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銀の風ファンタジア ~孤独な炎の生と死の幻想~  作者: 坂本悠
眠れる森の夢みる妖精たち
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50 夢の夢の蜜月

「――むぎぃ」


 ティファナが急にたちどまり、あたまを抱えた。

 そして、そのままのけぞり、身もだえするようにゆれる。

 身体の線に合ったドレス風衣装のままなので腰のくびれがきわだち、ずいぶん滑稽なしぐさなのにコケティッシュだった。


 しかし、ティファナにしてはめずらしいまじめな目つきだったので、どうやらふざけているわけではないらしい。

 ザウターは「どうした?」と訊ねたものの、そのいやな雰囲気を肌で感じていた。


 〈樹海の村〉から脱出してだいぶ経つ――。

 本来は月あかりがあるはずだが、濃霧のせいで視界はほとんどなく、おなじような樹木が怪物のようにたちならぶ、けもの路を急いでいた。


 ティファナが〈魔女の角笛〉を利用して、(ほっちゃんたちと呼ぶ)幻虫ホタルを召喚したことで、二人のまわりには複数のホタルが光りながら舞い踊っていたが、少なくとも、〈月の城〉で同様に召喚されたときのように、周囲があかるくはならなかった。


 それでもザウターもティファナも闇夜の隠密行動には慣れていたので、さほど気にせず進んでいたのだが、唐突にティファナが奇声をあげたのである。


「うーん」


 ティファナはそのまま頭痛もちのようにうずくまる。

 ホタルたちが心配してティファナのまわりに集まってきた。

 しかし、ティファナが悩ましげにすればするほど、ホタルたちは一匹また一匹と消えていく。


「こりゃちょっと、もやもやだ」


 ティファナはまぶたをきつく閉じる。

 両手をあたまからひざにもってきてかかえた。

 ずいぶんちいさくみえた。


「なにがだ?」


 問いただしながらも、さきほどからザウターの第六感も警報を鳴らしていた。

 森の奥に向かえば向かうほどいやな予感しかしてこない。


「もう眠るしかないなぁ。こんなところで寝るのはいやだなぁ……」


 いじけているような姿勢のまま、ティファナはぶつぶつぼやいていたが、急にたちあがる。


「そうだ、カイコ姫にお願いしよう!」


 ザウターは片目を大きくする。

 どう返事したらいいのかもわからない。


 ティファナは「今夜はここでお泊りだ!」と叫びながら背嚢から手品のように〈魔女の角笛〉をとりだした。

 そして、舌なめずりをしてからパクっとくわえる。


 濃霧のなかで無音の時間が流れる――。

 竜の骨製だというこの角笛は、人間の可聴範囲からはずれた音で幻獣たちを召喚するのだ。


「――さ、カイコ姫とましろ隊がベッドメイクしてくれるよ。それも天蓋つき! やだ、すてき!!」


 あいかわらず珍妙なノリだが、ティファナの表情はわりとせっぱつまっている。

 こめかみに汗がうかび、白い頸すじがほんのり赤くなっている。


 やがて、徐々にいなくなる幻虫ホタルたちの最後の一匹が消えるとき、あざやかな閃光を放った――ザウターは思わず目を閉じてしまう。


 しかし、目をこすりながら開けたとき、そこにはたくさんのカイコがいた。

 通常のものより大きく、体長30センチはあるだろうか。

 もこもこした白光りする芋虫の群れは、ティファナが召喚したことを知らなければ怖気しかわかないだろう。


 よくみると、中心に半透明のクリーム色をした数段大きなカイコがじんわり発光している。


「お世話さまです、カイコ姫」


 ティファナが高い声をだすと、カイコ姫と呼ばれた大きなカイコはティファナのほうをみて、もにょもにょと口を動かした。


「突然だけど、ごめんなさい。時間がないの。ね?」


 ティファナは猫なで声で話しかける。

 すると、カイコ姫は動かしていた口から、突然白い糸を放出する。


 ティファナは歓声をあげ、噴水のしかけによろこぶ幼児のように手をたたく。

 そして、驚いて動けないザウターに気づき、「ほら、早くこっちにきて!」と手まねきをくりかえす。


 ザウターが「なんのまねだ、これは――」と声を荒げたが、すでにカイコ姫のまわりのカイコたちも、同様に白い糸を口から噴出させていて、あっという間に二人の周囲が白い糸でつつまれてきたため言葉がつづかない……。


 まるで呪術的な舞踏でもしているかのように、カイコ姫とカイコたちはあたまを八の字に動かして糸を散らしている。


 目を泳がせているザウターの両頬に、急にティファナが両手をそえてきて、ザウターは正面を向かされる。

 そして、ティファナがゆっくり顔を近づけてきた。

 至近距離でザウターを上目づかいにみる。


「さァ、残念だけど眠ろう。もう降参だよ」


 ティファナがいつもの余裕めいた雰囲気にもどっていたので、ザウターは安堵とともに少しあきれる。


「どういうことだ?」


「糸の果てなき攻防戦だよ。そして、私たちは夢のなかで夢をみるのだ」


「なんのことだ――うわっ」


 ティファナは即座にかがむと、油断したザウターのひざ裏をかかえこんで地面に押したおしてきた。

 しかし、地面もすでにカイコの放りだしている白い糸で覆われていたため背中に衝撃はない。


 仰向けになったザウターにかさなるように、ティファナが抱きついてきた。

 ティファナの微笑した顔は、ほんのり上気している。


 しかし、ザウターには、二人を覆い尽くすように吐きだされているカイコたちの糸のほうが気がかりだった。

 その量はどんどん増えて、やがて二人は完全につつまれていく……。


 そとからみれば楕円形の糸玉にとりこまれてしまったようにみえるにちがいない。

 内部はどんどん暗くなってきた。


「おい、大丈夫なのか――?」


「だれにもみつからない秘密のかくれがだよ」


 ティファナはうっとりした表情のまま顔をよせてくる。香水と汗がまざった匂いがした。


「そういえば新婚初夜だね。さっきできなかったことをしよう」


 ティファナのささやきに反応しようとしたが、ザウターの全身から急にちからがぬけてきた……。

 

 視界が急速に暗くなる――。


「なんだ……それは……」


「ちかい……ふふ――」


 ティファナの声が脳裏にひびく。

 そして、どんどん意識が遠のいていった……。


「誓いのキスだよ――」

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