48 円舞会の支度
「――さて、いこうかしら」
フィオナのけだるそうな、それでいて求心力のある声に、パティは思わずたちあがる。
〈まぼろしの森〉の入口まできて、フィオナと侍女たちが事前準備をするということだったので、パティはしばらく物想いにふけったあと、小ザルとともに石碑にこしかけていた。
理解できない言語が銘された石碑のうえでぼんやりしながら、ぷらぷらゆれているモカの長い脚をみていたら、瞬間なにかを理解しかけたような気がしたが、その直後に風が吹いて、大きな葉っぱが何枚も目前に落ちてきて、パティはすぐにそのことを忘れてしまった。
モカが石碑からぴょんと跳びおりて、葉っぱを一枚、拾いあげて高くかかげ、にんまりと笑った。
「オークだよ」とパティが話しかけても、モカは無視して紅葉具合を確かめたり、表裏をじっとみつめたりしている。
すると、モカや自分のまわりに、そこそこたくさんのどんぐりが落ちていることに気づいた。
そこで突然、フィオナの号令があったのである。
フィオナは左手に大きな弓をたずさえていた。
侍女たちがごそごそ準備していたのは武器だったようだ。
グリップにバラの装飾があり、サイトに木彫りのアマリリス、リムは蔓草の色をしている。
おしゃれだが本格的な武具で、フィオナの流れるような栗色の髪もピンクのリボンでしばられ、すっかり戦士の様相である。
ロングスカートの左すそを腰までたくしあげているため、刺繍のきれいな下着が少しみえている。
ダグラスがいたら歓喜で、のたうちまわるだろう。
「お似合いですね、森の女神さまみたい」
パティが感想をもらすと、「もう一万回ぐらい言われたわ、それ」とフィオナが目を大きくする。
「森の女神なんて逢ったこともないんだけど」
「すみません、私もないです」
パティが真顔になると、フィオナは相好をくずした。
「あなたにはかなわないわね」
パティが返事に窮していると、フィオナは侍女にうながされて矢筒を背負った。
矢筒は革製で、文字が模様のように描かれている。弓にくらべると地味な色合いだった。
「これ竜の皮でできてるの。柄みたいだけど、書いてあるのは神聖文字らしいわね。いわゆる魔法言語」
パティの視線に気づいて、フィオナが解説する。
「竜の皮? 貴重品なんですね。魔法言語……うーん、まったく読めません。どういう意味なんですか?」
おどおどするパティの問いに、フィオナはいかにも興味なさげな顔で、「私は製作するところをみてないから皮については、ほんとうかどうかわからないわ。言葉はよくわからないけど、要するに魔力が封じこめられているってことらしいわね」と長いまつげをしばたたかせた。
「最近増えてきた複雑な機構の道具なんかといっしょ。よくわからなくても、使えるからいいの。魔法だっておなじでしょう」
「なるほど」
パティがうなずくと、となりでモカが「キキィ」と鳴きながらオークの葉をふりまわした。
「大事なのは、この矢ってわけ。いちばんの貴重品だから大事に使うの」
フィオナは背負った矢筒をゆらす。
「あなたに説明するのは気がひけるんだけど、大地には地場の精霊力があるでしょう」
「あ、はい」
パティは生徒のように声をあげてしまい、侍女二人がくすくす笑う。
「その精霊力が森のなかだと高まるのだそうよ。詳しく聞いたって忘れちゃうから私はそう理解してるんだけど、その高まったちからを抑制する魔力が、この矢じりには封じられているってわけ」
「無効化する魔法ですか」
パティは専門外だったが〈魔導院〉での授業を思いだす。
「無効まではいかないのです」侍女の一人が応え、「一定時間、一定の範囲を区切って、人体に影響をおよぼさないようにすることができるのです」ともう一人が補足する。
「結界のようなものですね」
パティはうなずく。
「でも……それってやっぱり、この森がとてもあぶないってことなんですね?」
「どうかしら?」
フィオナは侍女二人をみる。
侍女二人は目をふせるだけだった。
パティはまごまごしてしまう。
フィオナはそれをみて微笑する。
「とにかく、これで背の高い樹木の先端を狙って射ちながら進むわけ。矢じりから解放された魔力はそこから傘みたいにひろがるの。時間制限は矢一本で、いまからせいぜい日暮れまで。効果の範囲は半径30キロメートルほどよ。矢は三本だから、制限時間は……なんとか朝帰りまでってことね」
パティが動揺していると、モカが「クキィ!」と威勢よく葉っぱをかかげた。
「ふふ、威勢がいいじゃない、おサルさん」
フィオナは目を細める。
「そうだ!」
全員がフィオナをみる。
「よくわからないところに入っていくから、全員はぐれないようにイメージを統一しましょう。いいかしら。そうね。馬車にのって円舞会に出発するなんてのはどう?」
「――はぁ」
パティがなま返事をすると、侍女二人が目を細めて、くすりと笑う。
「今夜はみんなで、すてきなパーティ。私は森の女神さま」
フィオナは神話の女神のようなポーズをすると、パティをみる。
「えっと……その髪型は猫だったかしら。でも、みみずくのほうがいいから、あなたは私のペットのみみずくちゃんね」
「ぇえっ?」
パティの裏がえった声に、侍女二人がくすくす笑う。
フィオナはちらりと背後をみる。
「私のおつき二人はつつましい馬にしましょう。私の面倒をみてくれる親切で美しい馬たち」
侍女二人はうやうやしくおじぎをする。
フィオナはパティをみる。
「お城ではちょっと頼りない王子さまが有能な部下たちと待ってるってわけ。よし、そうしましょう。それで、おサルさん、あなたが馭者ね。円舞会に間に合うように、鈴を鳴らしながら馬車をがんがん走らせるのよ」
フィオナが満足げにほほえんでモカをみると、今度はモカがオークの葉を片手に「ムキィ?」と頸をかしげた。




