの目にみつめられているような不安感がある。

 闇の向こうを想像すればするほど落ち着かなくなる。


「心配しないで」


 フィオナがパティに目くばせする。


「流れ星で願いは叶うんだから」


 パティは硬い笑みでうなずいた。


 そして、月のない夜の放浪の果て――。


「キキッ!」


 モカの奇声とともに、フィオナが口笛をふいた。


「みて!」


 遠くにぼんやりと、にぶいあかりがみえる。

 最初は暗闇のなかで点のようにちいさかったが、パティたちが進むごとに光は大きくなってくる。

 それでもいまにも消えてしまいそうな、ろうそくの火のような弱々しいあかりだった。


 ――人影がふたつみえた。


 パティは凝視する。

 前傾姿勢で片膝をついている男性と、四つん這いの体勢になっている女性だ。

 その二人はまるで、ほの暗い劇場で淡いフットライトに照らされているかのようだった


「ああ――」


 思わず感慨がもれた。

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