52 かぼちゃのような馬車
カンテラのあかりに浮かびあがるディレンツァの横顔がかすみ、その怜悧な目がどこかを強くにらんでいることはわかったけれど、すぐにルイの視界を濃霧がおおってしまった。
ころんだあと、四つん這いのまま、たちあがれずにいたルイのあたまに「すまない。賭けに負けたかもしれない……」というディレンツァの最後の言葉がこだましている。
賭け?
負けた――?
それはどこまでを意味するのだろう。
世界樹の根にたどりつけない?
風の王に逢えない?
王都に還れない?
森から……でられない?
それとも――……。
頸だけでアルバートをふりかえるものの、アルバートが横臥していることしかわからなかった。
(ほら、闇の精霊に食べられちゃうわよ――)
ルイはアルバートになにか毒づこうかと思ったが、耳や鼻の穴から乳白色のゼリーでも流しこまれているかのような変調が身体を麻痺させ、思考も追いつかなくなってきた。
ディレンツァのあとを駆けるように歩いていたときよりは動悸はおさまってきたが、じわじわとわいてくる倦怠感で、指一本、動かせる気がしない。
全身の緊張が解けてくる。不可解な状況におちいっているが、痛みもなければ苦しくもなく、恐怖心もあまりなかった。
意識が少しずつ遠のいていくが、眠りにつく感覚に近い。
なにかを思いだしそうな気がしたが、意識はまるで渡り鳥のように遠ざかっていく――。
ルイはまぶたを閉じる。
もしここに闇の精霊がやってくれば……翌朝、惨殺体となって発見されるかもしれない。
喰いちぎられたりするのだろうか……。
暗闇がひろがっている――
――ふと、そのとき鈴の音を聞いた。
それはいかにも金属的な、耳の奥で鳴りひびくような深さをもった音色で、ルイはすぐに覚醒する。
そして、同時に身体も少しだけ感覚をとりもどし、上体を起こすことができた。
そばにころがっていたアルバートも、すぐまえに立っていたディレンツァも、周囲の樹々もまったくみえなくなっていたが、鈴が聞こえる方向に目を向けると、たちこめる霧の向こうから、なにかがやってくる影がみえた。
せまってくるその物体は、光を放っているようで、霧のなかに浮かびあがる。
そして、近づいてくるほどまぶしくなってくる。
そのおかげで、まわりが少しだけみえるようになった。
アルバートはまだ地面に寝ころがっている。
ディレンツァはルイの目前で、前傾姿勢で手をつき、うずくまっていた。
意識はあるようだ。
しかし、かなり疲弊しているらしく、目つきはうつろである。
それでも、ルイとおなじように光のほうをみつめている。
やがて、それは――ルイたちのすぐそばまでやってきた。
光がまぶしかったため、慣れるまでルイは手をまゆげのところでかざしていなくてはならなかったが、それが幌馬車であることはすぐわかった。
童話かなにかにでてくる、かぼちゃのような形状をした幌が印象的の、豪華絢爛な二頭だての馬車が近くにとまったのである。
ルイもディレンツァもただそれを注視することしかできない――。




